第一章1   『過去と記憶と○○と』

 


 私が今でも夢で見る光景……


 俯瞰で見ているのに、まるで私がその場で体験しているかのような、とてもリアルなそれは私の記憶だった。

 自分の姿すら確認出来ない暗闇の中、両手を伸ばそうとしても壁にあたり、それ以上は伸ばせない。小さな箱か何かに、私は閉じ込められていた。

 外からは叫び声らしき物が聞こえていたが、震える私は両手で耳を塞いでしまい、それ以上は聞こえなくなる。

 顔を先ほどから何度もくすぐっているのは布? そこで自分が小さな箱ではなく、衣類などを収納する戸棚だと気付く。その時、大きな揺れが起こり、前も見えない暗闇に光が差した。

 戸棚の開閉部分がずれ、少し開いたのだ。振動で生まれた隙間を、恐る恐る覗いて見る。

 外は戸棚の中より明るかった。いや、これは明るいというより赤い? 部屋中が赤く照らされていた。部屋の中にある大きな窓を見ると、建物の外が暗く、部屋と同じく赤く照らされているのが分かる。これは火だ! 夜に建物が燃えているのか……

 戸棚の隙間から覗く大きな窓の景色をじっと見つめるが、何も起こらない。少しの間、その光景を見続けていると、それが突然現れた。

 大柄の、遠すぎて男か女かの判断がつかないが、その人間が何かを片手で持ち上げて喋っている。それから暫く経って、持ち上げていた物を地面に投げ捨てた後、周りに顔を向けた。何かを確認している?

 やがて、その人間と戸棚の隙間から窓を覗く私の

 体の震えが強くなり、耳を塞ぐのに使っていた両手は口を塞ぐ為に使われる。

 ゆっくりと近付いてきたそれは、らしき物を巻いた腕を窓に近付け…………


 そこで私の記憶は途切れる。


 これが、私に唯一残っていた記憶。

 私には……

 これが何処で起きた事なのか、記憶をなくす直前の話か、それともずっと前の事なのかすら、私には分からない。もしかしたら、とてもリアルに感じるこの記憶その物が事実じゃない可能性だってあるかも知れない……

 それでも、私が唯一覚えていた事なのだ。真偽はともかく大事にしたい。


 昔はどうだったか確認のしようがないけど、少なくとも今の自分が私は好きだ。だから、過去に縋りたい訳じゃない。

 これは未来を見る為に必要な事なのだ。

 今の自分として、過去と向き合うために……


「…………シー」


 その為に私は……


「ドロシー!」


「…………うん? ここは?」


「やっと起きたにゃ」


 どうやら、私は寝ていたようだ。

 着ているローブの胸元がモゾモゾと動いている。


「口元から涎が垂れてるにゃ」


「あっ、やばっ!」


 口元を拭い馬車から降りる。

 私は、自らの記憶を取り戻す為にここにやって来た。

 まさかこれから、あんなに巻き込まれる事になるとは、うたた寝で涎を垂らすその時の私は夢にも思わなかった……

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