File.22 ペナルティ
規制線のホログラムを挟みサクラとテレサが見つめ合っていると、
「アトワールさん、煙草は吸い終わりましたか? おや? そちらのお嬢さんは?」
一人の男性が通路の奥からこちらに歩いてきます。
訝しげな視線を向けられるテレサ。
「あん? 煙草ぐらいゆっくり吸わせなよ、色男。急かす男は嫌われるよぉ? あと、コイツはテレサ・キサラギだ。私の部下だよ、部下」
肩を竦めつつ返答し、新しい煙草へ火を点けるサクラ。
「あぁ、なるほど……こちらが資料にあった例の彼女ですか」
その言動に少し顔をしかめながら、視線をテレサへ移す男性。こちらを探るように眼鏡の奥で細められる、アーティフィシャル特有の紅い瞳。
「な、なんですか? テレサになにか言いたいことでも?」
「いいえ、特には。あぁ、申し遅れました。わたくしセントラルから今回の事後捜査を任されました、ラグル・ディーンというモノです。以後、お見知りおきを」
「はっ。テレサ、気を許すんじゃないよ。そいつは味方じゃない。なにかあるたびに私たちセキュリティエンジニアの仕事へケチを付けてくる厄介者さ」
「それは酷い言いようですね。わたくしたちはそちらの提供するプランが正しく運用されているか評価し、その上で問題があれば改善を要求しているだけです」
紫煙をくゆらせ睨むサクラに対し、返される穏やかな笑みと慇懃な言葉。
対応から察するに、このラグル・ディーン氏はなかなか油断ならない人物のような気がしますね。
設定:データベースのブラックリストにラグル・ディーンを登録。以後、テレサ及び関係者へ対する言動の全てを保存。
問題が起こってからでは遅いですからね。今の時代、どんな些細な情報でも積み重ねれば強力な武器になり得ます。自衛のためにも情報収集を怠ってはいけません。
§§
通路でのやり取りから数分後。
煙草を吸い終わったサクラと彼女のルームへ移動します。規制線はディーン氏の許可を得て超えたので問題はありません。
部屋に入ると、サクラがどこか不機嫌だった理由が分かりました。
ルーム内には青い制服に身を包み、ディーン氏の指示に従い作業をする8人の男女。彼らは部屋中の機材を次々にドローンが持つコンテナへと詰め込んでいきます。
「えっと……サクラ、お引っ越しするんですか?」
『テレサ、落ち着いてください。そんなわけはないでしょう』
予想外の光景に困惑したのか微妙にズレた発言をするテレサ。
『先ほどのディーン氏の発言から、これは機材を押収されているのでは?』
予想を伝えると目を丸めるテレサ。
しかし、状況的にそうとしか考えられません。
「ははっ。AIの言葉通りさ。ブラックラットパークの件でセントラル上層部からちょーっとペナルティをくらってね……。部屋も機材もご覧の有様だ。私は暫くの間、ここのセキュリティ業務から外されるらしい」
やれやれと肩を竦めサクラが煙草を咥えた瞬間、電子音を響かせそれを奪い取る近くの作業用ドローン。持ち場に戻るその姿を忌々しげに見つめ、
「たくっ……。煙草ぐらい自由に吸わせろってんだよ……」
愚痴りつつポケットから飴玉を取り出し口へ放るサクラ。
「うん? テレサも食べるかい? アンタ、甘いもの好きだろう?」
「わぁ~! ありがとうございます。ふふっ、美味しいです♪ 甘いです♪ って、飴とか食べてる場合ですか!? どうしてサクラにペナルティが!?」
表情を綻ばせながら、ハッとした様子で本題を思い出すテレサ。
「どうしてって……セントラルへの報告時に色々聞いてるだろう? 侵入者の身柄確保のために軍用ドローンまで引っ張り出したってのに、結果的に逃げられちまったんだ……当然の処分さ。むしろ一時解任で済むなら、かなり軽いほうだろう」
そう笑顔を浮かべつつ言いますが、飴玉を噛み砕くサクラの表情は決して処分に納得しているような感じではありません。
ただ、気持ちは分かります……。あの時、後手に回らずセントラルの初動がもっと早ければ、侵入者を取り逃がすこともなかったかもしれないのですから……。
しかし、このままだと暗い雰囲気になりそうですね。場が嫌な沈黙に包まれる前に、少し話題を変えましょう。
『サクラの状況は分かりました。それで? テレサになんのご用ですか? 先ほどの話からすると、仕事関係というわけではないようですが?』
改めて尋ねると、そう! そうですよ! と頷くテレサ。するとサクラはばつが悪そうに頬を掻き、
「あ~、いやぁ……解任されると同時に部屋も追い出されてね……。適当なルームが空くまで、暫くテレサのところに置いてくれないかい? 頼むよ」
予想外の言葉を口にします……。さて、どうしましょう? テレサは驚きで目を瞬かせながら思考がフリーズ中。とりあえず、こちらは色々と必要な日用品のリストアップをしておきましょうか。
テレサ? 決定は早めにお願いしますね。色々と準備が間に合わなくなりますから……。それにしても、やっぱり面倒事に巻き込まれてしまいましたねぇ……。
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