第一章11  『襲撃と黒ずくめと○○と』

 

 はらりと私の髪が落ちる。切れた頬からは血が滲みひりひりと痛む。足元には鋭利なナイフが刺さっている。これが、頬を切ったのは間違いない。振り返ったタイミングによっては顔にこれが直接刺さっていた可能性すらある。


「ライ!」


「分かってるにゃ!」


 返事と共に獣人に戻ったライが、隣で唖然としていたエン君を連れて急いで建物の影に隠れる。今は、獣人の姿を見せる事に躊躇っている場合ではない。私もライを呼んだと同時に走って二人が隠れる場所に飛び込む。


 建物の影とはいっても完全に隠れられている訳ではない。相手が何処にいるかも分からない以上、この場所も相手には丸見えの可能性もある。


「ドロシーさん! 血が!」


「大丈夫! ライ、どういう事か分かる?」


「分からないにゃ……少なくとも誰かが近づいて来る足音とかはなかったにゃ」


「という事は待ち伏せ?」


 真っ先に質問したのは、ライの耳なら誰が何処から襲ってきたのか分かるかと思ったからだ。だか、ライの話を聞いた限り、最初からこの場所で息を殺して私達を待っていたことになる。


(何で? 誰が? どうして?)


 頭の中でグルグルと答えの出ない問いが繰り返される。私達がこの町に来て半日もたってない。エン君に至ってはもっと短い。


(という事は狙われてるのは私とライ?)


 待ち伏せされてた以上、計画的な犯行なのは間違いない。


「……っ!?」


 頬の痛みで現実に引き戻される。浅いとはいえ、血はまだ止まっていない。


(目的は何?)


 私達を傷付けるつもりなら、さっきのナイフを私に直接当てればいい。ましてや離れた場所から投げるなら、もっと確実に狙えるタイミングはあったはずだ。じゃあ、目的は……


「ライ! エン君抱えて!」


「分かったにゃ!」


 未だに状況を把握出来ていない様子のエン君は、借りてきた猫のようになっている。


(まぁ、抱えているのが猫なんだけど)


 そんな馬鹿な事を考えている横で、ライがエン君を片手で軽々持ち上げる。


「さっきのナイフは、恐らく私達を脅して動けなくする為の物だと思う」


「じゃあここにいたらヤバイにゃ!」


「だから、西入り口の道まで逃げるわよ!」


 相手は人通りのないこの場所で待ち伏せしていた。という事は他人には見られず目的を達成したいはず。それなら人が沢山いるだろう、西入り口からの道までたどり着ければ。


「いくよライ! エン君!」


「了解にゃ!」「はい!」


 三人で走り出す。真っ直ぐに向かう道がないのがもどかしい。入り組んだ路地を北へ北へと走っていく。


「ドロシー、何人かが追ってきてるにゃ!」


 耳をぴょこぴょこ動かしながらライが伝えてくる。相手が一人じゃないと分かり動揺しそうになるが、顔に出す訳にはいかない。


「数はまだハッキリしない?」


「自分も走ってる状態だと流石に厳しいにゃ!」


 いくらライが獣人で魔ノ者とはいえ、人ひとりを抱えて周りの様子まで窺えは無理な相談だった。


「ドロシー前にゃ!」


 前方に全身黒ずくめの人間が現れる。正体を見せない用意周到さに苛立ちを覚える。


「ライはそのまま走って!」


「分かったにゃ!」


 身を屈め、前方に狙いを定めて……


雷光ライトニング


 手の五芒星が輝き、私は稲妻になった。


「がっ!」


 一人を光の速さでぶっ飛ばし、壁に叩きつける。先に道を左に曲がったライにそのまま追い付く。


「ご苦労様にゃ!」


「ドロシーお姉ちゃんカッコいいです!」


「お姉ちゃん来たぁぁぁぁ!」


「今の状況分かってるかにゃ!?」


 興奮気味に伝えてくるエン君に、私のテンションも上がってくる。


「多分あと三、いや二人にゃ!」


「ありがとうライ!」


 こんな状況でも耳を済ませ、周りを確認してくれていたライに感謝をしつつ、北へ向かう為に今度は道を右に曲がる。少し広い道に出た。前方に黒ずくめの影はない。


「上にゃ!」


 ライに言われ上を確認する。広い道の左右の建物の屋根に、先程と同じ黒ずくめの男が二人、それぞれ私達を見下ろすように両脇を走っている。


「私もやられっぱなしは好きじゃないにゃ!」


「じゃあ一緒にいくよ!」


「分かったにゃ! エン! 掴まってるにゃ!」


「はい!」


「「電気駆動エレクトロドライブ」」


 ライと同時に唱えた瞬間、身体中に電気が廻る。ミシッと筋肉や骨が軋む音が聞こえ、一気に体が軽く、そして速くなる。


「「せーの!!」」


 ライと声を合わせ、左右にある二階ほどの建物の屋根まで、

 雷光のような直線的な動きと違い、体そのものを一時的に強化する魔法だから出来た芸当だ。


「なっ!?」


 見下ろしていた私達が、目の前に突然現れ動揺する黒ずくめに拳を浴びせる。向かいの屋根ではエン君を抱えたままのライが黒ずくめに蹴りを繰り出していた。






 屋根の上で倒した黒ずくめを下に降ろし、ライ達と合流する。


「これで全員倒したかな?」


「二人ともカッコいいです!」


「どうにゃ!」


「そうかなー? ウェヘヘ……」


 エン君に褒められドヤ顔のライと、照れる私。


「どんな照れ方にゃ!?」


「この人たちはどうするんですか?」


「このままギルドに連れていきます」


 ずるずると黒ずくめを引きずりながら、西入り口まで向かう私とライ。


「ギルドにですか?」


「さっき魔法と魔ノ者について説明したけど、実はまだ続きがあって……」


 ヒュンと一度見た覚えのある何かが飛んできた。


「!?」


 声も出せない一瞬、私の目にはゆっくりとライの胸元に近づくナイフが見えた。先程の脅しとは違う、確実に相手を殺すために投げられたそれがライに迫る。

 咄嗟に手を伸ばして止めようとするが、ナイフは私の手元をするり…と抜け、ライの胸にゆっくりと




「いやあぁぁぁぁーーーー!!」


 私の叫び声が路地に反響する。

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