第69話 オークション幕間① ~小さな来訪者~







「…………」




 何をするのでもなく、私は窓の外を見つめていた。


 外は既に漆黒の闇が支配している。月明かりと街灯が光のコラボをして、夜空で美しいイルミネーションを作り出していた。全開の窓からは、そよ風が吹き込み、初夏の生温い熱気を洗い流してくれている。




 いやぁ、いい光景ねぇ~


 まさか異世界に来てもこうやって”文明の灯”を拝みことが出来るとは思わなかったわ


 心が洗われるわねぇ……




 机の上のクッションにお姉さん座りをしながらしみじみと感慨にふける。

 前世では当たり前のように見れた大都市の夜景がこんなに自分の心を揺さぶるとは思わなかった。家に引き篭もざるを得ない今の私にとって、外界の景色一つ一つが得難い経験になっている。




 こんな身体じゃなかったらねー


 一人でも観光に行っているんだろうけど……


 ……


 観光か……もう随分してないな……




 ……ふと、前世の事を思い起こす。


 私の趣味は観光名所に行き、景色の良いところでランニングする事だった。高校時代は”合宿”という名目で日本全国の景勝地を満喫したものだ。




 懐かしいなぁ、合宿……


 日本全国の山や海を駆け巡ったりしたわよね……




 大自然の景観を前に風に当たる事ほど気持ちのいいものはなかった。


 他にも皆で山にキャンプに行ったり、バーベキューやったりと合宿はとにかく楽しい思い出しかない。


 顧問の先生がそこら辺理解ある人だったから、部費はもっぱらそういうものに費やすことが出来たのよね。もちろん、我が陸上部がそれに見合う実績を上げていたからというのもあるけど。なんと言っても我が校は”インターハイ女子陸上短距離走優勝校”という肩書を持っている。学校側も、学校の名を大いに上げた陸上部の練習環境くらい大目に見るだろう。

 私はそんな訳もあって、高校時代はとても充実する学校生活を送ることが出来ていた。あの輝かしい日々。全てが順風満帆。青春の黄金時代。

 

 もう、戻ることは出来ないのよね……


 私は目線を下げ、思索にふける。




「…………」




 ……ちなみに、そのインターハイで優勝した女子高生とは何を隠そう私のことだ。


 高校時代の私は男女問わず人気があり、周りから頼りにされ、推薦で大学進学も決め、将来は陸上の選手にも期待されていた。

 唯一悔いがあるとすれば、高校の3年間男っ気がなく「彼氏ほすぃ……」と呟きながら無為な私生活を送ったことだが、


 それは卒業した後でいくらでも機会があるだろうと高をくくっていた。まさに栄光のレールまっしぐら。将来が約束されていた美人女子高生!




 …………




「はぁ……」




 1人ため息を付いてしまう。


 夜景を楽しんでいたはずなのに、なぜか悲しくなってきてしまった。


 まあ、その女子高生が今はこんなところで小人やっている事を考えればため息も出てしまうわよね……


 なんなのだろう、この急転直下っぷりは……




「…………」




 ……っといけない




「はい!やめやめ!」




 パン!と私は頬を叩いて、自分に活を入れた。


 昼間は筋トレやイメトレに時間を割いているし、夜は話相手のエノクがいるからこんなことはなかったんだけどね。こう暗い時に一人で考え事をすると、考えがネガティブな方向に行ってしまう。ネガティブな事を考えるのは悪いことではないと思うし、時には望郷の念に浸るのもいいだろう。だけど、嘆いても意味がない。


 ……嘆くくらいなら、楽しまなきゃね!


 人間万事塞翁が馬。今が幸福か不幸かなんて結局人の心次第だということだ。




「……よしっ!」




 ネガティブな気分を払拭しようと、顔を上げて再び窓の外を鑑賞する。

 カーラ王都の中心を見据えるとライトアップされた巨大なお城がある。さらにその手前には万華鏡のように七色に発光する虹の塔がそびえ立って、浮島全体を光り輝かせていた。こんな光景は前世でもお目にかかったことがない。魔法が存在するファンタジーの世界ならではの光のアートと言っていいだろう。

 こんな光景を見ることができて、自分が不幸だなんて言ってられないわよね。


 本当、綺麗……


 さっきまで若干ナーバスだった気分はあっという間にどこかに吹っ飛んでしまった。







 ……ビュオーーー



 ガタガタガタ……




 私が王都の光の芸術にそんな感じでしばらく見惚れていると、風が吹き始め窓ガラスを揺らした。カーラ王都は海とも呼べる巨大な大河と隣接しているため、夜は北東の方角に陸風が吹くらしい。基本的に穏やかな風なんだけど、たまに突風が吹くから私は要注意とのこと(エノク談)。




 ガタガタガタ!!




