第一章3   『狼とフードと○○と』



「やっぱり下から見ると景色が違います」


 大きな壁が横にずっと続いてるようにも見えるそれは、ふもとから見上げようとすると、そのまま後ろに倒れ込んでしまいそうだ。これが一つの山だと誰が思うだろうか?

 高い木に登り、ついさっきまで自分がを改めてじっくりと見る。

 九割程の高さからちらほら雲があり、山頂はすっぽりと覆われてしまっている。山頂はここからでは確認する事は出来ないだろう。


「うー、寒いです……」


 長い冬が終わって春になったといってもまだまだ気温は低い。その証拠に、森では殆ど見当たらないが、山の頂上とあちこちに雪が沢山残っているのが見える。

 とりあえず、お気に入りの黒いローブについたままだった沢山の雪を一度脱いで払い、着直したローブのフードを深く被って、一時的にでも寒さをしのいでおく。

 木のてっぺんからリズム良く下り、周りを確認する。

 今、見上げていた山を中心に、多くの樹木が生い茂っており、辺りは緑一色の光景が広がっていた。

 皆、一番最初に山が目に入ると思うけど、これも中々見れない景色だと思う。僕からすればって話だけど……


――その時だった。


「…………うん?」


 周りに何かの気配を複数感じる。木に登る前にはなかったのに何だろう? とりあえず様子見をしたい所だけど、僕も急いでますし。とりあえず……


「逃げますっ!」


 一気に気配のない方向に走り出す。後ろでがさがさと何かが複数動く音が聞こえる。これは間違いなく追いかけてきてる。

 目の前に迫る木や草を左に、右に避け、時には下を滑りながら、どんどん加速していく。それでも後ろの音は消えない。


(何が追いかけてきてるんだろう?)


 背後を確認したくなるが、我慢する。聞こえてくる音から、かなりの数がいるのは間違いないと分かるからだ。何とかして引き離し……


――瞬間。


 横にあった草の影から何かが飛び出してくる。咄嗟に身を屈め、地面を滑りながら回避する。片手を軸に体勢を直ぐに立て直し、走る速度は緩めない。一瞬目に入ったアレは間違いなく……


!)


 大柄の大人ぐらいの体躯だったが、間違いない。それが凄まじい勢いのまま、こちらに飛びかかって来ていた。


(あんなの、故郷にはいなかったです)


 考えながらも、前に進むのは止めない。大きな木が沢山あって走りにくいが、これぐらいならまだ対応出来る。緑一色の景色がどんどん後方に流れていく。だが……


(横に何体かいます?)


 草や木でハッキリとは見えないが、何かが複数並走しているのは分かる。結構な速度を出したつもりだったが、それでも引き離せなかった。

 

(来た!)


 並走していた一頭が、こちらに近付いてくる。今度はしっかりと姿が確認出来る。大きいが、やはり狼だ。こちらの様子を窺いながらも、目の前に迫る木や草を、全く速度も緩めずに避けて、徐々にこちらとの距離を縮めている。


――瞬間。


 様子を見ていた狼の目が獲物に対してのそれに変わり、こちらに飛び掛かって来た。


「……っ!」


 右から迫ってきた狼を屈んで避ける。体勢が崩れるが、これぐらいなら速度は変わらない。

 目の前に、何度も現れる木や草にもぶつからないように、更に前に進む。

 気付けば、襲い掛かって来た一頭以外もこちらにかなり近付いて並走している。

 よく見ると前にも何頭かいるのが分かる。いつの間にか先回りされていたようだ。

 落ち着いて数を確認する。やや前に五頭、横に先程避けた一頭を合わせた五頭がいる。合わせて十頭という数に少し驚くが、だからといって状況が変わるわけじゃない。


(あれは?)


 今まで木々の葉などで所々遮られていた日光が、進む先にはハッキリと見えていた。このまま行くと開けた場所に出て、囲まれる可能性がある。きっと狼の狙いはそれだろう……

 森を抜けると、その先には人が通行しやすいように整備したであろう道が広がっていた。今まで走り続けて来たけど、こうなったら一度止まって様子を見た方が懸命だと思い、速度を緩める。

 周りを確認すると、前方と横にいた狼達は、いつの間にかこちらを取り囲むように移動していた。


「ここまでみたいですね」


 フードから頭を出し、黒い髪を整える。左目の前髪辺りにある一束の赤い髪は、額に張りついていたので自ら指で直す。


「余り、手荒なマネはしたくなかったんですが……」


 そう言う間にも、狼達は徐々に距離を縮めて来ている。続く沈黙の中で、低い唸り声だけが辺りに響いている。そして……


――狼達が動き始めた。


 前後にいた二頭が一斉にこちらに飛び掛かってくる。鋭い爪に鋭い牙をギラギラと光らせながら迫るが、森で走っていた一頭を避けた時と同様、身を屈めて避ける――が、それで終わらせない!

 頭上を通る二頭の尻尾を、屈んだ体勢そのままに掴み、腕を交差させたまま一気に左右の地面に叩きつける。

 キャン! と唸り声とは正反対の声を上げて、二頭は動かなくなった。

 今度は、それを見た四頭が怒りをあらわに牙を剥き出して、こちらに襲いかかって来る。

 左側と右側にいた二頭が容赦なく噛みつこうとして来たが、大きく上に跳んで避ける――下から聞こえてくるのは、カチンと小気味いい歯牙の合わさる音だけだった。

 下に見える狼の頭を支えに、片手だけで空中に更に跳び、別の一頭の上に両足で着地する。

 足元で気絶した狼は無視して、前後に迫ってきていた二頭の顎に掌底をくらわす。

 支えに使った一頭は、空中で跳んだ勢いそのままに、地面に強打され既に気絶していた。


「こんな所ですかね?」


 残った四頭を見てみると、怒りは収まっていないようだが、六頭も短い間に倒されている為か、すぐに襲いかかって来る様子はない。


「どうします?」


 言葉が通じてるとは思えないけど、念のために確認してみる。答えはやっぱり沈黙……


 返答は直ぐに分かった――残った四頭が、一斉に吠えながらこちらに向かってくる……







 倒れた十頭を下敷きにしながら、仰向けに寝る。怪我がなかったのは良かったけど、せっかくのお気に入りのフードが少しボロボロになった。それに、何より…………


「お腹減ったな……」


 今は、狼との命をかけた追いかけっこや、食うか食われるかの感想よりも、とにかくお腹が減っていた。


――ぐぅーーーーー!


 自分でも驚く程の、大きなお腹の音が鳴っている。このままここにいてもお腹が満たされる訳じゃないしな……

 ゆっくりと起き上がり、整備された道を歩いていく。


――ぐぅーーーーー!


「本当にお腹減ったな……」


 お腹の音と会話しながら、目的の町まで歩を進める。途中で何か食べるものがあるといいな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る