File.25 情報屋
セントラルスラムの東大通りから横道へと進むテレサとサクラ。
いくつかの路地を抜け、行き着いたのは軒先に様々な機械のパーツが乱雑に積み重ねられた建物でした。
「えっと、サクラ? ここはなんですか?」
ケーブルや基盤の山へ視線を向けつつ、訝しげに問いかけるテレサ。
「あ~……一言で言えば『なんでも屋』って感じかね? パッと見たとおりの機械部品から形のない情報まで、金になるならなんでも扱う割りとロクでもない店さ」
紫煙をくゆらせ苦笑いを浮かべながらサクラが答えると、
「おいおい、随分な言い草じゃねーか、アトワール。その店のお得意様がよく言うぜ。で? 今日はなんの用だ? またモクか? ついこの前も10カートン買ったばかりだろうに……。最近ちょいと吸い過ぎだぜ? 仕入れる身にもなれってんだ」
店の奥からぼやきつつ現れたのは、恰幅のよい中年の男性。口振りから察するに、なんでも屋の店主といったところでしょうか。
「元気そうだねぇ、マサさん。まだ潰れてないようで安心したよ」
咥えていた煙草の火を消し、挨拶をするサクラ。
「おう、おかげさまでな。で? そっちの珍妙ななりをしたヤツはアトワールの連れかい?」
値踏みするような不躾な視線に、テレサはサッとサクラの背後へ隠れます。
「あぁ、可愛いペンギンだろう? 最近飼い始めてね」
「はーん。まぁ、相変わらず散らかってるが中に入れよ。用件はそこで聞こう」
小馬鹿にしたような笑みを浮かべ奥へ戻っていく店主。サクラはやれやれと肩を竦め、若干怯えるテレサの手を引きあとに続きます。
テレサ、十分注意してくださいね……。この店は流石に怪しすぎます。
§§
中は店先よりさらに無秩序で雑然としていました。
ケーブルや基盤など機械部品の数々に、紙媒体の書物、絵画が積まれていたかと思うと、突然顔を出す刃物やフライパン、鍋、それに紛れる銃器の姿。
あとは旧式のドローンもありますね。セントラルで廃棄されたものを回収したのか、それとも外部活動中だったものを盗んできたのか……気になるところです。
なんというか、サクラをして「ロクでもない店」と評した理由が分かりますね……。おおよそ真っ当な商売をおこなっているとはお世辞にも思えません。
そんな店の最奥、カウンターらしき場所に腰を下ろす店主。
「で? アトワール? 今日はなんの用だ? モクは一応入荷してるが、今回は数が少ないんでな、いつもより3~4割高いぞ?」
ガラクタの山から液体の入ったボトルを取り出し、口を付けながらの問いかけ。
「相変わらずぼったくるねぇ、マサさん。まぁ、今から質問することの答え次第では全部購入しなくもないねぇ」
「あん? 必要なのは情報かよ……。厄介事はごめんだぜ、アトワール? あと、店内でモクを吸うんじゃねぇーよ。何度も言ってんだろうが、死にてーのか?」
店主に一睨みされると、肩を竦め咥えかけた煙草をポケットへ戻すサクラ。火気厳禁ですか……まさか山の中に爆発物とか埋まっていないでしょうね?
「悪い悪い、クセでついね。で、言う通り情報を売ってもらいたいんだが、可能かいマサさん?」
謝りつつ、代わりに飴玉を2つ取り出すサクラ。一つはテレサに渡し、残りは自分の口へ放ります。その様子を胡乱げに見つめる店主。
「っても、アトワールがわざわざここへ足を運んでまで欲しがるような情報だろうぉ? 安くはねーわなぁ。できりゃー、倍の値段は払ってもらいてーなぁ」
「業突くだねぇ……。けど、しかたがない。払おうじゃないか。ただし、有益な情報だったらね」
苦々しげにサクラが応じると、感心した様子で口笛を吹く店主。
「ははっ、割りと即決だったな。こりゃ、倍でも安かったか? って、おいおい、睨むなよ。この期に及んで釣り上げはしねーよ。お得意さんだしな。で? なにが知りてーんだ、アトワール?」
「ったく、こっちは急いでんだよ……。聞きたいことは一つ。マサさん、アンタ……Klein-1999、Wizards Coffinを外で扱ったヤツに心当たりはないかい?」
険しい目つきでサクラが尋ねると、先ほどまで飄々とした態度だった店主の顔色が一変し、驚愕に彩られます。
「おいおい、冗談はよせよアトワール? コフィンだって? アレがこっちに流れてくるわけねーだろ? それはお前さんが一番よく知ってるじゃねーか」
「あぁ、私も実物を見るまでは信じなかったさ。けど、外にあったんだよ。でだ、そんな情報をアンタが知らないなんてことは私の経験上ないと思うんだが、そこんとこどうなんだい? マサキ・メルカトール?」
しかし、睨まれた店主はやれやれといった様子で肩を竦めます。
「そりゃー、いくらなんでも買い被りだぜ、アトワール。俺は確かに『なんでも屋』だが、スラムの全てを知ってるわけじゃない。むしろ知らないことのほうが多いぐらいだ……。それだけスラムの闇は深い。お前さんも分かってんだろう?」
どこか諭すような言葉に、小さく舌打ちするサクラ。
両者の間に流れる暫しの沈黙。
数分後、なにかを諦めたようにサクラはため息をつきます。
「はぁー、無駄足だったかねぇ。悪い……。邪魔したね、マサさん」
そうして、カウンターになにやら紙束を置き、テレサと店を出ようとした瞬間、
「お~い! とっつぁん! すっげーもんを捕まえたぜぇ!」
店先に現れる数人の男たち。一人が肩に担いでいるのは子どもが入りそうな大袋。
視線を向けたサクラからスッと表情が抜け落ちます……。
これは……なにやら一騒動ありそうですね。
テレサ? おろおろしてないで早くサクラの背後に隠れてください。不安要素はありますが、こちらで対策を練る時間ぐらいは稼いでくれるはずです。
テレサは絶対にセントラルへ無事帰還させてみせます!
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