File.4 新しい配属先
接続:テレサ・キサラギのホームシステムへリンク……成功。各所有電子デバイスとの連携を開始。ホームセキュリティシステムのログを取得。
普段通りのルーチンを実行しつつ、現実世界に無事帰還。
前回のザナドゥ滞在時間は僅か47分ほど……わざわざログイン時間を調整したのですが、無駄になってしまいましたね。論理演算の修正が必要です。
思考を平常モードで回しつつ、今後のためにタスクを立ち上げていると、
「はぁ……憂鬱です。悲しいです。アイラとの食事がぁ……」
コフィンから出てくるなり頭を抱えるリアルのテレサ。
というか、落ち込んでいる原因は主にそちらですか……予想外です。状況的に唐突な人事異動に関してかと思っていましたが……。
「うぅ……でも、お仕事ですからね。しかたありません。ソフィア? ちゃんと戻ってきてますね? 出かけますよ」
『失礼、テレサ。他のタスクを優先していて挨拶が遅れました。問題なく帰還しています』
「よいのです。じゃあ、着替えたら新しい職場へ向かいましょう。はぁ……なにを着ていけばいいですかねぇ。リアルでの着替えとかあまり持ってないのに……」
ぼやきつつ壁に近づくテレサ。それに反応し、壁が上下にスライド。中に収納中の衣服が現れます。
「どれもパッとしませんねぇ……。というか選んで着替える作業がだるいです」
『ホログラムスーツを着用してはどうですか? 着替えの手間は一度ですみますが?』
提案を受け、白いボディスーツを手に取るテレサ。表情は思案顔。
ホログラムスーツは名称の通りホログラムを纏うことができるスーツです。ホログラムデータを用意さえすれ部屋着からドレスまでなんでも見た目上は再現できる優れものです。
「う~ん、でも、これ2年前のスーツですよ? 流行遅れじゃないですか?」
『その点は心配ないかと。先ほど調べましたが、メーカーからそのスーツで使用可能な最新のホログラムデータが提供されています。他社のデータと比較しましたが遜色はないかと。まだまだ現役です」
「じゃあ、これにします。ソフィア、着替える前にスーツのシステムチェックとアップデートを済ませておいてください。その間にテレサは他の準備をしておきます」
『承知しました。加えて流行の服もリストアップしておきますね』
頷きつつ部屋の奥へ移動するテレサ。
さて……最近はどんな服が流行っているんでしょうか? とりあえず、適当なサイトを巡回してみることにしましょう。
§§
30分後、ホログラムスーツに着替えたテレサはなぜか震えています。
『とてもお似合いですよ、テレサ。凄く可愛いと思います』
我ながらいい仕事をしたと満足していると、もの凄い眼光で睨まれました……なぜですか?
「バカァ! どこの世界にこんなペンギンの着ぐるみで仕事に行く人がいるんですか!? ソフィアはたまにポンコツですね!?」
『その台詞は心外です。そのホログラムデータは各サイトのランキングで上位にありました。大人にも子供にも人気だそうですよ? 加えて以前の上司であるデンバー氏のアバターは熊。なにも問題はないと思われます』
「大ありです! はぁ……もういいです。自分で決めます」
深いため息をつきながら、ホログラムミラーの前でデータを切り替えるテレサ。
数分後、紺色のブレザーと赤いチェックのプリーツスカートに決めると満足げに頷きます。どことなく旧時代の学生服を思わせる選択です。
でも、確かに先ほどよりもテレサらしいのかもしれません。ザナドゥでの彼女のアバターもこれに近い服装をよく着ています。
今後はこの方向で現実世界の服も決めることにしましょう。
更新:テレサの服装に関する情報をアップデート……完了。
「よし、それじゃ行きますよ、ソフィア! 新しい部署へ出発です」
『了解しました、テレサ。ウェラブルデバイスの装着をお忘れなく。未着用では外でのサポートに支障が出ます』
「はいはい、分かってますよ~」
適当な返事をしつつ、右手首に腕輪型のデバイスを装着するテレサ。
これが外でのシステムの活動拠点になります。公共のシステムでもサポートは可能ですが、個人デバイスのほうが色々と融通が利きます。
