File.23 動機と利益
結論としてサクラは暫くの間、テレサの部屋で暮らすことになりました。
期間は不明。家事などは自分でできるそうですが真偽のほどは分かりません。
テレサはどこか楽しそうでしたが、不安要素は多数。状況に応じて適切なサポートをおこなうことが必要と考えられます。
シミュレーションによる予想されるタスクの増加率は普段と比べて+39%。なかなかの増加量です。これはパターン化された仕事なども見直さなくてはいけませんね……。
けれど、例えなにが起こってもテレサの快適な生活は守ってみせます。それがセレクタリーシステムとしての役割です!
§§
テレサがサクラと共同生活を初めて3日目。ここ数日で部屋の様子はだいぶ変わりました。
ベッドやソファー、テーブルなど最低限の家具とコフィンしかなかった室内は、今やサクラが元の部屋から運び入れた様々なモノであふれています。
具体的には旧式のバーチャル用デバイスやホワイトボード、大量の紙の資料などレトロでガラクタと呼ばれてもしかたがない品々。現代ではほとんど役に立たないはずの骨董品です。
にもかかわらず、彼女がそれらを持ち込んだのはブラックラットパーク事件について自身でも再調査をおこなうためだとか……。ただ、こんなアンティークな品で上手くいくのかは甚だ疑問です。
サクラはどうしてコフィンなどの最新機器を使用しないのでしょう? 解任されたとはいえ、セントラルに申請すれば生活に必要な最低限の機器は支給されるはずですが……。
待機状態で思考を整理していると、起床用アラームが室内に音を響かせます。
数分後、積まれた資料の紙山を崩しつつ床から起き上がるサクラ。
「あぁ……。もう、こんな時間か。いつの間にか寝ちまってたよ……」
『おはようございます、サクラ。確かな疲労回復のためにもベッドの利用を再三にわたり勧めているはずですが? ちなみにルームの管理システムで確認したところ、推定睡眠時間は3時間30分です。もう少し長く睡眠をとることを推奨します』
「はっ。3時間も眠れば十分すぎる……。今は寝てる時間が惜しいんだよ……」
この数日で、たびたび繰り返される同様のやり取り。おそらく明日もサクラは床で目覚めるのでしょう……まったく、困ったものです。
「ふぁ~……。よく寝ました。ソフィアにサクラもおはようございます」
そうしてサクラの生活態度を注意している間に、テレサが起きてくるのもまた同じ。なにやらごく短期間にもかかわらずでパターン化しつつありますね……。
サクラの健康のためにもどうにかして修正しなくてはなりません。
ですが、とりあえずは食品配給ブースへ朝食を手配することにしましょう。
§§
朝食を終えると、集めた資料を読み直し調査を再開するサクラ。
それをテレサもソファーの上で、クロッキーラットの特大ぬいぐるみに背中を預けつつ手伝います。
ちなみにテレサは休暇届を出しているので、ザナドゥへログインしセキュリティセンターへ行かなくても問題はありません。
2時間後、資料に目を通していたサクラがふとなにかに気づいた様子で尋ねてきます。
「なぁ? テレサ、AI、ところで犯人はどうして今回、パークへ攻撃を仕掛けてきたんだと思う?」
地道な作業で睡魔に襲われていたテレサは、小さく欠伸をしつつ返答。
「ふぁ~。なんですか、急に? 犯人はナチュラルなんでしょう? なら動機とか特にないんじゃないですか? 彼らはいつも『人類を機械の支配から解放するために!』とか意味不明なことを叫んで、テロ活動に励んでますよ……馬鹿な人たちです」
眠気のせいか普段より若干、攻撃的な言葉をこぼすテレサ。
「いやいや、もう少し真面目に考えなって……。それならブラックラットパークなんて狙わずに、直接セントラルのメインシステムを叩いたほうが早いし、その機会もあったんだ。にもかかわらず、パークを襲ったのにはなにか意味があるはずさ」
「愉快犯じゃないんですか? こういうことをするのは元々そういう人種だってサクラも言ってたじゃないですか……」
悩むサクラに対し思考放棄気味のテレサ。
