File.11 仮想空間の幻想世界
パーク内へ入るとアイラの言葉通り、正門前より随分と動きやすくなります。
先ほどまでは少し進むだけでも大変でしたが、この状況なら各アトラクションやイベントを十分に楽しめるでしょう。
「幻想の国、ブラックラットパークへようこそ~♪ 入国した皆さんはまず始めにこちらへどうぞ~。パークを更に楽しむための素敵なアイテムを配布中で~す♪」
正門を入ってすぐにある白煉瓦の建物。周囲に笑顔を向けながら案内を呼びかける騎士風の女性キャストが4人。
パークのテーマから考えると門番や衛兵がそのコンセプトでしょう。施設やアトラクション以外もしっかり作り込んでいるのが見て取れます。
「わぁ~! なんですかね? 早く行ってみるのです! 素敵な~アイテム~♪」
「元気っすねぇ~、テレサっち。まぁ、楽しまないと損っすけども~」
『テレサ、気をつけてください。転びますよ。あと他の利用者の邪魔はしないようにしてください』
「むぅ~、分かってますよ~。そこまでお子様じゃありませんってば!」
言い返しながら目を輝かせキャストのほうへ駆け寄っていくテレサ。あれは絶対に分かっていない気がします……。こちらでも注意を払っておきましょう。
設定:周囲への配慮レベルを引き上げ。1から2へ。テレサの行動を要監視。
システムの変更を行っていると、キャストの女性から腕輪のようなモノを渡され使用方法をレクチャーされるテレサたち。
要点をまとめるとパークの世界観にあったアバターへ変化することができるツールのようです。使用は自由。ただし、使うと各種割り引きなどお得な特典が多数。ランダム生成ですが中にはレアな設定のアバターもあるとか……。
これはなかなか賢い戦略ですね。
ザナドゥでは誰も彼もが自由に自分好みのアバターを使い行動しています。ポピュラーな人型から形容しがたい不定形の存在など千差万別です。
それらで勝手気ままに行動すると、こうしたテーマパークでは悪目立ちし最悪の場合、その世界観が崩壊しかねません。
なので、この特典付きアバターの貸し出しはその予防策なのでしょう。実際、腕輪を受け取った全ての入場者が進んで使用しています。テレサたちも例外ではありません。
「なにが当たりますかねぇ~? 少しだけワクワクします!」
「はぁ……嬉しそうっすねぇ、テレサっち。アタシはちょっと悲しいっすよぉ。せっかく新しいアバターデータを用意したっすのに……」
ニコニコと楽しそうなテレサとは対照的によよと落ち込むアイラ。
『元気を出してください、アイラ。きっといいアバターが当たりますよ』
励ますと、二人揃ってアバターの変更を開始します。
淡いエフェクト光に包まれたのち、現れたのは――、
「わぁ~、凄い! なんか勇者っぽい感じになりましたよ!」
テレサが変化したのは赤い髪のポニーテールと赤い鎧が特徴的な少女。レトロなゲームでたびたび見かける戦士のような姿ですね。
「うわぁ……これはなんの制服っすか? あ、待って、待つっす! これはもしや憧れの猫耳と尻尾!? しかも凄いもふもふなんっすけどぉぉ!?」
一瞬、落胆したのち、感激に震えるアイラ。
彼女は制服風の衣装を纏い、猫耳と尻尾を持つアバターへ変身していました。髪や耳、尻尾の色から白猫といった感じですね。
『二人ともよくお似合いですよ。パークにもよく馴染んでいます』
新しいアバターを褒めていると次の瞬間、周囲に鳴り響くファンファーレ。
「おめでとございま~す! そちらはレアアバターとなっております! 施設内の全アトラクション及び飲食物など諸々40%引かれます! 他にも各ブースによって特典がありますので、パークを存分にお楽しみくださいね♪」
二人の姿に拍手をしながら説明をするキャストの女性。他の利用者もそれを興味深そうに見つめます。流石ですね、テレサ。素晴らしい強運です。
