第一章2   『森の町と少女と○○と』

 


「やーーっとついたー!」


 馬車の荷台から降りて、体全体で風を感じるように大きく伸びをする。何時間も座り続けていたせいで、着ていたローブにもシワがついてしまった。

 風に流れる金色の長い髪を、頭の後ろで一つに纏め、大事にしている蝶の髪飾りで留めてポニーテイルに戻す。

 やっぱり馬車に乗っている間は髪飾りは外しておいて正解だった。こんなに長時間持たれ掛かったまま移動していたら、頭に大きな蝶の跡がついてた事だろう……


「ここが森の町フォレストかにゃ?」


 私が着ている白いローブの胸元の辺りから、声が聞こえてくる。


「ライ、もう出ていいよ!」


 そう伝えると、ローブからモゾモゾと桃色の珍しい毛並みを持つ猫のライが飛び出し、地面に軽く着地した後、私を見上げてくる。


「ドロシーの胸元は息苦しいにゃ! 無駄にでかいから…………」


「おーい? 小声で言ったつもりかもしれないけど、聞こえてるよ~?」


「無駄にでかいから!」


「二度言うな!」


 若干強調して二度言ってくるライに突っ込みを入れるが、本人はすました顔をしながら話を続けてきた。


「大事な事だからにゃ」


「これ、誰に対しての大事な事!?」


「もうその話はいいんで!」


「何で、急に口調まで変わってるのよ!」


 自分から持ち出しておいて、いきなり真面目な口ぶりなるのは何なのか? そんな事を考えてある間にライは先に進んでいた。


「綺麗な景色にゃ!」


「確かに王都じゃ、なかなか見れない景色ね」


 少し進んだ所に、小高い丘になっている場所がある。そこから見下ろすと、目の前には森に囲まれた町が広がっていた。

 町には、大樹が一本あり、そこを中心に大小様々な建物が並んでいるのが見える。大樹だけ見ても町を囲む、どの木々よりも遥かにでかい。

 以前に何かで見たが、町の中には木をそのまま建造物として取り込んでいる住宅もあるらしい。


「大樹も凄いけど、あの山も凄く大きいにゃ!」


 ライが器用に前足で指を差す大樹の奥には、思わず見上げてしまうような大きな山が見えている。これだけ離れていてもそう見えるという事は、実際はもっとでかいのだろう。


「確かにそうね……」


「あっちの山が上顎山アッパーマウンテンで、向こうが下顎山ロウマウンテンにゃ?」


 ライが指を差す二つの方向には二つの山があった。大樹の奥に見える山と、私たちの背後にある山。後ろの山は、前の山には及ばないが大樹くらいの大きさがある。


「高い方が上顎山アッパーマウンテンで、低い方が下顎山ロウマウンテンだから逆ね」


 大樹の奥に見えるのが上顎山アッパーマウンテン、背後にあるのが下顎山ロウマウンテンなので、訂正も兼ねて改めて指を差す。


「本当に大きな口の中にいるみたいにゃ」


「まぁ、下顎の方は少し小さい気もするけどね」


 山と山の間にいると、横から見た時に口の中にいるように見えるのがこの名前の由来らしい……

 正直、山同士の距離も大きさも全然違うので、何処から見たらそうなるのか疑問ではある。


「それじゃ、早速行くにゃ! まずはご飯、ご飯~!」


 そう言いながら、ライは丘を降りて町に向かっていく。


「ご飯はいいけど、私たちの目的忘れてないでしょうね?」


「分かってるにゃ! いまこの町で噂になってる願いを叶える滴を探すんにゃ?」


「分かってるならいいけど」


 ライと話をしながら、ここに来るまで乗せて貰った馬車の御者に駄賃を渡す。


「ありがとうございました!」


「いえいえ、こちらこそ」


 頭を下げる私に、御者も丁寧にお辞儀を返してくれた。


「あっ、お嬢ちゃん!」


「はい?」


 先に町に降りていったライを追いかけようとした所で、御者が声をかける。


「最近ここら辺は物騒な噂があるんで、気を付けなね?」


「物騒な噂? もしかして、願いを叶える滴の話ですか?」


「いや、そっちじゃない」


「他に何かあるんですか?」


 顎に手を当て、少し考える素振りを見せた後、口を開いた。


「本当はこういう事は言わない方がいいんだが……」


 そう前置きしながら続ける御者の顔は、とても暗かった。


「この町まで、人を乗せて運ぶ仲間から聞いた話なんだが、ここに来ると人が消える事があるらしい……」


「消える?」


「あぁ! 前に乗せたはずの人間が、いつの間にかこの町からいなくなるらしい」


「単に他の馬車に乗ったとか、たまたま会わなかっただけなんじゃ?」


 フォレストの町までの交通手段は基本、馬車以外はない。山と森で囲まれているここは歩きで来るには向いていないからだ。

 だが、他では見る事が出来ない景色から、この町は観光地としても有名になっていて、王都からも一日の間に何本も定期便が来ている。

 前に乗ったのと違う馬車に乗ったから、御者からは消えたように見えるってだけなんじゃ?

 そもそも大きな町なんだから、たまたま会わなかっただけ、という方が筋が通る気はする。


「いや、それがそうじゃないみたいなんだ」


「?」


「私らの仕事の都合上、決まった場所で出発する時間まで乗りたい人を待つんだが、そこに来るんだよ」


「来る? 誰がですか?」


「それが、前に何人かで乗せた客が仲間を知らないか? と聞いてくるらしい」


「それは……」


「この話、ここからが怖くてね……昨日は三人で聞いてきた客が、次の日になると二人、更には一人になって同じ事を聞いてくるらしい」


 一緒に来たはずの仲間が居場所を知らないのはおかしい。それだけ聞くと、本当に消えたみたいだけど……


「次の日にはどうなったんですか?」


「誰も来なかったらしい……」


 その一言を最後に沈黙が訪れる。


「まぁ、単に仲間をからかう冗談って可能性もあるが、同じような状況に遭遇したのが何人かいるみたいでね! お嬢ちゃんいい娘そうだから念の為!」


 そう言って、この話は終わりとばかりに両手をパンパンと叩く御者。


「こんな話を聞かせた後で言うのも変だが、楽しんで!」


「はい! ありがとうございました!」


 もう一度頭を下げ、町に向かう道に踵を返す。


――瞬間。


「ぐっ!?」


 桃色の何かが弾丸のように跳んで、私の腹に直撃する。


「な、何?」


「ドロシー、遅いにゃ!」


「ごめんごめん! でもこれはやり過ぎぃ……」


 四つん這いになって、腹を押さえながら呻く。正直、朝ごはんが全部出るかと思った……


「何の話をしてたんだにゃ?」


「大事な話」


「ご飯の話かにゃ!!」


「違うわよ」


「じゃあ………………ご飯の話かにゃ?」


「今、否定したよね!? どれだけご飯の話がいいの!」


 否定した筈なのに、何故だか嬉しそうに目を輝かせるライに苦笑する。取り合えず立ち上がって町まで向かおう。


「また後で、教えてあげるわよ」


「やっぱりご飯にゃ! 美味しいお店聞いたんだにゃ?」


「さっきのやり取り忘れたの!? 違う、違う!」


「えぇーー! ご飯の話が良かったにゃ……」


「はいはい……」


 そんなやり取りをしながら、町へゆっくり降りていく。

 願いを叶える滴――その噂の真偽を確かめるために…………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る