File.24 セントラルスラムへ

 さて、困ったことに事態は心配したとおりに進行中。

 あのあとセントラル1階へ移動したサクラとテレサ。二人は今、外へと続く金属製の扉の前に立っています。


 セントラルの外壁などを清掃、修繕するためのメンテナンスドローンが使用する出入り口。

 どうやらサクラはここを利用し、秘密裏にセントラルから抜け出そうとしているようです。


「ほ、本当に外へ、セントラルスラムへ行くんですか?」


 扉の横のセンサーに携帯端末を繋ぎ、ロックの解除をおこなうサクラへ不安げな声で尋ねるテレサ。


「あん? そんなに心配しなさんなって。別にこの方法でスラムへ行くのは初めてじゃないんだ。一度もバレたことはないし問題ないさ。あ、それともなにかい? テレサは外が怖いのかなぁ? いやぁー、見た目通りまだまだお子様だねぇ~」


「なっ!? ち、違いますし! テレサはただ安全な方法なのか気になっただけです!」


 からかうように笑われ、慌てた様子で抗議するテレサ。けれど、おそらくサクラの指摘は当たっています……。

 なぜなら、テレサをはじめとしてアーティフィシャルは特別な事情がなければ、まず自分が生まれたセントラルの外へ出ることはありません……。

 つまり、今回が初めての外の世界です。怖がるなと言うほうが無理でしょう。


 それにしても、サクラは口振りからすると、セントラルの監視の目を盗み頻繁に外へ抜け出しているようですね。ロックの解除も手慣れていますし……。

 これは部屋にあった古い機材や普段吸っている煙草は、外から持ち込んでいるのかもしれません。


 以前、ブラックラットパークでアイラから受けた『サクラは外と、ナチュラルと関係がある』という忠告が現実味を帯びてきましたね……。

 外へ出たらテレサの安全確保だけでなく、サクラの言動にも十分注意する必要がありそうです。


 思考を続けていると短い電子音。

 どうやらサクラが扉のロックを解除したようです。


「よし……。さて、スラムまで急ぐよ。作業中のメンテナンスドローンは8時間後に戻ってくる。私たちもそれに合わせて帰ってこないといけないからね」


「も、もし遅れたらどうなるんですか?」


「うん? そりゃー……メンテナンスドローンが活動を再開するまで外で待つことになるねぇ。つまり、一晩野宿かなぁ~?」


「!? い、急ぎますよ、サクラ! 早く捜査を終えるんです!」


 あわあわと焦るテレサの姿に、笑いを堪えようと必死のサクラ。

 これだけ見れば、彼女がなにかを企んでいる様子はないのですが……。とりあえず監視は続けておきましょう。


 一旦受け入れた仲間を疑うのは嫌ですが、テレサの安全が第一ですからね。しかたがありません。

 さて、それではセントラルスラムの捜査へ向かうとしましょうか。

 

 §§


 30分後、テレサたちはセントラルスラム東の大通りへやって来ました。

 並ぶ建物は全て旧時代の建材、コンクリートや木材を使用したもの。炭素繊維やウルツァイト窒化ホウ素を用いたセントラルのような建築物は一つもありません。

 

 ただ前回、軍用ドローンで訪れたときは意識していませんでしたが、通りなどはある程度綺麗に清掃されており衛生環境などに問題はなさそうです。

 セントラル側からはスラムと揶揄されていますが実際のところはしっかりとした都市機能を持った、一つの街だと判断できます。


 詳細な環境情報を取得しながら、スラムに対する認識を更新していると、


「むぅ……サクラ? テレサを騙してませんか?」


 不満げな声を上げてペタペタと歩くテレサ。


「ああん? 私を信じなって! それで大丈夫さ。その証拠に誰もこっちを見てないじゃないか。アンタは気にしすぎなんだよ」


『はい、テレサ。とても可愛らしく似合っていると思いますよ?』


「いや、ウソです! 絶対ウソです! 二人して騙してます! だって、テレサ以外に誰もこんなペンギンの着ぐるみを着て歩いてる人なんていないじゃないですか!?」


 ついに耐えられなくなったのか、その場でペチペチと地団駄を踏み始めます。

 ちなみに現在、テレサは以前にホログラムスーツへインストールしたペンギンの着ぐるみを着用中です。とても愛らしい姿だと評価します。


「だから何度も説明したろう? テレサの容姿だと普通の服装のほうが目立つんだ。ほら、周りを見てみな? 髪に瞳、肌の色もセントラルのヤツらとまるで違うだろう? アーティフィシャル特有の銀髪に紅い瞳、白い肌は人目を引きすぎるんだよ」


「でもぉ! でもぉ! あ、ほら! あの子とか銀髪ですよ! テレサと一緒です!」


 それでも反論しようと30メートルほど先にいた少女をテレサが指した瞬間、その子は周囲にいた数人の大人に袋へ詰められ、路地裏へと消えていきます。


「手間が省けたね。今ので分かったろう? アーティフィシャルは格好の獲物なのさ。ナチュラルへ売ってもよし、セントラルに恩を売るもよし、バラして生体デバイスやインプラントを取り出すもよしってねぇ……」


 つまらなそうに淡々と紡がれるサクラの言葉に、呆然となり無言で頷くテレサ。

 というか、サラッと最後にとんでもないことを言いませんでしたか? バラす? どうやら、治安だけはスラムの名の通り最悪のようです……データの更新を実行。


「だから、着ぐるみは絶対に脱ぐんじゃないよ? 多少目立っても姿を完全に隠せるそれのほうが安全だ。ホログラムスーツも珍しいがアーティフィシャルほどじゃないしね。あと、もし攫われそうになっても、その姿なら見失わずに済む」


 最後、笑いながら本気とも冗談ともつかない台詞をこぼし、煙草に火を点けると何事もなかったように再び歩き出すサクラ。

 けれど、そんな彼女の手を咄嗟に掴み、引き止めるテレサ。


「うん? まだなにかあんのかい?」


「さ、さっきの……さっきの女の子は?」


 震える声で尋ねるテレサに、鋭い視線を返すサクラ。


「まさか助けたいなんて言うんじゃないだろうね? こんな場所で安い正義感を振りかざすのはやめときな。ミイラ取りがミイラになるなんて、スラムじゃ日常茶飯事なんだ。ここでは自分の身の安全を第一に考えな」


「でも、でも! それでも……」


 諦めきれないのか動こうとしないテレサ。ため息をつき肩を竦めるサクラ。


「はぁ、やれやれだ。他人のことを心配しすぎだよ、アンタは。さっきも言ったろう? アーティフィシャルは珍しいんだ。加えて、あの幼さ。それがスラムのこんな目立つ大通りにいるわけないじゃないか。アレは多分、元々スラムの住人さ」


「ほ、本当ですか? じゃあ、あの子は無事なんですか?」


 縋るような眼差しでサクラを一心に見つめるテレサ。


「まぁ、人違いと分かれば解放するだろうさ……。治安は悪いが一応、保安機構はあるしねぇ。あれだけ白昼堂々と攫えば誰かが通報してる」


 新しい煙草へ火を点け、視線を逸らしながら答えるサクラ。

 それを聞いたテレサはどこかホッとした様子で、小さなため息をつきます。


「じゃあ、先を急ぐよテレサ。早くしないと戻れなくなるからね」


「そ、そうでした! 急ぎますよサクラ!」


 指摘され、ハッとした様子であわあわと慌てるテレサ。

 サクラは小さく笑うとその手を取り、歩き始めます。


 分析:記録映像の該当スクリーンキャプチャを解析…………完了。対象が予想と合致するは確率87.65%…………結果及び記録映像の消去を実行。


 設定:周囲への警戒を最大レベルへ引き上げ。なお、サクラ・アトワールも要警戒対象へ変更。


 テレサ、貴女のことはHAL-A113ソフィアが絶対に守ります……。

 えぇ、なにを犠牲にしたとしても必ず……。   

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