File.16 RAT Bomb~ラットボム~

「じゃあ、早速RATの捕獲、ネズミ狩りを始めましょう!」


 よし、と大きく頷きやる気を出すテレサ。そうして、パーク側から借りていたアバターを普段使用しているモノへと変更します。

 

 淡いエフェクト光に包まれる赤髪ポニーテールの少女戦士。その幻想の姿が消え現れるのは、オレンジ色の髪を右サイドテールにまとめた猫耳と尻尾が特徴的な瞳が紫色の少女。


「ふふっ、やっぱりこっちがしっくりきますね! 動きやすいです!」


「うぅ……アタシは憧れの猫耳と尻尾が消えて悲しいっすよぉ……」


 元の姿に戻り、満足げにアバターの動作をチェックするテレサとは対照的に、寂しくなった頭を撫でつつ肩を落とすアイラ。

 

 あまりの落ち込みように少々気の毒になりますがしかたがありません。

 パークからの貸与アバターでは色々と機能が制限されており、今後の行動に支障をきたす可能性がありますからね……。


――あぁ、準備が整ったところ悪いんだが、そろそろ危ないんでこの回線を閉じるわぁ。あとは頼んだよ、お二人さん! とりあえず怪しいポイントはそのAIにデータを送っとくからさぁ! 健闘を祈る! では、のちほど!


 どこか焦った様子で通信を一方的に切断するサクラ。

 回線を繋げてからすでに30分、流石にセントラル側も気がつきますか……。彼女なら上手く誤魔化せるでしょうが、非常事態なだけに若干の懸念が残ります。


「なんすか、あの人……結局、こっちに丸投げじゃないっすか……」


「まぁまぁ、アイラ。しょうがないですよ……。サクラはメインフレームでの復旧作業もしてるんですし、こっちはテレサたちだけで頑張りましょう」


 呆れたように呟き肩を竦めるアイラを苦笑しつつなだめるテレサ。

 そんな二人の姿を眺めつつ、サクラから渡されたデータを早急に分析。

 結果……最悪の事態を覚悟する必要が出てきました……。

 

『テレサ、サクラから渡されたデータの解析が完了しました。それによるとRATは、ここライトファンタジーエリアに潜んでいるようです。現在ゲストの60%が集中しているこの区域が狙われた場合、想定される被害は甚大なものになります』


 報告に驚愕の表情を浮かべる二人。そして、問題の緊急性を改めて理解したのか、慌てた様子でエリアの調査を開始します。

 テレサ、急いでください……。幸い、ゲスト側にまだ混乱は起こっていません。しかし、事態はこちらの予想を超えて深刻な状況へ変化しつつあります……。


 §§


 けれど、ログアウト障害の原因である不正アクセスプログラムRATを捕獲する作業は困難を極めました……。

 全エリア中、最大の面積を誇るライトファンタジーエリア。そこからネズミのように隠れ潜むRATを見つけ出すには、時間も人手も圧倒的に足りません。

 

 苦戦していると徐々にゲストの間で広がり始めるログアウト障害の噂。対応に奔走するキャスト。知り合いを心配し他エリアから流れ込むゲスト。さらに人が集中するライトファンタジーエリア。より隠れ潜みやすくなるRAT。


 完全な悪循環です……。


 ただ、ログアウト障害に関しては迅速なパーク側の対応が功を奏し、今のところ大きな混乱はまだ起こっていません。

 

「いやー、しかし、パークとセントラルも思い切ったっすねぇ……」


「けど、結局は時間稼ぎです。あと数時間も同じ状況が続けばどうなるか分かりませんよ……」


 上空に映し出され流れる文字列を苦笑しながら見上げるアイラと不安げに見つめるテレサ。


――現在、システム負荷の影響で一時的にログアウトしづらい状況が続いています。お客様におかれましては、システムの復旧まで今暫くお待ちくださいますよう、お願い申し上げます。現在、システム負荷の影響で――、


 パーク側からの表向きの状況説明……、確かに混乱回避には有効な手段ですがどこまでもつか……。


「はぁ……でも、本当に見つかりませんね……最悪です」


「そうっすねぇ……。目につくネズミはマスコットのクロッキーぐらいっすよぉ」


 ぼやきつつ向ける視線の先には、親子連れのゲストに笑顔でバルーンを配るずんぐりとした黒い巨大ネズミの姿。パークのマスコット、クロッキーラットです。


「アレが、RATなら色々と楽なんっすけどねぇ……」


「いやいや、流石にないですよ。確かにネズミですど……」


 アイラの笑えない冗談を呆れた様子で流すテレサ。

 しかし、ここまで手詰まりだと万に一つの可能性も検証する必要があります。


『テレサ、一応のチェックは必要でしょう。見たところアバターではなく、パーク側が管理するプログラムのようですし。内部に侵入している可能性もあります』


 指摘するとやれやれと肩を竦めるテレサ。


「ソフィアは心配性ですねぇ~。じゃあ、接近するのでスキャンをお願いしますね。クロッキー! テレサにもバルーンをくださ~い!」


 ニコニコと笑いながら無警戒にクロッキーラットへ駆け寄るテレサ。

 これは……まさか純粋にバルーンが欲しくて近づいてませんか?

 あ、いえ……敵を欺くにはまず味方からと言いますし……。そういうことなのかもしれません、流石はテレサですね。


 さて、こちらは指示されたタスクを処理するとしましょう。


 調査:セキュリティセンター権限でクロッキーラットのフルスキャンを実行………………アラート! 不正プログラムを検出、照合……対象をRATと認定。


『テレサ!? 離れて!! あ、いえ、違う、捕まえてください!  RATです!』


 慌てて報告すると、突然のことにバルーンをもらった状態で呆然とするテレサ。

 それをクロッキーラットはキシシシシッと嘲笑うと、テレサを突き飛ばし逃走を図りますが、


「いやいやー、流石に逃がさないっすよー? アイラちゃん、やればできる子っすからねぇー」


 背中を蹴りつけ、転んだところをキリキリと組み伏せるアイラ。そして、どこからか取り出したロープでしっかりと拘束します。


『テレサ? 無事ですか? 助かりました、アイラ。今、逃していたら、次はどこへ潜まれていたか……』


「ふふーん、もーっと褒めてもいいんすよぉ? けど、テレサっちは大丈夫だったっすか?」


「問題ないです。ちょっとビックリしましたけど……。バルーンも無傷です!」


 いえ、テレサ自身を心配しているのですが……、この様子だとなにも問題ないようですね……。

 けれど、一応アバターのチェックはしておきましょう。RATと接触しましたからね。どこかに異常があるかもしれません。


 調査:テレサのアバターのフルスキャンを実行…………完了。


 うん、これといった問題は特にありませんね。

 あとはサクラへどうにか連絡をして、RATを引き渡せば仕事は完了です。

 こちらを遠巻きにして不安そうに見つめるゲストとキャストへの説明は……、アイラに任せましょう。テレサだと少し不安ですからね。


 けれど、一安心して事後処理を思考していたのが、油断だったのでしょう……。

 捕らえていたクロッキーラットが突然痙攣しながら、


「キシシッ、キシシッ、キシシッ、キシシッ」


 と不気味に笑い始めます。

 そして次の瞬間、周囲で次々に巻き起こる悲鳴。

 慌てて視線を向けると、複数の子どもや大人が黒く変色し、ボロボロと崩れ、跡形もなく消え去っていきます……。


「い、一体なにが起こっているんです!?」


「なーんか、不味い雰囲気っすよぉ~?」


 表情を強張らせ明らかな異常事態に狼狽える二人。

 そんな彼女たちを嘲笑うように不気味な声で笑い続けるクロッキーラット。


 ふとその視線が気になり空を見上げると、ふわふわと揺れる数多くのバルーン。

 これは……想定外の緊急事態かもしれませんよ、テレサ……。

 大至急、サクラへ連絡する手段を見つける必要があるようです。

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