File.17 存在消失

 異様なエフェクトともに消え続けていく人々。

 エリア中で上がる無数の悲鳴……。

 不正アクセスプログラムRATを捕獲した直後に発生した異常事態。

 

「これは……もしかして、強制ログアウトが開始されたんですか!?」


「いやいや、そんなまさか……アレは本当に最後の手段っすよ!?」


 目まぐるしく変化する状況に困惑し、動揺するテレサとアイラ。

 その間にもあちらこちらで人々が黒く染まり、崩れ、跡形もなく消え去ります。

 エリア中へ伝播する正体不明の恐怖、パニックに陥る人々。それを楽しげに嘲笑うクロッキーラット。


 ほんの一瞬でパーク中が混乱の坩堝るつぼとかしたこの状況……。引き金になったのは恐らくRATの捕獲でしょう。

 まったく、どこまでも厄介な相手ですね……。サクラの言葉を借りるなら「忌々しい」といったところですか。


 などと思考しつつ、現状を打破するため演算回路をフル回転させます。

 人々が混乱している状態だからこそ、より冷静に落ち着いて行動しなくてはなりません……。それがセレクタリーシステムの、AIの役割です。


 調査:消失アバター及び周辺環境の分析を開始…………エラー、エラー、アラート! 防護プログラムに攻撃を感知、ブロック、検出、ブロック、検出、ブロック……分析を続行。平行して攻撃プログラムの解析を実行……アンチプログラムを構築。アタックを検知、トラップへ誘導……捕獲、分析を開始。アクセス先をサーチ。


 そうして敵プログラムとの激しい攻防と騙し合いを続けること数分。


『テレサ! 状況の分析が完了しました。現在、消失しているのはその全てが各AIを元に稼働する疑似アバターです。ログアウトした現実の利用者は皆無。仮想アバターの消失原因はRATが配ったバルーンに組み込まれた不正プログラムです。それと、残念ですが消失したアバターは完全なデリートが確認されました』


 結果を報告すると目を大きく見開くテレサ。


「このバルーンが原因!? って、あぁ!!」


 驚きのあまり動揺したのか思わずその手をバルーンの紐から放しますが――、


「――セーフっす! サンプルは無事確保っすよー、ソフィアっち」


 間一髪のところでアイラが紐を掴みます。


『ありがとうございます、アイラ。貴重な起動前のプログラムを失うところでした』


 上空へ視線を向けると、ふわふわと浮かぶ数多くのバルーン。アレは役割を終えた……、仮想アバターを消し去ったあとのバルーンだったというわけです。


「もーっと褒めていいっすよ? ソフィアっち。アタシは褒められると伸びるタイプっすから~。けど、あれっすねぇ……。この犯人、よっぽど今の時代の家族ってものが嫌いみたいっすねぇ……」


 手にしたバルーンと周囲を交互に見やり表情を暗くするアイラ。


 AIを元に稼働する疑似アバター。

 その多くはバーチャルペアレントやバーチャルチャイルドいった子育て用AIや子育て体験用AIが仮想空間内で活動するための姿です。

 バースコントロールで産児制限が行われている現代、それらは色々な意味で時代に合わせた新しい家族の形としてセントラルで広まってきました。


「酷い……。AIも家族、親に子ども、なのに……それを、デリートって……」


 あまりに衝撃的な事実に、声を震わせ表情を歪めるテレサ。


「う~ん? しっかし、犯人の目的が分かんないっすねぇ……。ログアウトを妨害した次は特定AIのデリート。なにをやりたいのやら……。おーい、クロッキー? 知ってることがあるなら吐くっすよー?」


 冗談のような口調で言いながら、ロープで簀巻き状態のクロッキーラットを複数回にわたり蹴りつけるアイラ。しかし、クロッキーはキシシッと笑い続けるだけで、言葉を発することはありません。


「ダメっすね、これは……」


『いえ、アイラ? 本気で意思疎通が可能だと思ったのですか?』


「どうっすかねぇ~? まぁ、半分は八つ当たりっす、よっねぇっ!」


 最後は酷薄な笑みを浮かべ、全体重を乗せ蹴り上げるアイラ。

 キシグエッシッ、キシッ……、と苦痛に満ちた声を上げ転がるクロッキー。


『気持ちは分かりますが抑えてください。プログラムが破損したらあとが面倒です』


 今後の処理を考え制止すると、肩を竦めるアイラ。


 さて、不正プログラムの確保に状況の分析……こちらで打てる手は打ち尽くした感じがしますが、このあとはどう行動すべきでしょうか?


 などと次のプロセスを思考していると、秘匿回線からの通信を確認。

 

 このタイミング、恐らくサクラでしょう……まったく、待ちくたびれましたよ。

 さぁ、今まではやられっぱなしでしたが、反撃を始めましょうか……。テレサにあんな表情をさせたことを犯人に後悔させなくてはいけません! 

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