第一章22  『逃走と戦いと○○と』

 


「何でこんな事に!」


 私たちは逃げていた。エン君を抱える私と、フェイちゃんを抱えるガイさん、全員で森の中を走る。


「あれは美味しそうには見えないにゃ」


「あれも食べる気!?」


 猫の姿で私の胸元にいるライがローブから顔を出す。


「というか何でもっと早く教えてくれないのよ!」


「ここ生き物が多いのと、風が強いのも合わさってあんまり遠くまで聞いてられないにゃ」


「それから仕方ないか。まぁ、でもライが直前でも気付いてくれて助かった!」


 聞こえる全ての音に神経を研ぎ澄ますなんて事は誰にも出来ない。特に耳がいいなら余計な音や情報が入る事も多いだろう。


「で、どうするにゃ? 私も戻るかにゃ?」


「今の所戦う選択肢はないから、まだそのままでいいよ」


 背後から木が倒される音が聞こえてくる。明らかにまだ私たちを追いかけてきている。


「おい嬢ちゃん! これからどうする?」


 並走していたガイさんが声を掛けてくる。


「どうしましょう。あれガイさんは見たことあります?」


 今は情報が少なすぎる。咄嗟に逃げたせいで一瞬しか確認出来なかったが、周りにある木と同じ、いやそれ以上の大きさで、今の状況から考えると地面から生えている木を軽々倒せるくらいの力はある。


「いや、よく確認出来なかったから俺にも分からん」


「そうですか……役に立たないな」


「お前辛辣過ぎね!?」


「多分フェイを抱えてるのが羨ましいのにゃ」


「お、おぅ……よく分からんがお嬢ちゃんがヤバイ奴ってのは分かった!」


 許されるなら片手にエン君、もう一方にフェイちゃんという私にとっての天国を求む!


「でも、このままじゃ埒が明かないにゃ」


「流石にあれを倒すのは骨が折れそうね」


 正直相手が何かもハッキリしていない以上、それは得策とは思えない。


「それに俺も、嬢ちゃんもこの状況だ。まともに戦えないだろう」


 片手のフェイちゃんを少し持ち上げるガイさん。


「……わたしは……ひとりでも……大丈夫……」


 そう不満そうに小さな頬をぷくっとふくらますフェイちゃん。何その表情、可愛すぎて絵画にして一生残したい。


「僕も大丈夫です!」


 エン君も私に抱えられながら、手を挙げてアピールしている。こっちは抱き枕にしたい……


「その口元の涎は何にゃ!」


「あっ、やばっ! 出てた?」


 涎を拭い、真剣に考える。


「二人に賛同する訳じゃねぇが、こうやってずっと逃げてる訳にもいかねぇだろ?」


 確かにその通りだ。あれが追ってくる以上、被害を出さない為にも、町に戻る事は出来ない。だからといってこのまま森の中をグルグル逃げ回り続けるのは私たちの体力が持たない。


「なら、二手に分かれますか?」


「片方が囮って訳か」


「私がエン君とフェイちゃん両方を担いで」


「何さらっと自分の欲を出してるにゃ!」


「バレたか……」


「いや、案外それはアリかも知れんぞ?」


「マジかにゃ!?」







 ガイさんの提案は簡潔だった。私がエン君、フェイちゃんを連れて逃げ、ガイさんがあれを引き付ける。その間に私たちはギルドに戻り、応援を連れてくる。

 いくら魔物避けがあるとはいえ、あのサイズの魔物が町の近くに現れたら、何かしらの被害が出る可能性がある。ここで留める為にもその方がいいとガイさんは言っていた。


「じゃ、行くよ」


「分かったにゃ」


「行きましょう!」


「………………」


 一人だけ浮かない表情のフェイちゃん。ガイさんはもうあちらに向かってしまった。


「フェイちゃん?」


「……分かった……」


 余程心配なのだろう。その表情は今にも泣き出しそうだ。こんな顔をずっとさせる訳にはいかない。


電気駆動エレクトロドライブ


 二人を抱え、急いで私は走り出した。










 三人と一匹と分かれ、例のデカブツの前までやって来る。大きさは違うが、よく見ればこの魔物は見たことがあった。


「これは……」


 蓄える植物ストックプラントと呼ばれるこの魔物は、一見すると木のようにも見えるが、体にあたる部分はガラスの筒みたいになっており、そこに獲物を閉じ込めて、栄養分となる魔力を吸出し続けるという厄介な特性を持っていた。


「何でこんな時期に?」


 しかし、この魔物は基本的には大人しく、普段は人を襲わないはずだ。獲物を閉じ込めるという習性も冬を越す為にだけ行われる行為であり、秋から冬の間くらいしかギルドの討伐依頼にも名前を見ない。同じ木に擬態する狡猾な木トリッキーウッドと比べると比較的マシな魔物のはずなんだが。


「それにこんなデカイのは初めて見るな」


 普通の蓄える植物ストックプラントは人一人がやっと入るくらいの体躯だが、この個体は十人くらいなら軽く体に収めてしまいそうな程の大きさだった。


「まぁだからって、ほっとくつもりはさらさらねぇがな」


 背中の大剣を掲げる。一番大事なものは安全な場所に行った。これなら思いきり戦える。


「ちょっとの間相手してくれや」










「……まって」


 ギルドまであと半分くらいと行った所で声が掛かる。


「どうしたの?」


 その場に止まり、フェイちゃんを地面に降ろす。


「……わたしは……やっぱり……いけない」


 たどたどしくもハッキリとそう言う。


「フェイちゃん、でもあそこは危ないよ?」


「……それ……でも」


 危険だと伝えてみるが、フェイちゃんの意思は変わらないようだ。


「ガイに任せて私たちはさっさとギルドに応援を呼びに行く方がいいにゃ」


「……そうかも……しれない……」


 ライも説得しようとするが折れない。


「僕たちがいると、ガイさんも動きにくいんじゃ?」


「……ガイが……死ぬのは……絶対にイヤ」


 これはガイさん自身が望んだ事でもある。フェイちゃんがいたらガイさんも動きにくいから、こんな方法を選んだはずだ。


「フェイちゃん! ここは冷静になって!」


「……大事な!! ……人なの!」


「フェイちゃん……」


 強く心がこもったその言葉に何も言えなくなる。こんな小さな子がそこまで言っているのだ。この気持ちを無駄にするのはただの人でなしだ。それを手助け出来る力がある以上、私のする事はただ一つだ。


「分かった! 戻ろうフェイちゃん!」


「……あり……がとう……」


 そう満面の笑みを浮かべる女神! もといフェイちゃん。この表情だけでもこの選択は間違えていなかったと分かる。


「でも、ギルドへの応援要請も必要だから、ここはこうしましょう!」









「ハチ!」


 小さな流星のようにハチが蓄える植物ストックプラントに突進する。少し怯んだようだがびくともしない。


「ワンッ!」


 狛犬と呼ばれる見た目は犬の魔ノ者で、嬢ちゃんが連れてた猫より少し大きいくらいの相棒、ハチが足元に帰ってくる。


「行くぞハチ!」


「ワンワンッ!」


力の加護パワーブースト


 瞬間的に力が跳ね上がり、迫ってきた枝を大剣で切り落とす。蓄える植物ストックプラントは四つの大きな枝を持っており、それが更に分かれこちらを捕まえようと自在に動いている。


「まずはその邪魔なもん切ってやるよ」


 大剣を頭上で構え、間合いを詰める。枝分かれしているとはいえ、元が大きい分ひとつひとつが一本の木と大差がない。こんな物が体に当たれば、ただでは済まない。


速の加護スピードブースト


 枝を掻い潜りながら、本体に近づく速度を上げる。


「まずは一本」


 頭上の大剣を振り下ろす。力の加護の影響もあり、すんなりと枝は切れた。


「おっと」


 横から払い除けるように迫ってきた枝を、体を反って避け一気に距離をとる。

 今ここで一人で倒すのが目的じゃない。応援が来るまでここで足止め出来ていれば問題ない。


「だがよ」


 執拗に襲ってくる枝を大剣で薙ぐ。応援と一緒にあの子は絶対に来るはずだ。あの人に似て頑固だから間違いない。それなら……


「少しでも余計なもんは削ぎ落とす!」


 あの子を危ない目に遭わせる物は先に潰す。二本目の枝を切り落とし、蓄える植物ストックプラントは片側ががら空きになる。これなら多少攻撃は避けやすくなる。


「ハチ! 一旦引くぞ!」


「ワンッ!」


 先程から囮として逃げ回っていたハチを呼び戻し、体勢を立て直そうと後ろに下がる。


「?」


 足に違和感があった。思うように動かない。見ると足に枝が絡まっていた。大剣で切ろうとするが、いつの間にか腕にも枝が絡まっている。


「どういうことだ?」


 迫ってきた枝は片っ端から全て切っていた。見ると蓄える植物ストックプラントは残った二本から伸びた枝を、まるでこちらの様子を見るように動かしている。じゃあ、足と腕に絡まるこれは?


「マジかよ……」


 枝の先を視線で追ってみる。しかしそれは何処にも。先程切断した大きな枝二本がそれぞれ独自に動いていたのだ。


「ぐっ!!」


 本体から伸びた枝が振り下ろされる。何とか大剣で防いだが、それを持つ腕も切断した枝に強く引っ張られ思うように動かせない。


「切っても動くのは反則だろ」


 残った二本を使い執拗に攻撃を繰り返してくる。


守の加護フィジカルブースト


 守りを固めるが、丸太で直接ぶん殴られてるような状況だ。長くは持たないだろう。


「何とか足だけでも抜け出せれば」


 大剣はこの際捨てて、逃げ出す事も出来るはずだ。


「くそっ!」


 何が危ない目に遭わせる物は…だ。これじゃ危険な所に自ら来させるようなもんじゃねぇか。このままじゃダメだ!


「ちくしょう!」


 体に枝が何度も直接ぶつかってくる。守の加護を使っていてもその一撃一撃が重く、否が応にも自分が危機的な状況だと理解させられる。


「フェイ……」


 恩人の忘れ形見の名前を呟く。今の俺にとって何より大事な存在。


「クソがぁぁぁ!」


 強引に足から枝を振りほどく。大剣を捨てて後ろに下がる。ハチがこちらに駆け寄ろうとするが、枝に阻まれ近づけない。


「くっ」


 ふらつき、膝をついた瞬間、本体から伸びた枝が俺の頭に向けて振り下ろされた………





「……ガイ……」


 聞き覚えのある声に顔を上げる。目の前には蓄える植物ストックプラントと見紛うほどの大きなクマのぬいぐるみがあった。枝を力強く受け止めるぬいぐるみの上には見知った顔がある。


「フェイ!」


 頑固なその子がそこにいた……

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