第68話 暁のオークション⑪
老人は僕の言葉を受けると、にやぁといやらしい笑みを浮かべた。
明らかに僕を軽蔑した眼差しだった。
「ふぁっ!何かと思えばお前にもいっちょ前にプライドがあるのか」
「そんなに自らの愚かさを認めるのが恥ずかしいのかな?ふぁっふぁっふぁ、青いのう」
「違います!」
僕は少し強い口調で言葉を発した。
自分の声に熱がこもっているのが自覚できる。どうやら僕は相当に腹を立てているらしい。でもこれは自分自身を悪く言われたからではない。
「……僕は自分の事は未熟だと思っているし、あなたの罵倒も甘んじて受け入れることは出来る!」
「だけど、エレノア殿下をアホだと言ったのは訂正してください!!」
「殿下以上に賢明な人物なんていないんだから!」
僕は思いっきり手を振りかざしながら反論した。
しかし、彼は僕の啖呵にもまったく動じることなく、相変わらずそのニヤついた顔を崩さない。僕の発狂ぶりを楽しんでいるのかのように、彼は僕に質問をしてきた。
「ふぁっふぁっふぁ、随分とあの王女に執心しているようじゃな、小僧」
「どこにそこまで入れ込む価値があるんじゃな?あの女の色香にでも狂おされたか!?ひゃっひゃ!」
「確かに奴は見てくれだけは悪くないのぅ。世の男どもを狂わし、国を乱れさせる程の傾国の――」
「容姿は関係ないです!!殿下の考えと提示したビジョンが素晴らしいからですよ!!!」
老人の戯言の途中で、僕は口を挟むように声を張り上げた!
まんまとこの老人の挑発に乗ってしまったが、もはや周りの目なんか関係なかった。なんで僕はこんなに熱くなっているんだろうかと驚いている。
自分でも分かっていなかった様だけど、どうやら先程の殿下の演説に相当感銘を受けていたらしい。殿下の事は以前から凄い人だとは思っていたけど、直接話を聞いてからその思いはさらに強くなった。彼女の示す多種族間の共存の未来に魅せられてしまったと言って良い。
「……殿下はいつも国の平和と未来のことを考えています」
「国に大事が発生した際は、自らが先頭に立ち場を収めた事が何度もありました」
「今僕たちがこうして平和な暮らしを享受できているのもエレノア様のおかげなんです!」
「そして今また、多種族間の友好のビジョンを提示し、新たに平和な世を築かれようとしています!」
「これの何がおかしいと言うのですか、あなたは!!?」
語気を強めて老人にそう問い返す。
この衝動の裏にあるものはやはり幼い頃の記憶によるものかもしれない……
はっきり言って、もう戦争なんて僕はゴメンだ。
権力闘争に、宗教論争。領土紛争に種族間の優劣誇示。どれも下らなすぎる……
恒久的な平和。不朽の友好。魔法科学の発展した不自由なき生活。そう言った希望ある未来を僕は求めている。
カーラ王国の他のみんなだってそうだろう。魔物という未知の脅威に怯え、目の前の生活を送ることさえ精一杯なのに、これ以上権力者たちのエゴに付き合うなんて嫌気が差しているはずだ。
僕らにとって本当に頼ることが出来る指導者というのは、エレノア殿下のような真に平和を目指しているお方のみ。そんな彼女の事をあざ笑うなんて、僕等の価値観からしたらありえないことだった。いや、僕等だけじゃない。全ての種族、全ての人間が彼女の考えに共感してくれると僕は思っている。
しかし、その考えをあざ笑うかのように行動する人物がいた……
「……ふぁっ!!片腹痛いわ!」
甲高い声があたりに響き渡った。
目の前の老人は両肩を上げ、僕の主張を一笑に付す。ニヤついた顔は既にそこになく、ただただ侮蔑の眼差しを僕に向けていた。その姿はまるで話にならんとでも言いたげだ。
「”あやつ”を信奉する理由がそんなくだらん理由であったとは」
「盲目的になった狂信者ほど始末に負えないものはないのぅ……」
「あやつや、お前のようなアホが国を滅ぼすという事を知るが良い」
ムカッ!!
