File.5 サクラ・アトワールという存在

 入口での一悶着を終え、サクラに促され室内へ。

 すると、中は様々な機械やケーブルの類で埋め尽くされた空間でした。

 それらを呆然と見渡すテレサ。気持ちは分かります。工業ブース以外だと、リアルではまず目にしないであろう物量です。


 加えて――、


 検索:室内の機器をデータベースと照合……ヒット。しかし、一部不明品あり。


 その大部分がどうやら旧時代の代物らしく、全容が把握できません……。というか、これは専用の用途に合わせた自作機も相当数混ざっているのでは? 完全な自作ならデータベースにはまず登録されませんし……。

 

 農工業製品の大部分がドローンによる自動生産がなされている現代において、一から必要な機械を作るとか……。特殊用途の専用品でも手順を踏めば発注可能なことを考えれば、合理性に欠け少々理解に苦しみます。時間の浪費です。


 しかし、ソフトだけでなくハードでもこれだけの腕を持つとなると、サクラの正体を探るのは意外と厳しいミッションになりそうです。


 思考を続けていると、部屋の奥にあったソファーに座るように勧められるテレサ。無言で大人しく腰を下ろしますが警戒心はまだ解いていません。出会い頭での一件もありますが、サクラの異質な容姿に対する恐怖も原因でしょう。

 

 彼女の茶色い髪や蒼い瞳は、銀色の髪と紅い瞳しか持たないテレサたちアーティフィシャルからすれば、仮想空間ではないリアルだととても受け入れられないのかもしれません。


 サクラ・アトワール……ナチュラルとアーティフィシャルのハーフ。


 電脳仮想空間が人々の生活基盤となった現代。それの恩恵を最大限に享受するために先端技術を駆使し、人工的に進化したいわば新世代の人類……それがアーティフィシャルです。

 

 出生と同時に体内へ埋め込む様々な生体デバイスやインプラント。そのおかげで現人類は電脳仮想空間をはじめとする多くのシステムを旧時代では不可能なレベルで扱うことができています。


 しかし、それをよしとせず、旧時代と同じ暮らしを頑なに守りセントラル政府と対立しているのが、旧人類ナチュラルです。


 体内にデバイスやインプラントを何一つ持たない彼らからすると、アーティフィシャルは半機械人であり純粋な人類ではないんだとか……。そのためたびたび対立が起こり、近年では過激なテロも発生しています。


 そんな隔たりのある両者の間に生まれたであろう子ども、サクラ・アトワール。事実だとするとその過去に一体なにあったのか……若干の興味がありますね。

 今後のためにもデータを取っておいて損はないように思えますし……。


 思考回路をアイドリング状態でテレサの心情などを慮っていると、


「いやいや、いつまでもそう睨みなさんなって……。一応これから一緒に働く仲間だろう、お嬢ちゃん? ほら、コーヒーでも飲んで機嫌直しなって」


 部屋の奥から戻ってきたサクラが、淹れ立てらしいコーヒーを勧めてきます。

 おや? まさか自分で用意したんですか? ドローンに注文したのではなく?


「むぅ……、頂きます」


 微妙な違和感にログを遡っていると、コーヒーに口をつけた瞬間、ブッと吹き出し涙目になるテレサ。


「な、なんですか、これ……にが、にが、凄く苦いです……」


 口をパクパクさせ、なんとも言えない複雑な表情を浮かべています……。


「あ、悪い。豆から挽いた天然コーヒーはお嬢ちゃんには刺激が強かったかぁ。はぁ……まったくこれだから……。AI、聞こえてるだろう? 私はここを片付けるから、お前はお嬢ちゃんが飲めそうなものを注文しな。料金はこっちで出すから」


 ため息をつきつつ言い、こちらを一瞥すると再び奥の部屋へ消えるサクラ。

 指示に従うのは微妙に癪ですが、とりあえず甘い飲み物を食品配給ブースへ注文しましょう。えぇ、これはテレサのためです。


 ちょうど数時間前にリストアップしたスイーツ系食品を利用しましょう。現実で注文できる品も割とありますから。奢りだそうなので金額は無視。テレサ、仇は討ちますよ。


 §§


 数分後、すっかり綺麗になったテーブルの上には卵型のドローンが運んできた七色のジュースが。

 それを口にし、ニコニコと満足げな表情を浮かべるテレサ。どうやら『トロピカルレインボー』なるフルーツジュースがとても気に入ったようです。


 記録:トロピカルレインボー。テレサのお気に入り。保存。


 けれど、対面に座るサクラはコーヒーを飲みつつ非常に苦々しげな面持ちです。


『どうかしましたか、サクラ? コーヒーが苦いなら糖分を加えることをお勧めします』


「はっ。これだからHAL-A113系のAIは……。まぁ、奢るって言ったのは私だけどさぁ。はぁ……その柔軟で嫌みな思考回路を使ってしっかり働いてくれることを期待するよ。そっちのお嬢ちゃんは微妙そうだしねぇ」


 コーヒーを飲み干し、テレサへ向ける胡乱な目。

 いえ、アナタも十二分に怪しいのですが……。

 これはテレサを全力でサポートして驚かせねばいけませんね。


 けれど、幸せそうな表情を浮かべるテレサを見ると、今一不安になります……まだ仕事の内容も分かっていないのにこの気の抜きよう。先ほどまでの警戒心はどこへ放り出したのでしょう、この子?


 とりあえず、テレサがジュースを飲み干すまでのあと数十秒で色々とデータを集めておきましょう。どんな場合でも完璧なサポートを、それがHAL-A113です。

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