File.9 決着と煙草

 侵入者とテレサ、アバターの管理者権限を巡る戦い。

 互いが互いのアクセスポイントを守りつつ、相手のシステムを奪う電子戦。

 

 攻撃に使用する回線は当然、接続先の相手も利用可能。

 一撃を入れたらチャンネルを切り替え逆探知の前に封鎖、防護、デコイを設置。

 ヒット&アウェイ。一撃離脱の手数勝負。徐々に削られる互いの防壁。

 対処が遅れれば、一気に攻め込まれる神経戦。一瞬で奪われかねない膨大な情報。


 果てしなく続く攻防。集中が切れた瞬間、全てが終わる持久戦。


 しかし、それはテレサが一人だけで戦っていた場合……。


『報告:58456~59546のポートを閉鎖。検知:32585~33046ポートの不正アクセス、ブロック。アバターの全権回収率は84.37%……』


「このまま一気に押し込みますよ、ソフィア! ついでに相手の情報もぶっこ抜きます!」


「はーい、そこ! 無理しなーい! 油断すると足下をすくわれるよ。アバターの管理者権限を奪われそうになったばかりだろう。そっちは私に任せな」


「むぅ……分かりましたよぉーだ」


 渋々といった様子で応えるテレサ。

 

 相手が悪かったですね、侵入者のかたはご愁傷様でした。


 §§


 30分後、ついに決着がつきます。しかし――、


「やりました! アバターの全権を確保しましたよ!」


「だぁぁあ、クソ! 逃げられた! ダミーに加えてデコイまで置いていくとか……手の込んだことをしてくれるじゃないか……」


 手放しで喜ぶテレサとは対照的に悔しそうに天を仰ぐサクラ。

 

『良かったですね、テレサ。サクラもお疲れさまです。逃げられたと言っても侵入者のシステムを多少はクラッキングできました。復旧には時間が必要でしょう』


「そうは言っても潰せたのは末端、メインシステムは無傷のはずさ。はぁ~、これだからナチュラルの相手は嫌になるよ。実体の制圧が難しいから潰しても、潰しても時間がたてば戻ってくる……」


 愚痴をこぼしながら、アバターの棒状の右手を球体型の頭部、その下の方へ近づけるサクラ。


「はぁ~……面倒臭い。さてと、システムのチェックを終えたら外へ戻るよ。あまり長居をするような場所じゃないからね……」


 深いため息のような息を漏らすと、空中に表示したシステムウインドウを見つめ始めます。


「了解でーす。ソフィアはもう一度、アバターのフルチェックをお願いしますね。あと今回、攻撃された部分のリスト化も……。戻ったらアップデートしないと……」


「改修はいいけど、それ以上太らせんなよー」


「だからデブじゃありません! 絶対に見返しますからね!」


 軽口を言い合いつつ、流れるように作業を開始する二人。

 出会ったばかりですが、なかなかどうしていい感じのコンビになりつつあるようです。新しい部署でも上手くやれそうで良かったですね、テレサ。


 さて、こちらも指示されたタスクを処理するとしましょう。


 §§

 

 接続:テレサ・キサラギの腕輪型ウェラブルデバイスにリンク……成功。残存メモリーに警告アリ。テレサ・キサラギのホームシステムへアクセス。過剰データをホームストレージへ転送……完了。デバイスの各システムを立ち上げます。


 同時に解除されるコフィンのロック。

 ザナドゥメインフレームでの作業を終えたテレサが目を覚まします。


「う~ん、よく働きました……はぁ、甘いものがほしいです」


『お疲れさまです、テレサ。食品配給ブースになにか手配しておきましょう』


「流石、ソフィアです。う~んと美味しいのをお願いしますね!」


 期待の表情を浮かべつつ、持ち込んだ毛布と一緒にコフィンの外へ出るテレサ。

 その毛布のどこがそんなに気に入ったのでしょう? あとでメーカーなどを検索しておく必要がありますね……。


 タスク追加:優先度、低。毛布の詳細を調査。保存。


 その間にテレサは毛布を再び頭から被り、部屋から移動を開始。

 スルスルと衣擦れの音をさせつつ進むその姿は、やはりなにか未知の生き物感があります……。


 しかし、部屋から出た途端、むっ、と表情を険しくするテレサ。


「けほっ……なんかとっても嫌な臭いがします」


 顔をしかめながら周囲を見渡すと、


「おー、お疲れぇ。初めてにしてはよく働いたじゃん。偉い、偉い」


 煙草を咥え、紫煙をくゆらせるサクラの姿が。


「うぅ……部屋で吸わないでください。喉が痛くなります」


 若干涙目での抗議に、当人は軽く肩を竦め近くにあった円柱型の機械を起動。


「これがないと仕事が捗んないんだよ。まぁ、でも次からは気をつけるさ」


 言いつつ吐き出された煙を吸い取る円柱型の機械。どうやら空気清浄機のようです。ただ、それよりも気になることがあります。


『サクラ? メインフレームへアクセスする前より明らかに煙草の吸い殻が増えていますが……もしやサクラは作業中も煙草を吸っていたのですか?』


「さぁ~? どうだろうねぇ? まぁ、固いことは言いっこなしだぜ、AI」


 ふふっ、と笑いながら右手を口元に伸ばし、煙草を咥え直すサクラ。その様子は仮想空間内でのアバターの動作とそっくり同じでした……。


 まったく、テレサの健康のためにもほどほどにしてほしいものです。けれど、本物の煙草とか今の時代、どこで手に入れてくるのか……。今度、調べてみる必要がありますね……。

 

 などと思考しつつ、テレサに頼まれていたタスクの処理を開始します。

 まだまだやらなければいけないことが沢山ありますからね……。

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