第一章23  『応援と本気と○○と』

 


「やっとついた!」


 勢いよく扉を開ける。バンッという大きな音にギルドにいた人がこちらを見るが、そんなことを気にしてる場合じゃない。


「お姉さん! 応援をお願いします!」


「ドロシーさん? 応援ですか?」


「はい! フォレストの西にある泉近くにて巨大な魔物に遭遇。今、魔王が一人で町に向かわないようにその場で交戦中です!」


「すみません! 応援を直ぐにでも出したい所なんですが、今は……」


 そう言いながら、ギルド内を見る受け付けのお姉さん。このギルド自体が王都から応援を要請している状態だ。救助を出そうにも人手が足りていないのは、お姉さんの目の下の隈を見れば分かる。


「人がいないのは分かっています!でも何とかお願いします! このままだとガイさんが……」


「誰かいないか確認してみます!」


 奥に走って消えていくお姉さん。ギルドを見渡すが、やはりがらんとしている。急がないと取り返しのつかない事になる。


「ガイがどうかしたのかい?」


 ふいに横から声が掛けられる。そちらを見ると眼鏡をかけた気の弱そうな魔王、ウィンさんが立っていた。









「フェイ!」


 蓄える植物ストックプラントの一撃をぬいぐるみで受け止める、その子の名前を呼んだ。


「お前何してんだ、こんな所で! 危ないだろう!」


「……危ないのは……ガイも……同じ」


「そういう意味じゃない! 今の状況分かってんのか?」


「……分かってる……だから……来た」


「だからってお前!」


 こういう事にならない為に、囮になったはずなのに、これじゃ何の為にそうしたのか分からない。


「……ッ!? フェイ!」


 ぬいぐるみの上に乗るフェイに向けて、横から枝が飛んでくる。咄嗟に庇おうとするが体に絡まる枝が邪魔をする。


「させないにゃ!!」


 叫びながら枝を蹴り上げる人影。フェイの頭上を空振った枝が通る。


「なっ!? 桃色の髪の獣人?」


 綺麗な桃色の髪をなびかせて、電光石火の如く現れたのは間違いなく獣人だった。


(記憶が確かなら、桃色の髪の獣人の村は壊滅したと聞いた事があるが……)


 何でこんな所にそんな人物がいるのか。


「ガイさん!」


 そう言いながら俺を後ろから軽々と引っ張り、枝から解放するもう一人の人物。


「少年?」


 エンと名乗っていた少年だった。


「ふぅーー! 危なかったにゃ! フェイに傷でも付けたらドロシーにご飯抜きにされる所にゃ……」


「お前嬢ちゃんと一緒にいた猫か?」


「うん? そうだにゃ! この見た目は秘密でお願いにゃ!」


 短い間に色々な事が起きすぎて、正直混乱しているが皆、俺を助けに来たらしい。


「お前ら何でこんな所に?」


「フェイが戻りたいって言ったにゃ」


「だからってアイツをこんな所に!」


「フェイさんが望んだ事です。僕らはその手助けに来ました」


「どうするか決めたのはあの子にゃ。あの子の意思を決めるのはガイじゃなくて、フェイ自身にゃ!」


「それは……」


 その通りだ。この提案をした時、あの子が不安そうな顔をしているのは見ていた。それを分かった上で囮になったのだ。こうなる事も予想出来た。フェイはこうと決めたら譲らない。


「なら、どうにかこの場を切り抜けるしかないな」


「……ガイ!」


「お前らも力を借りるぞ」


「勿論です!」


「任せるにゃ」


 捨てた大剣を拾い直し、構える。


「フェイ!」


「……まか……せて」


 こくんと頷くフェイ。


「……変身トランス! ……拳闘士パンチャー!」


 フェイがそう唱えた瞬間、クマのぬいぐるみの手に棘の付いたグローブが現れ、頭にはヘッドギアが被せられた。


「ぶちかましてやれ!」


「……うん! ……テディ!」


 ぬいぐるみから本物の熊と見紛うほどの一撃が放たれる。直撃した蓄える植物ストックプラントの体にヒビが入る。


「凄い一撃にゃ」


「俺らも行くぞ!」


 フェイ本人や、ぬいぐるみに迫る枝を追い払う為に飛び出す。一本を叩き切り、体の調子を確認する。万全とは言えないが、まだ何とか動ける。









「それでガイさんが囮に」


「なるほど。ガイらしいね……」


 ギルドで出会ったウィンさんと、お姉さんが手配してくれた何人かを連れ、私たちは応援に向かっていた。


「ウィンさんはガイさんと知り合いなんですか?」


「同期で、友達だね」


 ガイさんの話をしたら真っ先についていくと言っていた理由が分かった。


「それで、相手はどんな魔物なのか分かる?」


「すみません! すぐに逃げたんで、はっきりとは……」


 動く木のようにも一瞬見えたが、余りにも大きすぎた。


「木を軽々倒しながら移動してたんで、かなりの力はあると思います!」


「場合によっちゃ、この人数でもキツいかもね」


「そうかも知れません。…………あっ!?」


 遠くでドンッと何かがぶつかるような大きな音が聞こえてくる。


「今のは?」


「分かりません! でも、私は先にいきます!」


「ドロシーくん気を付けて……」


「はい! ありがとうございます! ……電気駆動エレクトロドライブ


 ウィンさん達をおいて、大きな音が鳴った場所に向かう。









「あと一息にゃ!」


 フェイのテディの攻撃で蓄える植物ストックプラントの体は沢山のヒビが入っている。こいつの目的は俺たちを殺す事じゃなく、捕まえたいだけだと、先程からのやり取りでやっと分かった。


(習性通りだとしても、今は春だぞ!?)


