第一章19  『ご飯と夜這いと○○と』



「おじさん部屋を二つお願い」


「はいよ! 少しお待ちを!」


 宿屋の受け付けで部屋を頼む。宿屋の主人らしき人が空いてる部屋を確認している。


「いや、ちょっと待つにゃ! 何で自然に二部屋にしてるにゃ」


「えっ?」


「その何か悪い所ありますか? って顔止めるにゃ! 部屋数を決める前に、まず部屋割りを先に教えるにゃ」


 心底不思議そうな顔をしてみたがライには通用しなかった。クソッ!


「私とエン君が一緒で、ライが別部屋だけど?」


「びっくりするほど私情まみれにゃ!」


「私情じゃないよ」


「私情じゃないなら、さっきからにやついてるその

 顔はなんにゃ!」


 やばっ! 顔に出てた!?


「私情じゃないよ!」


「キリッとした顔をしても無駄にゃ! 口から涎垂れてるにゃ」


 最大級のキメ顔でもダメかー!


「分かった、分かった! じゃあ私とエン君が同じ部屋で、ライが別の部屋でいい?」


「何にも変わってないにゃ! 代替案出してる雰囲気で全く同じこと言うのはやめるにゃ!」


「チッ!」


「態度悪すぎにゃ……」


 さらっと同じ提案で押しきろう作戦も失敗。


「もう、ライは仕方ないな~」


「何で私が我が儘言ってる感じになってるにゃ……」


 なら、どうすればいいのか! まさかここまでライに反対されるとは。


「それなら、ライとエン君が同じ部屋で、私が別部屋……で、夜中にライが部屋の鍵を開けといてくれれば」


「で、じゃないにゃ! 何で普通に犯罪の片棒を担がせようとしてるにゃ!」


 何がダメなのか。本当にライは我が儘だなぁ……


「じゃあ私とエン君がそれぞれ別部屋で、ライが外で」


「今までで一番最悪な提案にゃ!!」


「なら、今日は皆で野宿にする?」


「お嬢ちゃんここに何しに来たの!?」


 部屋を確認していた主人から突っ込みが入る。確かに宿屋にまで来て、野宿を選択する意味は分からない。


「普通に三人別部屋って考えはないにゃ?」


「えー! それじゃ面白くないし」


「確信犯だったにゃ……」


「あのー! 僕もそれでいいと思います」


 私とライのやり取りを少し離れた所で見ていたエン君が控えめに提案してくる。何だか私を見る目が生温かい気がする。気のせいだといいな……いや、気のせいだろう!


「おじさんやっぱり一部屋で!」


「話聞いてたかにゃ!?」


 結局ライの提案通り、三人がそれぞれ別部屋に泊まる事になった。







「これも! これも美味しいにゃ!」


「確かに美味しいです! 故郷では食べたことない味だ!」


 宿屋の中に併設された酒場で私達はご飯を食べていた。相変わらずエン君とライの前には山盛りのご飯がある。


「特にこれがいいにゃ! ドロシーも食べるにゃ! ほれ、ほれ!」


「わ、分かったから口に無理矢理押し付けるのやめて」


 ライが口に入れてきたのは、甘い爆弾スイートボムと呼ばれる、フォレストの森でとれる珍しい果物だった。


「うん……これは美味しい!」


 噛むと口の中に甘い汁が一気に溢れてくる。果物のジュースより濃厚で、なのに上品な甘さがある。それが噛む度に溢れてくるのだからやめられない。ライも三つ口にくわえて甘い汁をすすっている。何その食べ方?


「お腹空いてたから特に美味しいにゃ」


「クッキー食べてましたよね!?」


 ライにエン君が控えめな突っ込みを入れている。エンゲル係数の化け物は今日も元気にうちの飲食費を上げている。


「あれは別腹にゃ!」


「あんた本当に胃が何個もあるんじゃないの……?」


 朝から全く衰えない食べっぷりにそんな気がしてきた。翔び鶏の手羽先にかぶり付き、眠り牛のステーキを平らげ、甘い爆弾の汁を飲み干す姿は、ある意味芸術的に見えてくる。


「でも、相変わらずエンもよく食べるにゃ」


「えっ? そうですか?」


 そう言いながらエン君の前にある料理が手を動かしていないのに、どんどん消えていく。だからそれどうなってんの!?


