File.8 管理者権限

 接続:電脳仮想空間ザナドゥのメインフレームへアクセス。二次管理者権限を一時取得。各防護プログラムを起動。システムは正常に稼働中。


「わっとっと……。久々に来ましたけど、相変わらず殺風景ですねぇ、ここは」


 なぜか若干崩れた体勢を慌てて立て直しつつ、周囲を見渡し呟くテレサ。

 視線の先にはどこまでも続く広大な白い空間。ここは電脳仮想空間ザナドゥの裏側。システムのメインフレーム内部です。


 現実と見紛う表側と違い、この空間には見た目上なにもありません。けれど、


「う~ん……どこに隠れているのやら……」


 テレサのアバターが右手で空間をスッとひと撫ですると、目の前に数多くのウィンドウが瞬時に展開されます。

 それらを逐一確認していると、

 

「こら、一人で勝手に始めてんじゃないよ、テレサ」


 突然背後に現れる人影。振り向くとそこには黒い球体と棒で構成された、いわゆる棒人間が立っていました。


「!! ソフィア! 現れましたよ! 侵入者です!」


 目を見開き慌てるテレサですが、一旦落ち着きなさい。


 分析:音声情報をデータベースと照合……完了。アプセスポイントの解析……完了。結果、対象がサクラ・アトワールである可能性は89%以上。


『テレサ、冷静になってください。分析の結果この簡素極まりない棒人間のごときアバターはサクラだと思われます。敵ではありません』


「ちょっと引っかかる物言いだけど説明ありがとう、AI」


 黒いのっぺりとした球体の頭部から表情は窺い知れませんが、苦笑いしたような声音で言うサクラ。


『お役に立てれば幸いです。それにしても随分と思い切ったアバターですね』


 ザナドゥでは色々なアバターを見てきましたが、流石にここまで簡素でシンプルな作りのものには出会ったことがありません。

 だからなのか、サクラを見つつクスクスと笑うテレサ。


「ふふっ、なんですか、それ? 棒人間とか……ふふっ。メーカーの一番安いヤツでももっとマシな姿をしてますよ?」


 その態度にやれやれと言った様子でため息をつき肩を竦めるサクラ。


「まったく、これだから……。にしても、そのアバターはデブだねぇ……。テレサは人様のアバターをとやかく言う前に、まず自分のアバターをどうにかするべきだと私は思うけどねぇ」


「で、デブゥ!? 聞き捨てなりません! このアバターのどこが太ってるって言うんですか!? 標準体型のアバターをベースに数日掛けて組み上げた自信作なんですよ!? ほら! 猫耳も尻尾も凄く可愛いじゃないですか! ソフィアもそう思いますよね!?」


『はい。アバターの体型は標準です。見た目も整っていると思いますよ』


 同意すると、ほら見たことか! という感じでサクラへ再び抗議するテレサ。自身のアバターに対する指摘がよほど気に入らなかったようです。

 制作時、色々と工夫していましたからね。気持ちは理解できますが……。


 けれど、ここはザナドゥのメインフレーム内部。そこへなにをしに来たのか忘れてはいけません。


『テレサ。正気に戻ってください、現時点で優先されるべきは侵入者の排除です』


「そうそう、もっと言ってやんなAI。こんなところを攻撃されたらひとたまりもない――って、もう仕掛けてきてんじゃないかい!」


「ほぇ? ちょっ!? あ、あれ? アバターの動きが!?」


 焦った様子で声を上げるサクラとアバターの制御ができないのか慌てるテレサ。


「待って! 待って! どうして思い通りに動かないんですか!? ソフィア!?」


『落ち着いてください、テレサ。こちらでも調べますから』


 調査:テレサのアバター情報をリアルタイムで閲覧。解析……アバターのフルスキャンを実施。


「わぁ~ん! 一体どうなってるんですか!?」


 思うように動けず涙声になるテレサ。

 それを呆れた様子で見流しつつ、サクラは空間に表示したウィンドウを目まぐるしく切り替えていきます。


「まったく、そんなデブなアバターを使ってるからさ」


「だから、デブじゃないです! スマートです! 可愛いです!」


「ああん? アバターを構成してるデータ量がデカすぎるんだよ、そいつは! 自分でも一瞬でプログラム全体を把握できないんだろう? だから、敵にちょっかいを出されてもすぐには気づけないのさ!」


『見つけました、テレサ。未知のアクセスポイントから断続的に攻撃が行われています。ブロックを続けていますが、これは……』


 対処をしますが、侵入者はまた別の場所から攻撃を仕掛けてきます……。システムへのアクセス時に施した防護プログラムで最悪の事態はどうにか防げていますが、それも時間の問題でしょう。


「テレサ、こっちはいいからAIと一緒にアバターの管理者権限を確保しな。それを踏み台にしてセントラルのシステムに入られると不味い」


「わ、分かりました。ソフィア、手伝ってください!」


『了解しました。こちらで不正アクセスを可能な限りブロックします。大丈夫、落ち着いてくださいテレサ。アバターのデータ量と構成の複雑さから、一瞬で管理者権限を奪われることはありません。慎重にやればきっと上手くいきます」


「良かったじゃないか、テレサ! デブも役に立つらしい!」


「だから、デブじゃありません!」


 そう叫びながらアバターの防衛を開始するテレサ。

 さて、こちらも作業を続けましょう。侵入者にテレサを奪われてはいけません!

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