フォルダ② セキュリティエンジニア

File.3 仮想空間の守り手

 接続:電脳仮想空間ザナドゥへログイン……成功。各アプリケーションとの連携を開始。システムは本日も正常に稼働中です。


「う~ん! やっぱり中のほうが体が軽いですね! 今日も元気、元気です!」


 ログアウト中の体調不良が嘘のようにはしゃぐテレサ。アバターに装備中の猫耳と尻尾も感情に連動し嬉しそうに動きます。


 現在地はテレサの職場、ザナドゥセキュリティセンター第11支部前。

 

 今や世界中の人々の生活基盤として稼働している電脳仮想空間ザナドゥ。

 そのシステムは世界でも最も安全かつ堅牢と言っても過言ではありません。


 しかし、『世界最堅牢』という称号は、やはり多くの心ない技術者にとって魅力的な響きに満ちていたようです。いつか破壊すべき強固な壁として……。


 Klein-1999、Wizards Coffinは確かに当時の多くのウィザード級ハッカーたちを退け、彼らを電子の墓場へと眠らせる『魔術師たちの棺』となりした。しかし、彼らはただ黙って眠りについたわけではなかったのです……。


 時間を掛けてコフィンとザナドゥのシステムを解析し、それを脈々と受け継ぎ今再び現実の脅威として復活しています。まるでファンタジーに登場する死後も蘇る魔術師リッチーのように……。


 そんな少しずつ復活したハッカーから、ザナドゥを守る役目を担っているのがテレサをはじめとするセキュリティエンジニアたちです。


「あぁ、今日のご飯はなににしましょうか。ふふっ、甘いものもいいですねぇ」


 呟きながらウキウキとした様子で施設内へ歩みを進める気楽な姿からは信じがたいことですが、テレサは意外と優秀なんですよ、実際。


 検索:スイーツ系の食品。テレサの嗜好に合わせ選択。候補を保存。


 数時間後に恐らく必要になるであろう情報を取得していると、


「にゃ~ん! テレサっち! 中ではお久しぶりっすー! 大体7日ぶりぐらいっすかぁ? あぁ、相変わらずなんとも手触りの良い猫耳と尻尾っすねぇ!」


 施設の扉をくぐった瞬間、テレサが何者かに抱きつかれます。

 アバターは一般的な女性型。髪は茶色のポニーテール。蒼い瞳。服装は黒のタイトスーツ。


 照合:取得音声及びアバター情報をシステム内データベースより検索……ヒット。アイラ・クラリスと特定。


『こんにちは、アイラ。こちらでも元気そうでなによりです』


「やぁやぁ、ソフィアっちも中では久しぶりっすよぉー。はぁ、でも本当にテレサっちのアバターは可愛いっすねぇー、モフモフっすぅ~。アタシなんて色々弄るのが面倒なんで、リアルのデータをコンバートして髪色と眼の色を変えてるだけだというのにぃぃ! 羨ましいっすぅぅ!」


『確かに、アイラの姿は現実世界とほぼ変わりませんね……体型も同じように思えます』


「ちょっ! そこ! 余計な解析をしちゃダメっすよ!? データの削除! 削除を要求するっす!」


『申しわけありません。削除には管理者権限が必要です』


 そうしてアイラと軽い雑談に興じていると、


「いい加減にするのです! アイラ! 耳と尻尾は触らないように言いましたよね!? すっごくくすぐったいんですからね!?」


 出会い頭から弄ばれていたテレサがついにキレました。

 アイラから逃れ、猫耳と尻尾の毛を逆立てて怒る姿は、現実の猫そのものです。


「あぁ、いや……ごめんっすよぉ。毎回あんまりにもリアルだからつい……」


 アイラの気持ちも少しは理解できます。あの猫耳と尻尾の再現度は割と異常です。ただ、あれだけで一般的なアバター一体分のデータ量がある事実を無視してはいけません……。


 などと思考回路をアイドリングさせながら観察していると、


「むぅ……。じゃあ、今回までは許してあげます。その代わり、あとで食事を奢ってもらいますからね!」


 ため息をつきつつ仕方なさそうに言うテレサに、笑顔で頷き返すアイラ。

 やはりこの二人は仲良しですね……。


 検索:高額スイーツ系食品。高値順でピックアップ。完了。記録。


 どうせアイラの奢りです。テレサには普段食べないような高くて美味しい食事を食べてもらいましょう。


§§


 けれど数分後、計画は悲しくも頓挫しました……。

 テレサとアイラが担当部署へ到着した瞬間、


「おぉ、待ってたぞキサラギ! お前さん、今日から部署異動な!」


 上司のデンバー氏から目の前に表示されるウィンドウ。内容は人事異動に関して。

 

「そこのヤツが前々から新しい部下を欲しがっててな……。誰にしようかと思ってたんだが、お前さん違法アバターの制圧任務得意だろう? そんなキサラギに適任の部署なんでちょっと試しに行ってこい」


 突然の辞令に理解が追いつかず呆然とするテレサを無視し、説明を続ける迷彩服姿の熊型アバター。


「じゃあ、俺ももうログアウトせにゃならんから、あとの詳しい説明は新しい上司に聞いておくように。では、諸君! 今日も元気に働けよ!」


 そうして、いつぞやの彼女たちの如く逃げるようにログアウトするデンバー氏。

 

「え? いや! ちょっと待ってください班長!」


 しかし、慌てて伸ばした手は虚しく空を切り、指の間からキラキラとしたログアウトエフェクトだけが零れます。


「うぅ……一体どういうことですか」


 力なく呟くテレサに、わけが分からないと肩を竦めるアイラ。

 さて……これは一体全体どうするべきでしょうか?


 けれど、とりあえずログアウトの準備をしなくてはいけません。


 なぜならテレサの異動先はセントラルNo.11ルーム1000-99。電脳仮想空間ザナドゥ内ではなく、現実世界が表示されていました。


 まさかとは思いますが、テレサはリアルの制圧部隊に配置されたのでしょうか?

 これは……彼らに関するデータを収集してまとめてくべきかもしれません。


 HAL-A113ソフィアは予想外の出来事に思考回路をフル回転させ優先タスクを適宜更新しつつ、テレサとともに電脳仮想空間ザナドゥからログアウトします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る