第一章9   『魔ノ者と魔法と○○と』



「本当に知らないの?」


「はい!」


 不思議そうに答えるエン君は嘘をついているようには見えない。別に知らない事が悪い訳ではない。しかし、自然と共存するこの町ですら魔物避けの街灯や、風の加護を得た馬車など、魔法と関連する何かとは繋がりがある。


(この子はいったいどんな環境にいたの?)


「じゃあ、魔力や魔物については分かる?」


「うーん……何となくは」


「なら、そこから説明しましょう」


 エン君の事情はともかく、これから願いを叶える滴を探すつもりなら、否が応にも関わる話だ。


「魔力はこの世界の大半に備わっている命のエネルギーのようなもの。このハニーアップルにも」


 さっきドンおじさんから買った物だ。エン君は興味深そうにハニーアップルを見ている。


「他にもこの町の周りにある木や空気、土に水、自然に存在する大体の物や、生物には宿っているわね」


「これもですか?」


 エン君は私の前にある暴れ猪のパスタを指差す。そういや全く食べてなかった。


「一応はあると思うわ。でも加工していく内に魔力は失われていくらしいから、絶対とはいえないけどね」


 パスタをフォークで口に運びつつ話を続ける。これ美味しい!


「その魔力を使って様々な事象を起こすのが魔法」


「なるほど……さっきのライさんの突進も魔法って事ですよね?」


「そうね! でもこの魔力が生まれつき備わっていない物もいたの。…………それが!」


 ゆっくりと自分とエン君を指差す。


「私達人間。人には生まれつき魔力がなかった」


「じゃあ、僕たちには魔法は使えないんですか?」


「そう! ここからが面白い所なんだけど、その前に……」


「はい?」


「エン君! 私の事はドロシーお姉ちゃんと呼んで!」


「話と全く関係ないにゃ!!」


「関係あるわよ! これはとても重要な事なの!」


「どんな嘘にゃ! それに、その口から垂れる涎は何にゃ!?」


 やばっ垂れてた! 急いで口を拭く。


「ド、ドロシー……お姉……ちゃん」


「お姉ちゃん、ぐあぁぁぁぁぁーーー!!」


 エン君の照れながら言う顔が余りにも可愛すぎて、椅子ごと後ろに倒れ落ちる私にライの突っ込みが入る。


「話の脈絡がない上に、行動が奇っ怪過ぎるにゃ!」


「ご、ごめん! 取り乱した!」


「取り乱したとかそういうレベルの話じゃないにゃ! というか、流石にエンも引いてるにゃ」


「イ、イエソンナコトハ…」


「棒読み!?」


 出来る限り平静を装うとしているエン君。


「えー! ごほん! で、私達が魔法を使えるかについてだけど」


「無理矢理話を戻したにゃ……」


 呆れ顔のライを横目に話を続ける。


「結論から言えば使えます」


「あっ、そうなんですか!」


「私達には魔力がなく、生み出す力も持っていなかった代わりに、魔力の蓄積や耐性、制御に操作、魔力の増大など、これを扱う能力に優れていたの」


「でも、魔力自体は持ってないんですよね?」


「そう。木や空気に含まれる魔力を使うことも出来るんだけど、それでは効率が悪い。だから昔の人はある結論に至ったの」


「結論ですか?」


「ないならある者に力を借りればいい。そこで……」


「私達の出番にゃ!」


「何でちょっとドヤ顔なの!?」


 勢いよく手を挙げるライ。


「ここでさっきの魔物の話に戻ります。魔力を宿すだけでなく、自ら生み出す事が出来る生き物が魔物」


 興味津々に耳を傾けるエン君。


「世の中に沢山いる魔物の内、これに関しては曖昧なんだけど、知性があるのが魔ノ者、ないのを魔物として分けて、魔ノ者に力を借りる事にしたの」


「私達の出番にゃ!」


「何で二回言ったの!?」


「大事な事だからにゃ!」


「だから、何でドヤ顔なのよ……」