§§
自室から外に出るテレサ。
目的の部署はルーム1000-99。
現在地から100階ほど上層へ登らなくてはなりません。
ちなみにテレサたちが暮らすこの場所、セントラルNo.11は直径1.5キロメートル、全高5.5キロメートルに及ぶ円柱状のハイパービルディングです。ビル内の総人口は3200万人ほど。
この規模のビルが世界中にあと都合13。セントラルが管理している現在の世界総人口は5億~6億人といったところです。
つまり……意外と徒歩での移動はきつかったりします……。
『テレサ? 移動用ドローンを呼びましょうか? このままだと目的地まで1時間ほどかかりそうですが?』
「うぅ……でも、このまま歩いて行けば、今日の分の必要運動量は満たしますよね?」
『はい、確かに本日の最低必要運動量の獲得は可能と思われます』
「なら歩きます……帰りはドローンを使いますけど……」
『了解しました。テレサの健闘を祈ります』
予約:セントラルへ移動用ドローンの使用を申請。
帰宅時に即利用可能なように今のうちから手を打ちます。早めに利用登録をしておかないと、なかなか来ないときがありますからね。
今の時代、人手よりもはるかにドローン不足が深刻です。
§§
そうして1時間後、テレサはようやくルーム1000-9に到着しました。
「遠かったです……頑張ったからもう帰ってもいいですかね?」
いえいえ、今から仕事ですよ、テレサ。
その様子に若干呆れつつ、ルーム内へコール。
暫くすると金属製の扉が上下に開きます。
中から現れたのは一人の女性。ボサボサの茶色い髪に蒼い瞳。上は黒のタンクトップ、下はデニムのホットパンツというラフな出で立ち。そして、口にはリアルではまず見かけない本物の煙草。
これは……色々と予想外の展開です。とりあえず検索してみましょう。
照合:対象の情報をセントラルへ送信。データベースから検索…………エラー。対象のデータを閲覧できません。
なぜ!? データ! データはどこですか!?
しかし、何度アクセスしても繰り返されるエラー表示。これは……もしや妨害されていますか? ダメです……想定外過ぎてこの携帯デバイスでは思考が追いつきません……。
テレサも現れた女性の姿が予想外だったのか、驚きで固まっています。
「へぇ……アンタが新人かい? はぁ……マックスのヤツ、白いヤツはいらないって散々言ったのに……。まぁ、しかたないんだろうけどさぁ」
まるでこちらを値踏みするような視線を向けてくる女性。
困惑するテレサにフーッと紫煙を一吹き。瞬間、涙目で咳き込みその場に蹲るテレサ。
『テレサ!? テレサ!? 大丈夫ですか!? メディカルドローン! メディカルドローンを呼びましょう!』
「へぇ……セレクタリーシステムねぇ。その対応の仕方だとHAL-A113辺りかな? また胡散臭いAIを使ってるねぇ、お嬢ちゃん」
蹲るテレサの右手を掴み上げ、ウェラブルデバイスを凝視する女性。
『アナタは誰ですか!? これ以上、テレサに危害を加えるならセントラルへ申告しますよ?』
「エラー表示が出てるのにかい?」
思わず思考が真っ青になります。人が驚きでなにも考えられなくなるというのはこういうことを言うのでしょう……。
「ははっ、とりあえず自己紹介をしようか? 私はサクラ・アトワール。ようこそ、ザナドゥセキュリティの最前線へ。ここが魔術師たちによる戦場への入口だ」
女性、サクラがニヤリと笑った瞬間、彼女に関するデータが流れてきます。
恐らく直接こちらへ送信したのでしょう……。
サクラ・アトワール。
性別:女性、年齢:24、経歴不詳、ナチュラルとアーティフィシャルのハーフ。
「それ以上は自分で調べなAI。まぁ、できるならね。お嬢ちゃんを助けながらさ」
挑発的な視線をこちらへ向けてくるサクラ。
これはリアルの制圧部隊よりも厄介な場所へ配属されたのではありませんか、テレサ? 少なくとも、サクラの実力は本物。
あぁ、今後の仕事を考えると、AIですが憂鬱な気分というものになってきます。
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