ですが、指摘されると確かに気になりますね……。犯人がパークを狙った動機はなんだったのか……。
今回の事件で起こった問題は主に2つ。
ログアウト障害と特定AIの完全デリートです。
前者はおそらく完璧と思われていたシステムの脆弱性を露呈させ、ザナドゥの使用に不安や不信感を持たせるのが狙いでしょう……。
けれど、後者は? 犯人はなぜ育児用AIと育児体験用AIをデリートしたのか? アレは特に特別なAIではありません。それだけの技術があればもっと別に狙うべき高性能なAIが他にもあの場にはあったはずです……。
『これは……サクラ? もしや、犯人は元から育児用及び育児体験用AIのデリートが目的だったのでは? 最初のログアウト障害はそれを悟らせないためのブラフ』
「なるほど……、面白い着眼点だAI。つまりログアウト障害に意味はなく、特定AIへの攻撃自体が最初から目的だった。だから、セントラルのメインシステムへは侵入を元から試みなかった、と……」
こちらの推測を反復しつつ、室内を歩きながら考え込むサクラ。
「でも、それで得られる利益はなんだい? 犯人はなぜ育児用とその体験用AIを標的にした? うん……待てよ? 逆か? 今回の件で最も被害が出ているのは……誰だ? セントラル? AIの所有者? いや、違うね。金銭的に一番窮地にいるのは……」
『はい。サクラの考え通りでしょう。今回の件で最も被害額が大きいのはブラックラットパーク側です。セントラルへの補償に加え、AI所有者への賠償金。加えて、現在のパーク利用者数は当初の予想を大幅に下回っています。これではじきにシステムの維持管理すら難しい状況に陥るはずです』
「ははっ……簡単なことを見落としていたね。まったく、呆れた連中だよ。育児関係のAIを狙い撃ちしたのはパークの特性上、最も所有者が多かったからだろう」
乾いた笑みを浮かべ、面白くなさそうにため息をつくサクラ。
けれど、そこでテレサが困惑した様子で尋ねてきます。
「待って、待ってください! 今の推測が正しいとすると、犯人は外ではなく内部にいることになりませんか? だって、パークが損をして一番利益を得るのは、そのライバル企業ですよね?」
「あぁ、だからそう思わせないためのログアウト障害だったんだろう。そっちを先に弄れば、AIのデリートが本命とは思わない。どうあっても両問題を関係づけて考えるからねぇ……」
応えに愕然となり言葉失うテレサ。
ですが、気持ちは分かります。テレサにしてみれば、金儲けのために大切な家族であるAIをデリートするという凶行が理解できないのでしょう……。当然です。
「ただ、今のはあくまで推測でしかない。証拠がないんだよ……」
テレサへ気遣うような視線を向けつつ、肩を竦めるサクラ。
確かに証拠がない推測は、想像、妄想でしかありません、ですが――、
『ですが、なにか考えがあるのでしょう、サクラ?』
問いかけるとふふっ、と楽しげな笑顔を返されます。
「察しがいいね、AI。ないなら、見つけ出せばいいのさ」
『けれど、どこを調べるのですか? ほとんどの場所はセントラルがもうすでに調査を終えていると思われますが?』
訝しげに尋ねると、ニヤリと笑うサクラ。
「いいや、セントラルが探していない場所が一箇所だけある。それは外、セントラルスラムさ」
なるほど……。確かにセントラルがスラムまで調べることはないでしょう。あそこはセントラルが見捨てた人々が暮らす土地ですからね……。できるだけ、不干渉を貫きたいはずです……。なので、なにかある可能性は捨てきれません。
ただ、サクラはどうやって外へ出る気でしょう?
前回のような緊急時以外ではそうそう許可が下りるとは思えませんが……。
これは、微妙に嫌な予感がしますね……。テレサ? 不安そうにクロッキーラットを抱き締めている場合ではありませんよ?
サクラのあの楽しげな目は絶対にテレサも外へ連れ出す気です……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます