File.34 HAL-A113ソフィア
セントラルシステムの問題が解決し、その修復が無事に完了してから4日目。
この数日、各所における事件の説明などで対応に追われていたテレサとサクラ。そんな二人を労うために、今日はちょっとした慰労会をおこなう予定です。
時刻は午前8時。前日も深夜まで作業を続けていたテレサたちはまだぐっすりと眠りについています。
さて、今のうちに準備を進めてしまいましょう。きっと起きたら驚きますよ。
作業:起床用アラームの設定を変更。起動時刻を1時間プラス。起動後のスヌーズ機能はオフ。
注文:食品配給ブースへパーティー料理をオーダー。テイストはフレンチ、チャイニーズを中心にランダム。総エネルギー量は1200kcal以下で。配達時間は30分後を希望。
連絡:ドローンレンタルブースへ。クリーニング用ドローン、作業用ドローンをそれぞれ4台ずつレンタル希望。使用時間は8時間。
とりあえずこんなところですか。あとは手配されてきたドローンに指示を出しながら会場設営をおこないましょう。
§§
1時間後。アラームが起動するとそれぞれの部屋から、まだ眠たげな様子で起き出してくるテレサとサクラ。
しかし、リビングへ足を踏み入れた瞬間、その眠気も消し飛んだのか目を見開き部屋中を見渡します。
「わぁ~、凄い! 凄いです! なんですか、これ!?」
「ははっ……。寝起きにはちょっと刺激が強すぎるねぇ」
ブラックラットのぬいぐるみを抱き締め驚きの声を上げるテレサと、欠伸をしながら器用に苦笑するサクラ。
二人の目の前には色とりどりのご馳走が広がり、室内は各種ホログラムで賑やかに飾り付けられています。
『おはようございます、テレサ。サクラ。ここ数日の二人を労うために色々とご用意しました。いわゆるサプライズパーティーというものです』
少々得意げに説明すると、驚いた様子で顔を見合わせる二人。
どうやら計画は大成功のようですね。さぁ、楽しいパーティーを始めましょう。
そうして暫く食事を続けていると、テレサがふと思い出したように口にします。
「アイラは……今頃どうしてるんでしょう。ご飯、ちゃんと食べてますかね……」
表情を曇らせ俯くテレサ。二人は親友でしたからね……。たとえアイラが今回、セントラルで起きた一連の問題の首謀者でも、やはり心配なのでしょう。
問題解決後、収監されたアイラには一度も会えていませんしね……。
「う~ん? まぁ、大丈夫だろう、あの小娘なら」
不安げなテレサへ視線を向けつつ、なぜか自信ありげに断言するサクラ。
「本当!? 本当ですか、サクラ!? アイラは大丈夫なんですか!?」
テレサは料理の載ったテーブルから身を乗り出し、思わずといった様子で詰め寄ります。それに苦笑しながら話を続けるサクラ。
「落ち着きなって、まったく。あれだけの技術を持った小娘だよ? セントラルがこのまま牢屋の中で一生遊ばせておくはずないじゃないか。まぁ、条件次第だろうが、首輪付きでそのうちひょっこり出てくるはずさ」
くつくつと笑いながらグラスに入った琥珀色の液体へ口を付けるサクラ。
おや? あんなドリンクは注文した覚えはありませんが……。一体なにを飲んでいるのやら。
さておき、サクラの言葉には一理あります。
セントラルシステムNo.11、ラムダの自作自演が多少あったとはいえ、アイラの技術力は本物です。それをあのラムダがこのまま埋もれさせるはずがありません。
しかし、サクラ……今回は妙に自信たっぷりに断言しますね……。
「……本当ですか? テレサを安心させようと適当なことを言ってませんか?」
テレサも不思議に思ったのか、訝しげにサクラを見つめます。すると彼女はニヤリと笑い驚くべきことを口にしました。
「いやいや、本当さ。なぜなら確かな前例が今、アンタの目の前にいる」
その言葉に目を見開くテレサ。
「ちょっ!? なんですか、それ! その話、詳しく!」
「ああん? しかたないねぇ。じゃあー、少しだけこのサクラ・アトワールさんの昔話でも聞かせてやろうかねぇ。けど、その前にほら、アンタも飲みな、飲みな」
テレサの反応に気をよくしたのか、楽しげに笑いながら飲み物を勧めるサクラ。
「さっきから飲んでますけど、なんですかこれ? なんだか不思議な香りがしますって……ケホッケホッ、痛いです! 辛いです! 苦いです!」
コップに注がれた琥珀色の液体へ口を付け、涙目になるテレサ。
「おいおい、もったいないねぇ。今時、現実だと滅多に手に入らない貴重なブランデーだよ? それをせっかくご馳走してやったってのに……」
「なっ!? なんてものを飲ませるんですか! 現実のお酒は依存症とかあって体に悪いんですよ!? 飲酒は仮想空間でっていう常識を知らないんですか!?」
やれやれと肩を竦めるサクラに、頬を少し上気させながら抗議するテレサ。
「ははっ……。なんだいテレサ? アンタ、あの一嘗めでもう酔ったのかい?」
「しょんな、ことは、ないのれす!」
サクラがからかうように笑うと、テレサは呂律を絡ませながら反論します。
「いや、酔ってんじゃないか。まぁ、昔話なんてのはね、酔った状態で適当に聞くのが一番さ」
そう言いながらサクラはブランデーの入ったグラスを優雅に傾けます。
『ところで、サクラ? 私は酔っていないのですが……?』
「あん? どうしても酔いたいなら怪しげなプログラムでも入れるかい?」
『いいえ……、遠慮しておきます』
冗談とも本気ともとれない提案を、すぐさま断ると楽しげに笑うサクラ。
まったく、この人は……。ですが、二人ともいい息抜きになったようですね。ここ数日、本当にお疲れさまでした。
さて、サクラの昔語りが始まりましたね。酔って眠そうなテレサの代わりにしっかりと聞いて、保存しておきましょう。あとで教えてあげなくてはいけません。
§§
慰労パーティーから2日後。
以前の処分が撤回されたサクラは、自室に戻り今日から普段通りのセキュリティ業務をおこなっています。もちろんテレサと私も一緒です。
「はぁー……やっぱりこの部屋がいちばん落ち着くねぇ~」
「それはいいですけど、ちゃんと空気清浄機はつけてください。煙たいです!」
処分前と同じように紫煙をくゆらせながらモニターを監視するサクラに、顔をしかめながら抗議するテレサ。
「へいへい……。ちょっと忘れただけなのに厳しいねぇ……」
「もう! 今から新人さんが来るんですよ? ちゃんとしてください!」
サクラがやれやれと肩を竦ませてぼやくと、テレサは呆れた様子で注意します。
今回の問題を重く受け止め、セキュリティ対策の早急な強化のためにこの部署へ新たな人員が追加されると連絡が届いたのがつい先ほど……。
一体どんな人物が来るのやら……。まさか、アイラではありませんよね?
などと雑多なタスクを処理しつつ思考していると、ルームに響くコール音。
どうやら到着したようです。
パタパタと心なしか嬉しそうな様子で出迎えに向かうテレサ。煙草の火を消し、面倒くさそうにあとに続くサクラ。
ドアを開けると、そこにはテレサより一回りも小柄な女の子が立っていました。
おや? どこかで見かけたような気がしますね……。
「は、初めまして。本日よりこちらに配属されました、モニカ・シツキです。い、以前はセントラルNo.4で第三種セキュリティエンジニアとして働いていました。こ、こちらのセントラルへ移動してきた理由はえっと、えっと……」
しどろもどろといった感じの自己紹介でしたが、出身セントラルを聞きサクラとテレサは全てを察したようでした。
そう、セントラルスラムで助けたあの少女です。見覚えがあると思いました。
「まぁ、よろしく頼むよ、新人ちゃん。あぁ、私はこの部署の責任者、サクラ・アトワールだ。で、こっちが」
「テレサ・キサラギです。ようこそ、ザナドゥセキュリティの最前線へ。ここが魔術師たちによる戦場への入口ですよ!」
どこか芝居がかった台詞を自信満々にテレサが言うと、コツンと頭を叩くサクラ。
「い、痛いです……、サクラ」
「理由はよく分かってんだろう? テレサ?」
少し涙目で頭を擦るテレサを、冷たく睨みつけるサクラ。同時に聞こえてくる小さな笑い声。二人が視線を向けると、先ほどまで緊張していた様子だったモニカが笑っていました。
「あ、すみません。私ったら……」
視線に気がつき慌てて表情を硬くします。
「あぁ、いや、いいんだよ。改めて、ようこそ新人ちゃん」
「サクラが怒るから、怯えてるじゃないですか……。まだ、ソフィアの自己紹介が残ってるんですよ?」
テレサの言葉にどこか不思議そうに首を傾げるモニカ。
『初めまして、モニカ。私はHAL-A113ソフィア。テレサのセレクタリーシステムです』
テレサの腕に装着したデバイスから声をかけると、モニカは目を丸めます。
どうやら私のようなAIにはあまり接したことがないようですね……。各セントラルによって微妙に運営方法が違うのでこういうこともあるのでしょう。
自己紹介を終えるとサクラに部屋の奥へ案内されるモニカ。
その姿を見送りつつ、テレサは扉の前で大きく背伸びをします。
「よ~し、今日からまたお仕事を頑張りますよ、ソフィア!」
『はい、テレサ。各種サポートはお任せください』
「ふふっ、本当にソフィアは最高のセレクタリーシステムですね! これからもよろしくです」
そう言って笑うテレサに、私も笑顔を浮かべたつもりで返答します。
『いいえ、テレサ。こちらこそ、お役に立てれば幸いです』
~End Of File~
ソフィア HAL-A113 荒木シオン @SionSumire
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