File.20 魔術師たちの棺

 世界中に合わせて14本存在する超高層建築物セントラル。

 システムによる人口の抑制や管理などを行い、歯止めの利かぬ人口増加により自滅の道を歩んでいた当時の人類を救った英知の巨塔。

 そして、電脳仮想空間ザナドゥを用い人々の夢と希望、欲望や野望、その全てを満たし揃えた現代の理想郷。


 けれど、楽園から追放されるモノもまた存在します。

 様々な理由からセントラルの庇護を失い、『外』へ出ることを余儀なくされた人々。そんな彼らがいつかセントラルへ戻る夢を抱き、その周囲に築き上げたのがセントラルスラムと呼ばれる街です。


 最初は村ともいえぬような、小さな集まりだったといいます。

 しかし、世代を重ね、人が増え、段々と大きくなり、現代ではセントラルの外周を囲み、円形に広がる街と呼べるほどの巨大な存在へと成長しました。


 セントラル、電脳仮想空間ザナドゥとは異なる人々の夢、希望、欲望、野望が集積した街、セントラルスラム。

 旧時代の建材、コンクリートや木材で作られた統一性のない無駄の多い街並み。けれど、セントラルに比べなぜか人々の生活が感じられる不可解な場所。


 現在、そんな街の大通りを軍用ドローンT09A3 R-3001で走行中です。

 時刻は22:30ほど。前方には銀色の大型バイクを駆るサクラの姿。エンジンの響かせる爆音が夜のスラムに反響しては消えていきます……。


§§


 騒音を撒き散らしながら移動すること20分。

 到着したのはスラム内の住居とは明らかに作りの異なる建造物が立ち並ぶ区域。

 コンクリートや鉄骨を使い統一性を持って建築されたであろう建物群。これは、旧時代でいう倉庫街といったところでしょうか?

 ちなみに各建造物の扉はピンタンブラー錠で施錠されているようです。今時、これでセキュリティが成り立つとは非常に驚きです。


 周辺情報を収集、分析しているとバイクから降りたサクラに呼ばれます。


「なにぼさっとしてんだい、AI。こっちに来て早く扉を開けな」


 指し示す先には、とある倉庫の巨大な鉄扉。

 接近して確認すると、周囲と異なりここはなぜか電子錠で施錠されていました。


「一応、注意しなよ? 解析したアクセスポイントはこの倉庫で間違いないんだが、少しばかしあからさますぎる」


 確かに他と違い電子ロックというのが露骨です……。

 これはトラップの可能性を考慮に入れるべきでしょう。

 安全性確保のため防護プログラムを起動。警戒しつつ上半身の右アームに展開した汎用端子を電子錠へ接続します。


 接続:電子錠のパスワードを解析………………成功。ロックを解除。


 しかし、こちらが拍子抜けするほど簡単に外れる電子ロック。


『サクラ、解錠に成功しました……。トラップはありません』


「へぇ……。これはちょーっと嫌な予感がするねぇ……」


 報告を受け表情を曇らせるサクラ。

 ベルトのホルスターから拳銃を抜き倉庫内へ。

 扉を最小限T09A3が通れるほど開き、用心しながらあとに続きます。


 §§


 しかし、予想に反して倉庫内部にはなにもなく、静けさだけが満ちていました。


『サクラ……これは、騙されたのではありませんか?』


 場所を特定されたことに気がつき慌てて逃げ出した、という様子ではありません。元からほとんど使用されていない廃倉庫といった感じです。


「いや、それはない……。今でもここからアクセスされてるんだ。なにか、なにかあるはずだよ……」


 ただ、返す言葉にはいつもの自信がありません。

 焦りの見え隠れする表情で暗い倉庫内を見渡すサクラ……。

 

 調査:各種センサーを起動…………熱源及び音響、電子、量子センサーに反応あり。距離150m。大型機械と推測。


『サクラ、ドローンのセンサーに反応がありました。倉庫の奥でなにかしらの機械が稼動しているようです』


 報告するとニヤリと笑うサクラ。

 けれど進んだ先、倉庫の最奥にはあり得ないモノが存在していました。


 それは起動中のKlein-1999、Wizards Coffin。

 セントラル外にあってはならい現実と仮想空間を繋ぐ魔法の箱。


「チッ……。まさか、これが外にあるとはね……。道理で簡単にザナドゥへ侵入できたわけだ……」


 舌打ちし、苦々しげに吐き捨てるサクラ。

 確かに、元々ザナドゥへ接続することを主目的に設計されたコフィンを用いれば、そこへの侵入難度は格段に下がります。

 しかし、だからこそコフィンはセントラル外にあってはいけないものです。


「一体どこから流出したんだか……。稼働数や設置場所、所有者情報は馬鹿みたいに厳重な管理をしてるんだ。これは想定以上の大問題になるかもしれないねぇ……」


 言葉に苛立ちを含ませながら、咥えた煙草へ火を点けるサクラ。

 吐き出される紫煙はため息のように深く、長く、静かに続きます。


「はぁ……。しかし、この状況は困ったね……。どうやってザナドゥへの不正アクセスを停止させるか。なんかいい案があるかい、AI?」


『非常に遺憾ですが思いつきません』


「即答かよ……。使えないねぇ、まったく」


 やれやれと肩を竦めながら、二本目の煙草へ口をつけるサクラ。

 

 ザナドゥへの不正アクセスを止める最も簡単かつ確実な手段は、物理的に回線を切断する方法。しかし、現在の状況的にそれを実行することはできません……。

 

 理由は侵入にKlein-1999、コフィンが使われているからです。

 回線を強制的に切断した場合、使用者は確実に記憶の一部を喪失します。そうなればセントラル外でのコフィンの入手経路を探ることはまず不可能です。

 しかし、今後のためにもそれは避けなくてはいけません……。


 もう一つの手段は、侵入者のアバターを特定し、システム側から正規のプロセスを踏んでログアウトされる方法。

 これはセントラル内で違法行為を働いたアバター所有者を制圧する場合によく用いられる手法ですが……今回は侵入者のアバターを特定できていません。


 使用機器を介してアバター情報を探ろうにも、相手は鉄壁のセキュリティを誇るKlein-1999。突破するのはまず不可能でしょう。


「ははっ……。これは詰んでるよ、AI。敵は目の前にいるのに手出しができないとはねぇ。まったく、ムカつくヤツだよ……。一体、どんな面をしてんのかねぇ」


 紫煙をくゆらせ、複雑な表情を浮かべながらコフィンへと近づくサクラ。

 しかし、上部に設置された窓から中を覗いた瞬間、目を大きく見開きます。


「おいおいおい……これはなんの冗談だい?」


 頬を引きつらせ、少なからず声を震わせるサクラ。

 不審に思い近づいて見ると、その理由が分かりました……。


 コフィンの内部、本来使用者が寝ているはずそこに、人の姿がありません。


「クソがッ! まんまと騙された!」


 感情が抑えきれないのか、声を荒げコフィンへ拳を振り下ろすサクラ。


「コイツもRATだ! 遠隔操作だよ! あぁ、最高に気分が悪い。結局、逃げられちまったじゃないか!」


 大声で喚きつつ、三本目の煙草を口にして天を仰ぐサクラ。


「はぁ~……。本当にやってられないね……」


『少しは落ち着きましたか、サクラ?』


「ああん? 私はいつでも冷静だよ、AI。しかし、やられたねぇ……」


『えぇ、ですが、前向きに考えましょう、サクラ。この状況ならばコフィンの回線を強制切断しても問題はありません。現在、ブラックラットパークで発生中の問題を全て解消することが可能です』


「確かに、そうなんだが……。根本的なことは何一つ解決してないって分かってんだろう、AI?」


『肯定します。しかし、これ以上ここで悩んでも時間の無駄です。現段階で優先されるべきはパークの問題を収束させることです』


 その答えに頭をかきながら、大きくため息をつくサクラ。


「分かった、分かった。てか、AI? アンタ早くテレサのところへ戻りたいだけだろう? まったく……。じゃあ、回線を切断したら引き上げるよ。あ、コフィンは忘れずに回収しなよ? そのドローンなら運搬可能だろう?」


『了解しました! 回線切断後、コフィンをセントラルへ搬送します!』


「はっ……。管理者権限はまだ私が持ってるっていうのに、嬉しそうな返事をするもんだねぇ。本当、胡散臭いAIだよ……」


『お役に立てれば幸いです』


 返答に呆れた様子で肩を竦めると、新たな煙草を咥えて出口へ向かうサクラ。


 さて、こちらも急いで作業に取りかかるとしましょう。

 もうすぐ、もうすぐですよ、テレサ。もうすぐ帰りますからね!


 §§


 それから2時間後、ザナドゥ及びブラックラットパークのシステムは完全復旧し、約2万人の利用者は無事にログアウトすることができました。

 ただ、やはりデリートされたAIは戻らず、その件に関してはパーク側が全面的に謝罪。被害者には多額の賠償金と代替AIを支給することが約束されました。


 こうして、ブラックラットパーク事件は一応の幕を閉じたのです……。

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