 冬を越す為だけに行われる特性を、今やろうとしているのは間違いなかった。


「フェイ! 最後まで油断するなよ?」


「……うん……」


 残った枝を全て切り落とし、本体だけが残された。フェイを除く全員は、地面でまだうごめく枝に注意を払っている。切った直後ほどしつこく絡んで来たが、時間が経てば殆どの枝が動かなくなっていた。


「……テディ!」


 ぬいぐるみの渾身の一撃が決まる。ヒビ割れがガラスの筒のような蓄える植物ストックプラントの体に拡がっていく。


「終わりにゃ」


 ぱらぱらと破片が地面に落ちていく。ガラスの筒のような魔物が砕け散り倒れた…………かに見えた。


「なっ!」


 蓄える植物ストックプラントは体に亀裂をいくつも作りながら、まだ立っていた。何よりも問題なのは……


「フェイ、離れろ!!」


「……えっ?」


 ドンッと大きな音と共に、体のあちこちにあるヒビから大量の魔力が溢れ出した。










「これは?」


 先に音の発生源に向かった私の前には驚くべき光景が広がっていた。ガラス筒のような体をした魔物がクマのぬいぐるみに覆い被さっている。地面には大きな爆発の跡が広がっている。先程の大きな音の原因はこれだろう。


「ライッ!!」


 少し離れた場所にライが見える。ライは気絶しているのか、地面で激しく動く枝に自由を奪われている。


「ガイさん! フェイちゃん!」


 地面で倒れているガイさんは、フェイちゃんを庇ったのか背中に大きな火傷が出来ていた。抱き締められているフェイちゃんも、意識を失っているようだ。二人の周りにも大量の枝が迫っている。


「あっ!?」


 木に横たわるエン君を見つけ近づく。爆発でここまで吹き飛ばされたのか。


「エン君、エン君! 大丈夫?」


「…………う……ん? ドロシー……さん?」


「何があったの?」


「……あと少しでアイツを倒せそうだったんですが、急に爆発が……」


「そんな! エン君動ける?」


「……何とか」


「じゃあエン君はここに居て! 私が三人とも連れてくるから!」


「……ダメです!」


 そう言って私の腕を掴むエン君。普段なら喜ぶ所だが今はそれ所じゃない!


「……ドロシーさんも限界ですよね?」


「何で?」


「顔色が悪いですよ」


「……ッ!?」


 その通りだった。今日一日逃げるのに、応援を呼ぶのに魔法を使い続けていた。電気駆動エレクトロドライブは瞬間的に身体能力を何倍にもするが、体の負担も相当なもので長時間の使用には全く向いていない魔法だ。合わせて魔力も殆ど残っていない。


「それでも! 今は何とかしないと!」


「僕がやります!」


「エン君が? そんなの無理だよ!」


「大丈夫です。それにここにドロシーさんがいるって事は応援の方ももうすぐ来ますよね?」


「うん」


「なら、この状況はその人たちも危ない。僕が何とかします」


 そう言いながら立ち上がるエン君。どうするというのか?


「ドロシーさん離れていて下さい」


「でも……」


「早く!!」


「分かった」


 見たことのない剣幕に思わずその場を離れる。


「僕の前で、もう誰も死なせない……」


 静かにエン君がそう言った瞬間、凄まじい魔力がエン君の体から生まれた。


「なっ!?」


 エン君を中心に、上空まで魔力で生み出された光の柱が出来上がっている。


「何で人間のエン君が?」


 この世界で唯一魔力を持たず、生み出す事も出来ないのが人間だ。一人の人間が魔力を生み出している目の前の光景は、その理から外れていた。それに……


「ドラゴン……?」


 エン君の周りにあった光の柱が造り出したのは、絵本や物語で見られるドラゴンその物だった。


「はぁぁぁぁぁ!」


 叫びと共にエン君が手を横に振る。魔力で生み出されたドラゴンもそれに合わせて手を動かす。エン君と違いドラゴンの動きには重さがあり、ぬいぐるみに覆い被さっていた魔物が、その一振りで軽々と横に弾き飛ばされる。


「これで終わりです!」


 両手を挙げ、一気に地面に向けて振り下ろす。ドラゴンの双腕が魔物を上から押し潰す。バキバキと音を鳴らしながら魔物の形が徐々に崩れていく。体のヒビから爆発らしき物が繰り返し生まれているが、ドラゴンの凄まじい魔力に相殺されているようだ。


「こんな事って……」


 やがて、粉々になった魔物と、魔力で生み出されたドラゴンだけが残った。足元でずっと蠢いていた枝も動きを完全に止めた。


「エン君!!」


 名前を呼び近付く。今は自分が見た事に対する驚きよりも、喜びの方が勝っていた。


「エン君!?」


 だが、その喜びもつかの間、目の前にいた少年はプツリと糸が切れたように

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