「それ一応手は使ってるんだよね?」


「はい? 使ってますけど」


「手の動きが速すぎて見えないにゃ」


 そこに超人的な力使う必要ある!? って突っ込みたくなるが、本人は本当に不思議そうな顔をしているので我慢する。


「ゆっくり食べるのは出来るの?」


「ゆっくり? 今より遅く食べるって事なら出来ますけど」


「一回それで食べてみるにゃ」


 エン君が目の前にある翔び鶏の手羽先を手で取り、ゆっくり口の前に持ってくる。エン君が口を開け…………た瞬間には手元の手羽は骨だけになっていた。


「今何したの!?」


「これはある意味魔法だにゃ……」


「おかしかったです?」


 やっぱり不思議そうなエン君にライと二人で笑いつつ、騒がしいご飯の時間は過ぎていった。







 そしてお風呂も済ませ、辺りが寝静まった深夜、私はエン君の部屋の前にいた!


(い、いや、別にやましい気持ちがあってここにいる訳じゃないし)


 たまたま、ほんと~にたまたま眠れなくて、エン君は寝れてるか心配だから確認しに来ただけであって、寝込みを襲おうとか、寝顔を間近で小一時間見てやろうとか、吐息を子守唄に添い寝しようとかそういうの全然考えてないから!!


(いや、本当に!)


 そう唱えながら、ドアノブに手をかける。ライにバレないように抜き足差し足で、息も止めてここまで来た。


(せめて寝顔くらいは見ないとやってられない!)


 最早自らたまたまと言っていた事も忘れ、ゆっくり扉を開ける。


(さて、エン君は……グヘヘ)


 ライがここに居たら真っ先に突っ込まれそうな顔をしつつ、ベットに向かう。


「あれ?」


 エン君はベットにいない。というか部屋の何処にもいない。まさかライが先手を?そう思い、辺りを見回すとベランダへの扉が開いている事に気づく。


「そっちか……」


 大樹マザーの窪みを利用したベランダは、少し覗くだけでも町が見下ろせるほど視界が開けており、綺麗の一言だけでは足りないと思えるほど素敵な景色があった。


「エン君?」


 そのベランダで少年は佇んでいた。悲しそうな表情の先には故郷の上顎山アッパーマウンテンがある。こんな小さな少年が、どうしてそんなに悲しそうな、辛そうな表情をするのか?


「エン君」


「……あれ? ドロシーさん?」


「大丈夫?」


「大丈夫ですよ」


「そうは見えないけど……故郷が恋しい?」


「いえ、違うんです」


 そう言いながら視線を落とした後、山をもう一度見て話を続ける。


「故郷にいた時、僕のせいで親友が死んだんです」


「それは」


「だから僕は、願いを叶える滴が本当にあるなら、それを手に入れて親友を生き返らせたい! その為なら僕は……」


 小さな体が震えている。こんな小さな少年が、故郷を一人で出て、自分の為に死んだ親友を生き返らせようと必死に頑張っている。


 その姿を見て、助けずにいられるか? そんなの答えは一つだ。


――助けるに決まってる!


「ドロシーさん?」


 震える体を後ろから抱き締める。真っ赤になったエン君に伝える。


「じゃあ、絶対に願いを叶える滴を見つけよう! 私も協力するから」


「……はい! ありがとうございます!」


 嬉しそうにそう言うエン君。


「そういえば」


「うん?」


 エン君の動き止まる。


「ドロシーさんはここで何してるんですか?」


「あっ……やばっ!」





 完全に忍び込んだ事を忘れていた私は、駆け付けたライに怒られ、状況に気付いたエン君には蔑んだ目で見られる事になった。だが、不思議と後悔はしていない。


「こいつ絶対またやるにゃ……」

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