第一章10  『故郷とショタコンと○○と』


 勘定を済ませ食堂を出る。素知らぬ顔で店を先に出ていくライと、自分が払おうとするエン君という、天と地、宝石と石ころぐらいの人としての差を見つつ、ぶっ飛ばした件のお詫びも兼ねて、今回は私の奢りという事にした。


 長い時間店にいた為か、時刻は既に昼を回っていた。改めて周りを確認するが、全く人通りがない。一応パンフレットに載るぐらい評判の店なはずだが、ここまで人がいないのはどうなのか?


(まぁ、料理は凄く美味しかったけどね……)


 エン君を急いで連れてきた食堂は、町の南西辺りにある店で、このまま北に上がれば西の入り口から伸びるギルド直通の道までいけるはずだ。

 この辺りは道が入り組んでるみたいだから真っ直ぐ北にとは行かないが、そこまで時間も掛からないだろう。


「そういやさっき聞きそびれたんだけど、エン君は何処から来たの?」


 最後まで聞かずにうやむやになっていた事を歩きながら改めて質問する。既にこの子が普通じゃない(可愛さ含め)なのは分かったが、どうやってここに来たかは別の話だ。


「あそこです」


 エン君が指差したのは大樹マザー……の奥に見える上顎山アッパーマウンテンだった。


「えっ? 本当に?」


「はい! 初めて山から下りてきました」


「さっきの徒歩は冗談じゃなかったにゃ」


 てっきり冗談だとばかり思っていたが、それなら魔法を知らなかったのも理解出来る。

 上顎山に人が住んでいるなんて話は今まで聞いたことがなかった。なら、他とは交流はほぼなかったのだろう。閉鎖された空間ならばあり得なくはない。


「じゃあ本当に一人で? 両親は山にいるの?」


「いえ、両親はいません。祖父と村で二人暮らしです」


 先程の親はいないは本当にいないという意味だったのか。


「勘違いしてたとはいえ、辛い事を聞いてごめんね」


「いえ、全然辛くないですよ! 村の皆もじっちゃんも優しいですし! でも…………」


 そうは答えるがエン君の表情は暗い。


「滴の噂を聞いて一応相談はしたんですが、じっちゃんの了承を得られずにここまで下りてきたんで少し心配で」


「えっ? それは大丈夫なの?」


「書き置きはしたんで大丈夫だとは思います」


「随分アクティブにゃ……」


 そこまでして叶えたい願いがあるのか、暗い表情から一転、真剣な顔付きになる。


「まぁ、こうやって会ったのも何かの縁だと思うから、私に手伝える事があったら言ってね?」


「はい! ありがとうございます、ドロシーお姉ちゃん!」


「お姉ちゃん! アァァァァァーー!」


「奇声を発するのはやめるにゃ!」


 不意打ちのお姉ちゃん発言に叫ぶ私へライが突っ込みを入れる。


「エン、信用するのはいいけど気を付けるにゃ! ドロシーはショタコンにゃ!」


「誰がショタコンよ! 私のはただの子ども好き!」


「ただの子ども好きがお姉ちゃんって呼ばれて奇声を発したり、椅子から転げ落ちたりしないにゃ!」


「そんな事ありませーん! それが普通ですー!」


「どの世界での普通にゃ!」


「何度も言うけど私は子どもが好きなだけ! エン君だって赤ちゃんを見たら守らなきゃってなるよね?」


「それは、そうですね」


「でしょでしょ? 私のはそういうのと一緒よ!」


「エンに無理矢理人工呼吸しようとしてたのはどこのどいつにゃ……」


 呆れた表情をするライを無視しつつ、更に歩を進める。


「ドロシー止まるにゃ!」


「えっ?」


 先程とは違う、緊張感を伴う声に思わず振り返る。その時、スッと頬を何かが掠めた。思わず手で触れて確認すると、それは紛れもなく血だった。


「何……これ?」

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