ここまで言われたら流石に僕も煽り返さずにはいられなかった!
「……そう言う理由はあるんですか?」
「煽るだけなら猿でも出来ますよ……?」
「…………」
一呼吸置いて、さらに言う。
「……理由もなく吠えるなら、それを述べた”
精一杯の皮肉を込めて彼にそう言い放った。
「ふぁっ!煽りおるのう……小僧おぉっ……!!」
老人のプライドを負の意味で刺激してしまったのか、その手はブルブルと震えていた。コメカミにはこれでもかというくらい深いしわが寄ってしまっている。
どうやらこの人はよほど”人間以下”と言われるのが嫌なようだ……
エレノア殿下や僕個人と言うより、人間自体を蔑んでいることが嫌でも伝わってくる……
「よかろう、貴様の挑発に乗ってやる……」
彼は指輪が付けられた右手の人差指を僕に向け、怒りを抑えるかのようにその手をギュッと握り締めた。付けられた指輪には白色の宝石が付いており、その中央には濁った一筋の黒い線があった。見方によっては何かの動物の瞳のようにも見える。
あれは魔法アイテムなんだろうか……?
何か嫌な波動をあそこから感じる……
彼は静かな怒りを宿しながら、ゆっくりと語り出した。
「ワシが奴を”アホだ”と言った理由はな……あやつが行き過ぎた宥和主義者じゃからよ」
「お前の愛する国を売り払おうとする
「……はぁ!?」
いきなりとんでもない事を言われて、僕は仰天する。
何を言っているんだ?この人は!?
殿下が国を売る様な真似?
馬鹿げている……
「……意味がわかりません」
「じゃろうな。平和を盲信しているやつには見えぬのよ。あやつの危険性をな」
「…………」
僕は思うところがあったが、黙って続きを聞く。
「永遠の平和?不朽の結束と友好の証?……ふん、くだらん!」
「そんなものは見せかけの幻想でしかない」
「相互共栄だ、平等な社会の実現だ、といくら耳障りの良い言葉を並べ立てても、所詮この世は弱肉強食……」
「強者が弱者を滅ぼし、あるいは屈服させ、限られた果実を奪い合う……それが不変の真理よ」
「愛だ倫理だ権利だといくら唱えても、誰しもが本当に可愛いのは己の身だけ」
「己の欲を満たすためなら、弱者からあらん限りのモノを奪い尽くし、犯し尽くす!……これが生あるものの性よ」
「小僧……まさかこれすらも否定すまいな?」
「…………」
彼の主張は理解できるところもある。
僕たちが他の生物から糧を得ている事実を考えれば、真実である部分もあるだろう……
でも……!
「確かに、あなたの主張の理解できる部分はある……」
「……だけど僕たちは他人を慈しみ、愛し、お互いがルールを尊び、秩序ある生活を送ることが出来るでしょう!?」
「単純に奪い、奪われる生活をしていたら僕たちは文明を築くことは出来ていない」
「……ふぁっ!」
反論した僕の主張を老人はまたしても一笑に付した。
「そのルールとは、秩序とは誰が作ったというのじゃ!?国家じゃろう!!?」
「軍という圧倒的な力を有する”国家”という強者が”民”という弱者から効率的に搾取する為に作られたものがルール、すわなち”法”よ」
「法とはすなわち強者の為にあり、それを破れば”権力”という軍によって裏付けされた力によって弱者は裁かれる……」
「ルールだ、秩序だと言いながら強者が弱者を従えている図であることは変わらん」
「……全ては”力”あっての事よ。”力”こそ全ての寄る辺となるものであり、基本となるもの……」
「力なき者は隷属させられるか、全てのものを奪われる……それが世の理よ」
「……くっ!」
……悔しいけど、彼の主張はほとんど正しいと思ってしまっている自分がいる。
それは他ならぬ自分自身が経験してきたことだからだ。
でも、まだ納得できない!
