フォルダ③ 幻想の国 ブラックラットパーク

File.10 ザナドゥ最大のテーマパーク

 ザナドゥメインフレームで侵入者との攻防を終えて数日後。

 本日、7月17日はアイラとザナドゥ最大のテーマパークを謳うブラックラットパークへ出かける予定になっています。


 作業:起床用アラームを起動。起きない場合は5分おきにスヌーズ。


 途端に鳴り始める電子音、ベッドの上で幸せそうな寝顔を歪めるテレサ。

 包まっているウサギ柄の毛布は先日、サクラに貸してもらったそれと同じメーカーのモノです。よほど気に入ったのか毎晩嬉しそうに使用しています。

 これは汚れたときのことを考慮し、あとで予備を数枚購入しておく必要があるかもしれません……。


 タスク追加:優先度、低。毛布の追加注文。保存。

 

 さて、次は食品配給ブースへ朝食を頼みましょう。


 注文:食糧配給ブースへ朝食をオーダー。テイストベースはフレンチ。エネルギー量は391.8kcal。配達時間は10分後を希望。


 タスクの処理を続けていると、欠伸をしつつベッドから起き上がり、ソファーへとのろのろ歩いてくるテレサ。その右手には毛布の端が……。


『おはようございます、テレサ。今朝の調子はどうですか? 朝食は数分後に運ばれてくるので少し待っていてください』


「ふぁ~……おはようです。うぅ、でもまだ眠いです。あぁ、毛布がふわふわです」


『起きてください、テレサ。それと毛布はベッドへ戻すことをお勧めします。今の状態では食事中に汚す可能性があります』


「大丈夫ですよぉ~。テレサもそこまでお子様ではないのです。だから、大丈夫です……」


『一応の警告はしましたよ?』


 その言葉にひらひらと手を振り、ソファーで二度寝を始めるテレサ。


 記録:一連のやり取りをログとして保存。証拠の確保。


 注文:メーカーへ毛布3枚を追加注文。本日中の配送を希望。


 設定:ルームシステムに留守中の配達物受け取りをセット。


 数分後、食料配給ブースから朝食を運んでくる卵型のドローン。

 案の定それに寝ぼけた状態で手を付け、毛布を汚し涙目になるテレサ。


 自業自得です。以後、注意することをお勧めします。

 朝食を食べ終えたらザナドゥへ戻りますよ。アイラとの約束の時間に遅れてしまいます。


 §§


 接続:電脳仮想空間ザナドゥへログイン……成功。対象アバターをブラックラットパークへ転送……成功。各アプリケーションとの連携を開始。システムは本日も正常に稼働中。


「わぁ~……すんなり入れましたけど、想像以上に凄いですね……」


 人混みに飲まれつつ、周囲を見渡しながら呆然とした様子で声を漏らすテレサ。

 ログインポイントの設置されたブラックラットパーク正門。その先に広がる光景は幻想の国と言って差し支えないモノでした。


 中世の西洋をベースにした街並み、巨大な白亜の城。

 空に浮く島、宮殿、流れ落ちる滝。宙を泳ぐクジラに魚、飛翔する巨竜、怪鳥、魔女、魔法使い。

 ユニコーンが銀の馬車を引き、グリフォンがゴンドラを吊り大空へ。

 色とりどりの花が咲き乱れ、光り輝く大小様々な妖精は彼らの女王の歌に合わせて陽気に踊る。


 古き時代の幻想、物語の中のファンタジーがそこには確かにありました。

 

 ザナドゥ最大、幻想の国という謳い文句は嘘偽りではないようですね……。

 単一テーマでこの規模の仮想空間というのは、ザナドゥには他にありません。

 加えて組まれているプログラム群も相当なモノです。施設の大きさと複雑さを考えれば、どこかで発生するはずのラグなどが現時点では皆無……この技術力は賞賛に値します。


 テレサとブラックラットパークの凄さに圧倒されていると、


「やっと見つけたっすー! いやー、大混雑っすねぇ。これがリアルだったらと思うと正直ぞっとするっよぉー」


 茶色のポニーテールを揺らしながら駆け寄ってくる女性アバターが一人。


「あ、アイラですよ、ソフィア! 無事に合流できてよかったです」


『同意します。この人混みの中で出会えたのは割と奇跡的です』


 笑顔を浮かべつつ、アイラのほうへ向かうテレサ。


「数日ぶりっすねぇ、お二人さん。って? あれ? テレサっちなんか変わったっすか? 今日はなんだか猫耳と尻尾のもふっぽさが減っているような?」


「え? べ、別にいつも通りですよ? ただ少しだけプログラムを弄ったので、もしかしたらその影響かもしれません」


 アイラの指摘にあたふたとした様子で応えるテレサ。

 意外に鋭いですね……。事実、テレサのアバターデータは数日前より随分と軽量化されています。サクラから馬鹿にされたのがよほど悔しかったのでしょう。

 結果、容量を削った分だけ各ディティールが以前より簡素になっています。そこに気がつくとはアイラも優秀な技術者ですね。


「というか、変わったのはアイラのほうじゃないですか? 今日は随分と可愛らしいですよ?」


 確かに、いつものアバターは黒いタイトスーツですが、今のアイラは淡い水色のワンピースを着用し、上には花柄の白いレースカーディガンを羽織っています。


「いやー、スーツで出かけるのは流石にないかなーと思ってっすねぇ? どうっすか? ちょっと奮発したんっすけど似合ってるっすか?」


「既製品にしてはまぁまぁです。普段の自作スーツのほうが好きですけど……」


『素敵ですよ、アイラ。スーツも格好いいですが、こちらはとても可憐ですね』


「あうぅ……アタシの味方はソフィアっちだけっすよぉ~。テレサっちは相変わらずアバターへの評価が容赦ないっす……」


 テレサの歯に衣着せぬ言葉によよと崩れ落ちる仕草をするアイラ。ですが、すぐさま立ち直ります。


「まぁ、それはさておき、そろそろ入場するっすか。このまま人混みの中にいてもしかたないっすし」


「いいですけど、パーク内は余計に混んでるんじゃないですか?」


 周囲を見渡しげんなりしたように呟くテレサに、


「大丈夫っすよぉー。初日は入場者数を2万人ちょっとに制限してるらしいっすから。おかげで利用申請は争奪戦だったっすよー。まぁ、管制室のシステムを経由したからアタシは余裕だったっすけども」


 ニコニコと笑いながら応えるアイラ。

 説明通りなら確かにパーク内のほうが快適そうですね。しかし、


『アイラ? それは職権乱用では?』


「大丈夫、大丈夫。バレなきゃ平気っす。それに、そんなヘマはしないっすよー。アイラちゃんは優秀っすから!」


 あえて指摘するも、サラッと流されました……。

 まぁ、あとで上司のデンバー氏に怒られるのは彼女です。問い質されたらこちらは知らぬ存ぜぬで通すことにします。可愛いテレサを共犯にはさせません。


 などと対策を思考しつつ、テレサたちと一緒にブラックラットパークの正門を通り抜けます。

 さて、たまの休日です。存分に楽しんでくださいね、テレサ。

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