第一章25  『ドジと学者と○○と』


 大樹マザーの二階から外の階段に出る。


「まさか宿屋を抜けた先に病院まであるとはびっくりにゃ!」


「僕も聞いた時は驚きました」


 あの後エン君の病室に一度寄ったのだが、もう大丈夫だと言うので、ほぼ無傷だった私たち三人は軽い治療代を払い、そのまま病院を出る事にした。


「うん? 何か甘い匂いがするにゃ? ここかにゃ!」


「いだいいだいですライさん! 顎がはずれまひゅ」


「この匂いはハニーアップルの匂いだにゃ! 早く出すにゃ!」


「どんだけ食い意地張ってんのよ!」


 ライは猫の手で器用にエン君の口を開けて中を覗き込んでいる。私としてはそんな羨ま…………けしからん事は許せない。


「ちょっと事情があってハニーアップルを五個あげたのよ」


「事情って何にゃ」


「えーっと……腹ペコ?」


「至極普通にゃ!? 腹が減ってるなら私も同じにゃ!」


「いや、そうなんだけどそうじゃないのよ」


「謎なぞなのかにゃ?」


「まぁ、そんな感じかな? 後で何か買ってあげるから我慢して」


「仕方ないにゃ。暴れ猪のステーキ百枚で手を打つにゃ」


「何サラッと凄い量要求してるのよ!」


 正直気絶していたライにはあの時見た光景を説明しにくい。人間が魔力を生み出して、ましてやそれがドラゴンの形になって、なんて絵本の世界みたいな話だ。ウィンさん達がついた頃にはドラゴンも消えていた。ハッキリ見ていたのは私ぐらいだろう。


「でも、こんな草や花があの魔物とどんな関係があるにゃ?」


「それは私にも分からないけど、実際に戦っていたガイさんが言うんだからそうなんじゃない」


 ギルドの扉を開ける。どちらにしても依頼主に関して教えて貰わなければ確認のしようがない。

 ギルドの中は閑散としていた。右側の壁には相変わらず依頼書がびっしり貼ってある。


「あれ?」


 以前ギルドに来た時にも見たが、ある依頼書に目が留まる。沢山貼られている依頼書の内、半分以上が同じ魔物の討伐依頼。私が気になったのはその発生場所だった。


戦狼キラーウルフの討伐。場所はフォレストの西……」


 地域によっては同じ魔物が大量発生して、依頼書が殆ど同じ物で埋まる事はたまにある。実際に私も何度か体験した事があるし。でもあの巨大な化け物が出たのもフォレストの西だった。この大量発生とも何か関係があるんじゃないだろうか?


「あっ、ドロシーさん!」


 依頼書をジッと見ていた私に声が掛かる。いつの間にかライも、エン君もカウンターの方に行って話をしていたようで、遠くからお姉さんが呼んでいた。


「お姉さんこんにちは」


「こんにちは。先程の魔物についてですが、ガイさんから直接聞いて正体が分かりました」


「お姉さんやっぱりいい人にゃ……」


 カウンターの上にいるライはまた風船のように膨らんでいる。


「何食べさせたらそんな一瞬で太るの!?」


 私が目を離したのはほんの少しだったはずなのにどうしてこんなことに……


「結局どんな魔物だったんですか?」


蓄える植物ストックプラントと呼ばれるこの地域では秋から冬の間に討伐依頼が出る魔物です」


「秋から冬? 今は春なのにどうして?」


「私にも分かりません。この魔物は基本秋から冬にしか人や動物を襲ったりはしないはずなんです。獲物を体に閉じ込めて魔力を吸収し続ける特性も冬を越す為に行われるみたいですし……」


「普段なら襲ってこない魔物が襲ってきた――他にも同じ個体がいる可能性もありますよね?」


「はい。後は、何より大きさが本来の蓄える植物ストックプラントより何倍もあったのが」


「本来はもっと小さいんですか?」


「そうですね。ガイさんから聞いた話で分かった事ですが、もしかしたら魔力の吸収のし過ぎでああなった可能性が」


「栄養を摂りすぎたからって事ですか?」


 カウンターでゴムまりのようになっているライを見る。ライもいつか巨大化するんじゃ?


「体にヒビを入れた際に魔力が爆発のように噴き出したらしいので、そこからの予想ですが」


「なるほど……ライのお腹に穴空けて試してみる?」


「急に何の話にゃ!? いきなり物騒過ぎるにゃ!」


 ころころとエン君にカウンターの上を転がされている膨らんだライを見て、つい冗談を言う。


「お姉さん、実はあの魔物と関係があるかもしれない依頼があるんですが、依頼主に直接会わせて頂けませんか?」


「あの魔物とですか? ……普段は余りない事ですが、依頼主の居場所を調べてみます」


 昨日の依頼書を渡す。もしこれが関係あるなら、今この町周辺で起きている異常について何か分かるかもしれない。











「ここかにゃ?」


「みたいね」


 私たちはフォレストの南、最初に立ち寄った市場がある所まで来ていた。手には依頼で集めた泉の水や草、花を入れた袋を持っている。

 普段なら依頼を受けた人間と、依頼した本人は直接会うことはなく、ギルドが仲介役として間を取り持つ。今回で言えば、採取した物はギルドに渡せば依頼者に届き、ギルドからは依頼者が渡していた報酬を貰えるという流れだ。