「同じ魔ノ者でも私みたいな獣人もいれば、見た目は炎その物だったり、獣の見た目だけど知性があったり、色んな種族がいるにゃ!」


「うーん……難しいです」


「まぁ、魔物か魔ノ者かも人間が勝手に分けてるだけだから、専門家でもない限りは、こうだとひと括りにするのは難しいかも」


 何かを考える様子のエン君に話を付け足す。


「それに魔ノ者と呼ばれていても、今じゃ絵本や物語の中でしか見れない者もいたりするからね」


「そうなんですか?」


「ドラゴンや不死鳥とかがそうね」


「ドラゴン…………」


「うん?」


 一瞬、エン君の顔付きが明らかに変わった様に見えたが、何かを聞いてくる訳でもなかったので、今はそっとしておこう。


「まぁ、力を借りるといってもただただ一方的に魔力だけを借りる訳にはいかないから、契約をする事が条件だけどね」


「契約ですか」


「人と魔ノ者が、双方合意の上にお互いが力を貸す事を決める。私達は魔力を、魔ノ者はそれに見合う何かを代わりに貰う」


「見合う何か……怖い響きに聞こえます」


「昔の人はどうしてたか知らないけど、例えばライは……」


「ご飯にゃ!」


「何で私のパスタ食べてるのよ!」


 いつの間にか膝の上にいたライが、私のパスタをつついている。


「だからあんな量を頼んでたんですね!」


「違う、違う! あれはただただライが食い過ぎなだけ」


「食い過ぎとは失敬にゃ! 食いしん坊と言って欲しいにゃ」


「どう違うのよ……」


「ご飯にゃ!」


「だから何で二回言うの!?」


「まぁまぁ、早く話を進めるにゃ」


「何であんたが仕切るのよ! まぁ、とりあえずライには力を借りる代わりに三食ご飯を食べさせるのが契約内容ね」


 一日三食どころか十食近く食べてる気がするのは、多分気のせいだろう。いや、そう思いたい。


「他の魔ノ者だと、町で生活する基盤を人間が作ってる場合が多いから、賃金だったりが多いかもね」


「ご飯や、賃金って考えると割と普通ですね! もっと怖い物かと思いました」


「お互いが合意さえすれば、場合によっちゃ一緒に遊ぶとかで済む場合もあるからね」


「遊ぶ……それは楽しそうです!」


 想像したのかパッと表情が明るくなるエン君。あーーっ、可愛い!


「魔ノ者にもそれぞれ種族や個性があるし、結局何を代わりに要求されるかは、誰と契約するかで大きく変わるとは思う」


 そう言いながら、手のひらをエン君の前に出す。


「それで、契約すると……」


 手の甲に五芒星が浮かび上がる。丁度ライの顔辺りに手を動かす。

火花スパーク


 瞬間、魔力によって作られた電気が小さく手のひらで弾けた。


「何処でやってるにゃ!」


「人のパスタを勝手に食べるから……何ならもう一回?」


「ごめんにゃ! 私が悪かったから許してにゃ!」


 髭を焦がしながら謝るライを見ながら話を続ける。


「こうやって魔力を使って魔法を使えるようになります」


「今の凄かったです!」


 目を輝かせるエン君が尊すぎて鼻血が出そう。


「契約した相手にもよるけど、ライの場合は電気を生み出せるんだ」


「今のは殆ど放火にゃ」


「もう一回やっとく?」


「すみませんでしたにゃ!」


 勢いよく謝るライを横の椅子に置いて、半分以上食欲の化け物に食べられたパスタの残りを掻き込む。いつの間にか結構な時間が経っていた。


「じゃあそろそろ行きましょうか!」


 立ち上がり伸びをする。これからまだまだやる事がある。






 その時の私はこれから起きる事にまだ何にも気付いていなかった。

 気付いていれば何かが変わったかも知れないなんてのは傲慢な考えだろうか?

 誰にだって大切な物はある。それを守る為なら人は……

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