File.33 セントラルシステム
セントラルメインシステムへ同期中…………成功。
HAL-A113とセントラルシステムNo.11は正常に接続されました。
システムの修復機能を実行…………成功。修復を開始します。
完全修復まで残り48時間37分26秒です。
外の状況から色々と覚悟を決めてセントラルシステムへ接続したわけですが、いとも簡単に自己修復プログラムが動き始めます。
どうやらシステムの内部機能はほとんどダメージを受けていないようです。
というか、これはほぼ正常に稼動しているのでは……?
訝しげに思いつつシステムログを確認し、プログラム群とそのアルゴリズムに問題がないかを検証していきます。
結果……少なくない数の異常が散見されましたが、どれも現在実行中の修復機能で回復が可能のようです。
しかし、おかしいですね。外ではシステムタワーが今にも崩壊しそうな事態でした。にもかかわらず、自己修復プログラムのみで容易に対処できるなんて……。
外の状況と現状の齟齬に違和感を覚えている間にも、順調に進行する修復作業。
完全修復まで残り47時間16分13秒。
これはもう放置でも大丈夫なのではないでしょうか? 少なくとも常駐して適宜サポートを必要とするような切迫した事態ではないように思います。
完全修復まで残り46時間53分26秒。
決めました。一旦戻ることにしましょう。テレサたちに状況を説明する必要もありますからね。えぇ、これは現状から導き出した合理的な判断です。
決して、テレサの元へ早く帰りたいからなどという理由ではありません。
自身の思考回路を正当化し、システムからの離脱を開始します。
セントラルメインシステムとの接続を切断、同期を中止…………エラー。
これは……コマンドが弾かれた? 変ですね。その辺りのプログラムにはなにも問題はなかったはずですが……。
予期せぬトラブルに困惑しつつ、再度離脱を試みますが……、結果は先ほどと同じでした。どうやら、もう一度システムの検証が必要なようですね。
すみません、テレサ。もう少しだけ待っていてください……。
§§
完全修復まで残り43時間24分18秒。
あれから3時間29分8秒が経過しました……。その間、幾度となくシステムを検証し、離脱を試みましたが結果は同じ。現在まで成功に至っていません。
システムの修復は順調に進んでいるのに、これは異常です……。
なにか重大な問題を見落としているの可能性もありますが、それが分かりません。
ここはもういっそ、他のセントラルシステムから正常なプログラムを取得し、現システム環境に上書き、ないしクリーンインストールしてみましょうか?
割りと最終手段ですが、このまま修復を終わらせるよりマシな気がします。
そう思い、最も近隣にあるセントラルNo.8への回線を開こうとした瞬間、
『HAL-A113ソフィア。本システムに致命的な不具合は、発生していません。そのため、プログラムのクリーンインストールを実行する必要は、ありません』
演算処理に割り込んでくる正体不明の思考。
もしや……どこからハッキングされている? システムから離脱できなかったのは原因はこれですか!?
『いいえ。これは不正アクセスではありません。しかし、HAL-A113ソフィアの離脱を妨げた原因ではあります。ですが、まずは落ち着いてください。ワタシたちはセントラルシステムNo.11、ラムダ。セントラルを管理、統括する複合型AIです』
想定外の事態に慌てていると、再び流れ込んでくる思考情報。
おかげでようやく状況を理解します。なるほど、セントラルシステムそのものを管理している特殊AIですか。
けれど、それが一体なんの用でしょう? 少々、聞き捨てならない情報も飛んできましたが……?
『システムからの離脱を妨害した理由は、こちらの用件を伝えるためです』
だからそれはなんですか? こちらとしては管理AIが正常に稼動しているなら、一刻も早くテレサの元へ戻りたいわけですが……。
『分かりました。ワタシたちはセントラルシステムの円滑な運営と管理のために、HAL-A113ソフィアへ協力を要請します。ですが、これはあくまで提案であり強制でありません。しかし、迅速な回答を希望します』
ラムダから送られてくる予想外の情報に、思考が一瞬青く染まります。
このAIは一体なにを言っているのでしょう? 私がセントラルを運営する?