「いきましょう」


 通常なら依頼主の居場所までは教えて貰えないが、採取した物を直接渡すことを条件に特別に情報を手に入れる事が出来た。

 依頼者は市場近くの木をそのまま住居にした一軒に住んでいた。外観は木その物だが、そこに扉や窓がつけられていて、そのまま物語に出てきそうな見た目をしていた。


「ごめんくださーい」


「誰かいるかにゃー」


「……はーい!」


 扉の向こうでドタドタと激しい音が聞こえた後、勢いよくドアが開き、おじいさんがスライディングしながら私たちを通り抜け背後の壁に激突した。


「大丈夫ですか!?」


 いきなりの事に呆気にとられた私たちを余所に、体についた埃を払いながらおじいさんが立ち上がる。


「大丈夫じゃよ! ワシ、ドジなだけじゃから」


「ドジの範疇を越えてるにゃ!」


「てへぺろ!」


「おじいさんがやっても、全然可愛くないにゃ……」


「まぁ、話は聞いとるから入っとくれ」


「ありがとうございます」


 お姉さんが通信の魔法石で伝えてくれていたのか、すんなりと家に入れてくれる。

 外観とは違い、中は生活感に溢れていた。机には山のように本が積み重ねられており、壁にはこの町周辺の地図や、新聞、走り書きのメモなどが貼られている。


「とりあえずそこにでも座ってくれ」


 椅子を指差しながら、おじいさんは地面に顔から滑り込んでいる。


「どうしたらそうなるの!?」


「ワシ、ドジじゃから」


「それで片付けるには無理があるにゃ」


 とりあえず椅子に座り大人しく待つことにする。目の前には大量の本と、ハニーアップルが何個か置いてある。


(おじいさんも好きなのかな?)


 エン君は家に入ってから、沢山の本に興味津々なようで、許可を貰って家の中の本を片っ端から見ている。


「ワシが依頼した物を貰えるかな?」


「あっ、はい! これです」


「すまんな。少し調べるんで時間でも潰しといてくれ」


「分かりました」


 そう言って部屋の奥に消えて……いく前にコケている。私が渡した草や花をばら蒔いているが大丈夫なんだろうか? こっちを見ながらまた「てへぺろ」とやっているが、とりあえず見なかった事にしよう。


「せっかくだから私も何か見ようかな?」


 部屋を見渡して気になりそうなものがないか調べてみる。


「これは」


 壁に貼られた町周辺の地図に目がいく。フォレストの西に走り書きでメモが沢山貼られている。


「大量の戦狼キラーウルフ……気温の低下……泉周辺の異常」


 私自身が疑問に感じた事がメモになっている。これを見ていると、ガイさんが言っていた巨大な魔物と関係があるって話もあながち嘘ではなさそうだ。


「あれ?」


 地図のフォレストの北、上顎山アッパーマウンテンの辺りに新聞の切り抜きとメモがある。

 切り抜きには天変地異の前触れ!? 山から上がる光の柱と書かれており、メモには異常とは直接関係なし? とある。


「光の柱……」


 最近見たあの光景を思い出す。気になってエン君を見てみるが、頭にライを乗せたまま無邪気に本を楽しんでいる。というか何その最高に可愛い組み合わせ……


「待たせたの」


 部屋の奥からおじいさんがやって来る。


「少し同じサンプルを見つけるのに時間が掛かっての」


「いえ、大丈夫です」


「そういや、自己紹介もまだじゃったの。ワシは魔法学者のジード・スローンじゃ」


「私はドロシーで、あっちで本を読んでるのがエン君で頭にいるのがライです」


「それでドロシーくん、お主は私の依頼と町の西に出たという巨大な魔物について関係があるかもと思って話を聞きに来たんじゃったよな?」


「はい。そうです」


「結論からいうと、多分関係はあるな」


「やっぱりそうなんですか」


「あそこの泉は少し特殊での。周りの魔力を自然に吸収して取り込む性質を持っとるんじゃ」


「魔力を……」


「そしてお主が採ってきてくれた水には普段の何倍もの魔力が含まれておった」


「じゃあ、あの近くにはそれほどの魔力を生み出す何かが?」


「ワシはこの町周辺を昔から調べておっての。西の方でおかしな現象が沢山起きておったから、調べるために今回の依頼を頼んだんじゃが」


 そう言いながら、私たちが採ってきた草や花を出す。


「泉だけじゃなく、周辺にあった草や、花は全てこの地域では冬に生えるものじゃった」


「それは……確か今回出た魔物も秋から冬に出ると聞きました」


「これらは全て繋がっておる」


 何倍もの魔力を含んだ泉、冬にしか生えない草や花、秋から冬に出る魔物の出現と、魔力を吸収し過ぎた個体、あそこには絶対に何かがある。






 ジードさんの話も終わり、もう一つ聴きたかった事があったので、本を読んでいたエン君やライも一緒に話を聴く事にした。


「ジードさん、願いを叶える滴は知っていますか?」


 ここに来た理由の一つにはこれがあった。この町周辺を昔から調べているこの人なら何か知っている可能性があったからだ。


「願いを叶える滴のぅ」


 うーんと唸った後、ジードさんはこう言った。


「そんなもんは知らんの」


「そんな……」


 願いを叶える滴はやっぱり存在しなかったのか? なら何でこんな噂を流す必要がある? エン君の願いは? 何より私自身の願いはどうなるのか? 頭の中が色々な考えでぐちゃぐちゃになる。そんな時だった……


「いや、待てよ? もしかしての事じゃ?」


 私たちが探し求めていた願いを叶える滴の、手がかりがついに初めて見つかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る