 ……んっ、ちょっと、風が出てきたわね


 一旦閉めるか……




 机の横に設置されている窓のそばまで行く。


 窓はドレーキップ式なので、簡単な押し引きだけで開閉が可能だ。




「……って何……あれ?」




 私が窓を閉めようとした時、青白く光る飛翔物が突如視界に入ってきた。月明かりに照らされてゆらゆらと浮いているそれは、強風に煽られながら必死になって前に進もうとしている。




 ……羽が生えているわね。


 もしかして、蝶々?


 それとも町長かな?……私が町長です。って違うか。


 くだらんボケを噛ましている場合じゃないわね。


 もっとよく観察しようと目を凝らして対象を観察する。




 ……!?




 羽が生えているのに、人の姿をしている……


 大きさもたぶん私と同じくらい……


 ……えっ!?まさか……


 妖精!!!?




 ビュオォォォォーーー!!!




 私がその飛翔体の正体に驚いていると、一段と強い突風が吹いた。


 妖精と思わしき者は突風に必死になって抗うが、あえなく吹き飛ばされてしまう。




 ……って、こっち来る!!?




 窓の中に妖精が突っ込んでくる!!




「ちょちょ……ちょっと!ぶつかるわよ!!?」




 風に大きくあおられた妖精は気を失っているのか、こちらの声にピクリとも反応しない。このままだと机の表面に衝突する!!


 くそっ!しょうがない!


 私はとっさの判断で妖精の着地点と思わしき場所まで全力ダッシュする!!




ダダダダダダ!!!!


ズザァァァーーーーーーーガシッ!!




「うわっっ!と……」




 妖精を受け止めた衝撃で私の身体も地面に押さえつけられる。


 最後はスラディングキャッチでなんとか間に合った。


 ふう……間一髪だったわね……




「…………」





 妖精の反応はない。


 その目は閉じられていて、意識を失ったままだ。


 お姫様抱っこの状態で妖精をそのまま確認する。




 …………




 金髪のショートヘアの女の子のようだ。

 耳がちょっと尖っている所と、蝶々みたいな羽が生えている所以外は人間とほとんど変わらない。目を瞑っていても可愛らしい女の子だということが分かる。




 うわぁ、本当に妖精だわ……実在したんだ。


 それに服を着ないというのは本当だったのね。




 一応、”大事な所”はサラシみたいなの巻いて隠しているけど、ほとんど真っ裸と言ってもいい。




……ちょっと触ってみてもいいかな?……いいよね?




 私の好奇心がムクムクと芽を出してきた。


 妖精の頬を触ってみる。




 ぷに、ぷに……




 うーむ、やわらかいな……たまご肌。


 質感といい肌触りといい、人間と変わらないじゃない。




 さわ、さわ……




 ふむふむ……


 この羽根もしっとりしていて悪くないわね……


 羽根にもちゃんと体温があることが分かる。




 すり、すり……




 うーん……


 抱き心地も良いわねぇ……


 それにこの子からなんかフローラルな花の香りがする。いい匂い……




 妖精が起きないのを良い事に、その身体を好き勝手に弄り回す私。どう考えても、所業が変態のおっさん(18歳)です。本当にありがとうございました。




 ……でも、止められない。


 これが妖精の魅惑というやつなのかしら。妖精おそるべし……




 もぞもぞ……




 私が妖精の身体を触っていると、彼女の身体が反応を示し始める。


 おっ!もう、起きそう?




 パチっ!




 ……あ、目、覚ました。


 妖精の子と目が合ってしまう。




「……!?」




 妖精の子は、私を見るなりその目を大きく見開いた。




「……大丈夫?怪我はない?」




 出来るだけ優しく彼女に声を掛ける。


 しかし、妖精の子は私の言葉に反応せず、右へ左へと首を振り状況を確認している。突然の状況に困惑しているようだ。まあ、驚くなっていう方が無理あるわよね……さっきまで外を飛んでいたんだから。それが今はこうして、訳も分からず私に抱きかかえられている状況を考えれば驚きもするわ……

 私はそんな感じで諦観していたんだけど、妖精の子はこの状態が耐えられなかったようだ。




 ジタバタ!ジタバタ!




 妖精の子が急に暴れだす!


 私の手から逃れようと、手足を振り回して私の顔や身体を殴りつけてきた!




「ちょっと、痛い!……放すから暴れないで!」




 私が妖精の子を放すと、彼女はピョン!と飛び起き、私から急いで距離をとる。




「ふぅーっ!……ふぅーっ!……」




 言葉にならない声を発しながら彼女は私を睨みつけてきた。


 こちらを酷く警戒しているようだ……




「こ、こんにちわ……ハロー……」




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