「な、なんか目立ってますね……早くここを離れましょう!」
「そうっすねぇ……変なのに絡まれてもアレっすしねぇ~」
頷き合うと足早に正門から離れるテレサとアイラ。
さて、こちらはとりあえずパークのマップ情報などを取得しておきましょう。
ダウンロード:パークサイトよりマップ情報及びイベント情報を取得、保存。
§§
まず二人が訪れたのはオールドファンタジーエリア。
石畳の通りに煉瓦作りの建物。どこまでも広がるのどかな牧草地。
その先の丘には白亜の神殿と歴史の刻まれた古城。道を逸れれば暗く深い森。獣や小鳥の声に混じり微かに聞こえる怪しげな唸り声……。
あるのは遙か昔に人々から忘れられ、物語や空想の彼方へと追いやられた、古い幻想の息遣い。
なるほど、オールドファンタジー……ここは幻想のいわゆる原典がテーマのエリアなのかもしれません。
「う~ん……人の少ないほうへ来たのは失敗でしたね。ちょっと寂しい感じです」
「そうっすねー。なんかアトラクションというより歴史資料館って感じっす……」
『二人とも油断していると危ないですよ? こういう場合、不慮のイベントに襲われかねません。神隠し、チェンジリングなどの説明をいたしましょうか?』
古き幻想は唐突で気まぐれで、理不尽……そして、ときにとても残酷です。気がつけば背後に忍び寄っているような、そんなファンタジーです。
「うぅ……なんだか怖いですね。テレサはホラー系は嫌いです。別のエリアへ行きましょう! そうしましょう!」
「あ、アタシもっす! もっと明るく楽しいところに移動するっすよぉー!」
回れ右をしていそいそと来た道を引き返す二人。
これは少々、脅かしすぎたようですね……。森の奥にいた妖精や小人には悪いことをしたかもしれません。
§§
次にやって来たのはライトファンタジーエリア。ここは先ほどとは様相がまったく違います。
淡く輝く水晶を用いた街灯で彩られる中世の西洋を基礎とした街並み。
白馬やユニコーンが引く馬車。堂々と街を歩くケットシーやドワーフをはじめとした妖精や小人。あちらこちらで披露される様々な魔法。現実では秘匿されていたはずの幻想が周囲を満たす世界。
ライトファンタジーとは言い得て妙ですね。つまり、ここは物語の中で広く知れ渡った人々になじみ深い幻想世界のようです。
そのためか先ほどのエリアと違い沢山の入場者で賑わっています。小さな子どもの姿も多く見ることができます。
「ここは楽しそうですね! なんだかワクワクしてきました!」
「ちょーっと混んでるっすけどねぇ。でも、とりあえずここで遊ぶっすかー」
頷くと様々な店を見て回り始めるテレサたち。
珍しいお菓子を食べたり、パーク限定のグッズを購入したりと楽しそうですね。アバター特典の40%引きを十分に活用しています。流石です。
ちなみに、人形や衣服などはアバターデータと一緒に現物も購入可能です。現物はログアウトすると部屋へ購入物が届くシステムになっています。
『なので、テレサ? あまり無駄にものを買うのは止めなさい。部屋が溢れます』
「む、無駄じゃありません! サクラへのお土産です!」
「お? サクラって言うのがテレサっちの新しい上司っすか? あとで話を聞かせてほしいっす! なんでも凄腕のセキュリティエンジニアって噂っすよぉ~?」
「あとで! あとでゆっくり話します! もう、本当に酷いんですよ、サクラって!」
口にする言葉とは裏腹に、どこか楽しげなテレサ。それを察してか、アイラも興味津々といった感じです。
さて、落ち着いて話せる場所でも検索しておきましょう。
あとは購入物のチェックもしなくてはなりません……。こういうときのテレサは放っておくとすぐに無駄遣いをしてしまいますからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます