第一章17 『馬車と木と○○と』
森の町フォレストから南に少し行った先、王都から繋がる陸路の、
運んでいるのは荷物か人かは荷台の様子からは分からないが、どちらを運搬していたとしても、それらを全く気づかっていない事は馬車の速度で分かった。
何をそんなに急いでいるのか、必死に手綱を引く御者はしきりに後ろを気にしている。馬車が引く荷台の背後にはただ木が何本かあるだけだ。
まるで、馬車を追いかけるように広がっているそれは、ぴったりと後ろを
付かず離れず、まるで獲物を追い回すようだった木の動きが変わる。速度を上げすぎた馬車の片方の前輪が、道端にある石に乗り上げ壊れたからだ。一気にスピードを失った荷台に一本の木が張り付く。
何とか走っていた馬車も木の重さから、徐々に遅くなっていく。逃げ続けていた馬車はやがてその場で止まってしまった。
荷台にいたのか、叫びながら逃げ出そうとする人がいるが、しなる枝に宙吊りにされる。全員が木に捕まり、身動きがとれなくなる。
木の幹だと思われた部分がゆっくりと横に裂け、ギザギザの歯が沢山生えた大きな口が現れる。片足だけで宙吊りにされていた御者は、木の前に吊るされ、その体を丸ごと大きな口で噛み……
「
その時、閃光が走った。
間一髪だった。宙吊りにされていたおじさんを木から丸ごと引き離し地面に降りる。
「危なかったにゃ」
同じく木に捕まっていた人を、獣人の姿に戻って助けたライが着地した。
「こっちに先に来て正解だったね」
私が選んだ依頼の内、一つはフォレストから西にある泉の調査、そして残りが南の森に出現する
「何匹いるか分かる?」
周りを確認しながらライに質問する。木に擬態して生き物を襲う厄介な魔物が、狡猾な木だった。森が多いこの環境ほど、奴らにとってやり易い場所はないだろう。
「三匹はいるみたいにゃ」
本来なら普通の木と見分けるだけでも大変なのだが、擬態しても生き物であるのは変わらない。ライの耳なら鼓動を確認出来る。
「ドロシーさん! ライさん!」
エン君が遅れてやって来る。ここに向かう途中、ライが馬車が何かに追われているのに気付いた為に、
「エン君、この人達を安全な場所に運べる?」
普段ならこんな危ない事に子どもを巻き込みたくはないが、状況を考えるとそうも言ってられない。
「任せてください!」
そう言いながら男二人を軽々と持ち上げ、私達が来た道を引き返すエン君。力も速さもやはり同年代からすれば並外れている。
「まだ捕まっている二人を何とかしないと」
今逃がした二人は、それぞれ別の狡猾な木に捕まっていたが、残った二人は三匹の中でも一際大きな個体に捕まっている。
「ライ、二匹の注意を私からそらせる?」
「任せるにゃ! ついでに味見してやるにゃ」
「あれ食べるの!?」
「冗談にゃ」
そう言いながら、疾風の如く一匹を蹴り、その勢いのままもう一匹に飛びかかる。二匹の狡猾な木の間を抜け巨大な一匹に向かう。まずは捕まっている人を助けないと。一気に跳躍して一人に手を伸ばす。
「ぐっ!」
掴みかけた瞬間、横腹に強い衝撃を受け地面に弾かれる。
「ドロシー!」
遠くからライが呼ぶ声が聞こえるが、答えている余裕はない。痛みを堪え立ち上がる。
「
私を捕まえようと伸びた枝をすり抜け、狡猾な木に突進する。巨木はびくともしないが、近付けたならそれでいい! 一気に木の横を駆け上がり、吊り下げられた一人の枝を
「ドロシーさん!」
「お願い!」
勢いそのままに、戻ってきたエン君に助けた一人をぶん投げる。危なげなくキャッチしたのを視界に捉えつつ、私も地面に着地する。
「もう一人……」
足元をすくうように伸びてきた枝を跳んで避けながら、巨木を蹴り、その反動を利用して捕まったもう一人の所に向かう。
「危ない!」
エン君の叫びが聞こえてくるが、私も同じ攻撃を二度食らう気はない。空中で身を捻り枝をかわす。何とか捕まったもう一人も助け、エン君の元に投げる。
「エン君! 二人を連れて出来るだけ離れて!」
「分かりました!」
大人二人を抱えているとは思えない速度で、エン君が走っていく。
「ライ、あれやるよ!」
「了解にゃ!」
残りの二匹を相手していたライがこちらに来る。手を繋ぎ、魔力を体に廻らせる。誰も巻き込まないならこれが使える。
「「
ライと叫ぶと同時、私達を中心に雷が暴れる。雷鳴の中、周りにあった木や地面が抉られ、狡猾な木も激しい攻撃に一匹、二匹と倒れていく。巨木も耐えていたが、徐々に体が削れ、やがて動かなくなった。ズシンと最後に残った巨木もゆっくりと倒れる。
「何とか……なった?」
「上出来にゃ!」
「あっ、ヤバイ!!」
雷で焦げた周りの木から火が上がっている。
「これじゃ、ただの放火にゃ」
「早く消さないと!」
これがあるからこの魔法は中々使えない。
エン君や救助した人皆に協力して貰い、何とか消火する事には成功したが、何とも締まらない結果になってしまった。過程はどうあれ、私達は何とか一つ目の依頼を達成する事が出来たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます