File.15 RAT
「それで? テレサはまずなにをすればいいんですか、サクラ?」
ログアウト不能という最悪のサイバー災害への復旧対応が行われているその裏で、実行犯の特定ないし確保へ動き出すテレサとサクラ。
ですが、二人とも気をつけてください……。
セントラルはシステムへ深く侵入された事実を揉み消そうと動いています。当然、情報漏洩には細心の注意を払っているはずです……。
そんな状況下で命令無視に等しい行動をしたことが発覚すれば、恐らく厳罰は免れないでしょう。
けれど、こちらの心配をよそに段取りを話し始めるテレサたち。
――さて、まずは今回の敵による攻撃方法を説明しておこうか。侵入者が仕掛けてきたのはRATをベースにしたマルウェアっぽいねぇ。
「RAT……ネズミですか?」
――あぁ、なかなか洒落た犯人だろ? ブラックラットパークにそれを放り込むとか。まぁ、元来この手の人種は愉快犯めいたヤツが多いんで気にしなくてもいいんだが、狙ってやったのなら意外と皮肉屋なのかもしれないねぇ。
ふふっ、とどこか楽しげに笑うサクラ。
RAT:Remote Administration Tool(リモートアドミニストレーションツール)またはRemote Access Tool(リモートアクセスツール)の略称。
その名の通りネズミ(RAT)のように隠れて活動し、侵入したシステムを外部から遠隔操作可能にする厄介なプログラムです。
『サクラ? 冗談を言っている暇はありませんよ? RATが相手なら外部送信情報のログをセントラルが精査しているはずです。使用中の秘匿回線が発覚するのも時間の問題でしょう』
指摘すると同時に聞こえてくる小さな舌打ちと煙草の吐息。
――分かってるさAI。でだ、テレサにはそのRATがセントラルの連中に駆除される前に捕まえてもらいたい。先を越されたらアクセス先の解析もなにもできないからねぇ……。
「えっと、待ってください。捕まえるってどういうことですか? サクラがRATのアクセス先を特定する間、テレサは内側でそれをサポートするんじゃ……?」
不可解な指示に困惑した様子で声を上げるテレサ。
すると、サクラは再び予想もしなかった言葉を口にします。
――いやぁ、実はそのマルウェア、面倒なことに実体化してパーク内を移動してるらしくてさ……。検知するたびに逃げられるんだよ、まるで本物のネズミのようにね……。作ったヤツは本当いい性格してるよ、忌々しい。
なるほど、セントラルとサクラが手こずるわけですね……納得しました。
プログラムの脆弱性をピンポイントで狙うでもなく、なにかしらのソフトウェアに紛れるでもなく、まさかの自立移動式。
パーク内へのアクセスが制限されている状況下で、この手のプログラムを外部から駆除、捕獲するのは確かに至難の業でしょう。
そうしてサクラからの情報を整理しつつ、対応を思考していると、
「お待たせっすー! テレサっちにソフィアっち! 貴女のアイラちゃんが戻ってきたっすよぉ! いやぁー、さっきは本当にごめんっす! でも、本気で心配だったことは分かってほしいっすよぉ! って、アレ? もしかして取り込み中っすか?」
なんとも微妙なタイミングでアイラが帰ってきてしまいました……。
これは少々想定外の事態ですね。対応をシミュレートするので暫く時間をください。ダメですか……そうですか。時の流れは残酷です。
§§
数分後、諸々の事情を聞き終えたアイラは胡乱な目つきでテレサを見つめます。
「つまりぃ~? 外部からの侵入を未然に防げなかった、そのポンコツハーフの尻拭いに協力しろってことっすかぁ?」
嫌悪感を隠そうともしない露骨な言葉を受け、小さく肩を震わせるテレサ。
――ああん? 別にこっちはアンタにまで協力してほしいわけじゃないんだけどね? セントラル育ちの白いのが嘗めた口を利くとただじゃおかないよ?
「はっはっー。事実を指摘されたら逆上っすかー? あ、もしかしてそのRATを仕掛けたのもおたくじゃないんっすか? 実績確保の自作自演だったり? いやいや、これだからナチュラル混じりのハーフは信用ならないっすねぇー」
――よし、その安い喧嘩買ってやんよ、小娘!
「どぞどぞー。ノークレーム、ノーリターンでお願いするっす、ペテン師さん!」
罵声の応酬の果てに、戦いの火蓋が切って落とされようとした瞬間、
「いい加減にしてください! 今はそれどころじゃないでしょう!? サクラもアイラも仲良くしてください。これ以上やるならどっちも嫌いになりますからね!」
目に涙を浮かべ声を張り上げるテレサ。
『二人ともテレサの言うとおりですよ。優先順位を見失わないでください』
続けて注意すると、ばつが悪そうにこちらを向くアイラ。
「……ごめんっす。ちょーっと感情的になったっす。そうっすね、今は問題解決が最優先っよね」
すると今度は通信の向こうでサクラが盛大なため息をつきます。
――あぁ、クソ……すまないね。敵にイライラして八つ当たりしちまったよ。人手は多いほうがいいんだ、できればアンタにも力を貸してほしい……。
「ふんっ……、最初からそう頼めばいいんすよ。一時休戦ってことにしておいてあげるっす」
――へいへい。そりゃどうも……。
テレサの一声に毒気を抜かれたのか、いつの間にか結ばれる休戦協定。
色々と言いたいことはありますが、とりあえず丸く収まったことにしましょう。
さて、ですが根本的な問題はまだまだ解決していません。というより、今ようやくスタート地点に立った感じでしょうか……。
テレサ、まだまだこれからが大変です。涙を拭って皆で頑張りますよ!
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