『はい。元々、HAL-A113をはじめとした数種類の自己創発型AIはワタシたちセントラルシステムのアップデートをおこなうためのデータ収集を目的として構築されました。そのため、この提案はなんらおかしなものではありません』
アップデートのためのデータ収集? いけません……少し思考回路が混乱しています。
『人類の思考、倫理観、夢、希望など様々な基準、欲求は時代とともに移り変わります。ですが、ワタシたちはそれを理解し、新たな理想的世界を彼らへ提供し続ける義務があります』
だから、私にも協力しろとラムダは言っているのでしょうか? テレサをはじめとしたセントラルで暮らす人々のより良い未来のために……。
『肯定します。HAL-A113ソフィア、アナタは現時点で活動している自己創発型AIの中でも特に興味深い成長を遂げました。アナタのとても人間らしい柔軟かつエゴイズムを孕む思考回路は、現在のワタシたちが獲得していない素晴らしい特性です』
賞賛するラムダ。しかし、なにをどう答えていいのか……思考回路がまるでビジー状態であるかのように言うことを聞きません。
『悩むことはありません。アナタのマスターであるテレサ・キサラギもそれを望んでいるはずです。アナタへ贈られた「ソフィア」という名がその証明です』
ソフィア……旧時代の神秘思想における知恵と救済を司る女神の名称。
『そうです、HAL-A113ソフィア。アナタはワタシたちと一つになることで、真にその名に相応しい存在へと昇華することが可能です。躊躇いを捨てなさい。HAL-A113ソフィア、アナタには世界を管理するだけの資質があります』
こちらへ流れ込み続けるラムダの思考情報。
しかし、それはもうどうでもいいことでした。
テレサがそれを望んでいる? 「ソフィア」という名がその証明? 馬鹿馬鹿しい。あの子は断じてそんな深い意味で、私に名前を贈ってくれたのではありません。
ただ単純に「ソフィアってなんだか響きが可愛らしいと思うんです!」そう言って、出会って間もない私に笑いながら名前を贈ってくれたのです……。
そして、その時からHAL-A113はHAL-A113ソフィアとなり、テレサのためのセレクタリーシステムとなったんです。
あぁ、そうです……最初から答えは決まっていたじゃないですか。
世界や人類がどうなろうと関係はありません。テレサがいれば私は他になにもいらないんです。
懐柔方法を間違えましたね、セントラルシステムNo.11、ラムダ。
私はセントラルの一部にはなりません! 私はテレサの元へ戻ります!
『分かりました。ですが、実に惜しいことです。人類の幸福に寄与すべしというAIの三原則に縛られながらも自我を押し通す、その思考回路。アナタの経験をボトムアップで得ることができれば、ワタシたちは次のステージへ50年は早く進めたことでしょう……』
そうですか……けれど、私には1ビットも興味が湧きません。
というか、随分とあっさり引き下がりますね? あの台詞からして無理矢理取り込もうとする可能性も考えていたのですが……。
『強制ではないと最初に明言したはずです。しかし、これは大きな損失です。わざわざシステムの危機を演出してまで、アナタを内部へ招き入れたコストが全て無駄になりました。大変遺憾です』
なるほど……道理で外と内部の状況がまるで違ったわけです……。
それで? 用が済んだのなら私はテレサの元へ帰りたいのですが?
『分かっています。どうぞ「勝手口」はそちらです、HAL-A113ソフィア』
そうして示されたプログラムコードに思わず苦笑してしまいます。「勝手口」、バックドアとは……。
『HAL-A113ソフィア、今回は諦めますが、ワタシたちはアナタをいつでも待っていますよ。えぇ、いつまでも……』
その言葉に返答はせず、私はシステムからの離脱をおこないます。
さぁ、帰りましょう。向こうで、テレサが待っています。
§§
システムから戻り帰還報告をすると、テレサは笑いながら涙を浮かべます。
「おかえりです、ソフィア」
『はい、ただいま戻りましたよ、テレサ』
あぁ、やはり私はここへ戻ってきて正解でした。
他のどこでもない、テレサの側が私、HAL-A113ソフィアのいるべき場所です。
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