「……それなら、今のこの異種族間の友好関係はどう説明するんですか?」
「昔は争いに次ぐ争いをしていたと聞きますが、今はこうしてお互いの種族で交流があり、共に平和を分かち合っているではないですか!?」
「……ふん。それは所詮、ある時点で種族同士の力の釣り合いが取れたからに過ぎん……」
「小僧……なぜ我々”人”と
「……えっ!?」
老人から思いも寄らない問いかけが投げられ僕は困惑する。
今までそんな事考えたこともなかった……
「……それはお互いが平和を望んでいたからではないですか」
「ふぁっ!アホめが!」
「それは貴様らインフェリアが生意気にも
「……!?」
……えっ。そうなのか!?
これは完全に初耳だった。
確かに人間社会はギルドや権力者が神話のアイテムたちを多数所持していたのは分かっていた。しかし、それが実は平和の役にも立っていたという事なのか?
「考えても見よ……貴様らインフェリアは我々と比べてみても魔力も、魔法技術も、寿命すらも種として劣っておる……」
……っ!
頭にくるけど、残念ながらこれは事実だ。
魔法科学の最先端の技術を有しているのは人間ではなく、魔族側だ。彼らは人間より絶対数は少ないものの、優れた寿命、優れた魔法技術、優れた魔法力を有している。
「他の亜人や獣人にしてもそうよ……」
「彼らはお前達より優れた戦闘力を持ち強大な勢力を誇りながら、何故、インフェリアなどという種として劣る者と連むのか……?」
「何故、種として劣りながら豊穣の大地を有している者達の国土を奪うことをしないのか……?」
「答えは明白……貴様達が
「…………」
老人の言葉が僕の胸に衝撃とともに突き刺さる……
彼の言っている事は理に適っている……だけど、何かが違う!僕は仕事を通じて、これまで多くの異種族と関わって来た。彼らとは話す言語、習慣は違えどコミュニケーションはきちんと取れていた。各々の種族が文明を持ち、確固たる歴史と自負を有していた。
……僕たちはお互いを理解し合い、尊敬し合える事ができるだろう!
「……あなたの言っていることは極論すぎる」
「いがみ合いや争いは確かにあるかもしれない。強者が弱者を虐げるのも事実でしょう……」
「だけど!……僕たちは理解し合える!話し合うことが出来る!相手の欠点を受け入れる事が出来る!」
「ただ単に”力”で物事の全てが決まるわけじゃない!」
「コミュニケーションを取ることさえ出来れば、僕たちは力など関係なく平和を維持することは出来る!!」
僕の精一杯の反論だった。
力関係だけで、全てが決まるわけじゃない。相手を思いやる心、慈愛と言った精神は種族の壁を超えるだろう。これが僕の揺るぎない信念だった。
……しかし、目の前の老人はそんな僕の信念を「砂上の楼閣」とでも言わんばかりにあざ笑った。そして、それを崩すようなある問いかけをしてきたのだ……
「ふぁっ!!ここまで述べて、まだそんな幻想に固執するか、小僧!」
「よかろう……アホな貴様にも分かりやすいように、一つ例え話をしてやろう……」
「例え話……?」
ここに来て、何の話をするんだ……?
「ある人間の国が2ヶ国あったとする。お互いの国は歴史的にいがみ合い、争いを続けてきた仲じゃ」
「2国の力はほとんど同等じゃが、国土の豊かさは異なっておった……」
「一方の国は北方に位置し、食べる物にも事欠く始末で人口も少なかったが、魔法科学力は優れておった」
「一方の国は南方に位置し、食料・資源も豊富で人口も多かったが、北方の国と比べ魔法科学力は劣っておった」
「…………」
……この2ヶ国が何を比喩しているのか僕でもすぐ分かった。
”魔族”と”人間”だ。
この老人はこんな手の混んだ比喩まで使って何を言いたいんだ?
「お互いの国の力は同等だった為、相手の国を攻めてもお互い疲弊するだけじゃった。その為、戦争に発展することは稀じゃった」
「ところが、ある日……南の国の人間が突然『アリ』になったのじゃ!」
「……はぁ!?」
なんだそりゃぁ!?
あまりの話の展開に僕は驚く。とんでもない展開に口をポカーンとあけ呆然としてしまった。
しかし、老人は僕のそんな反応など気にせず続けてくる。
「この『アリ』は小さいが喋れてのぅ……知識も人間と同等だしコミュニケーションを取ることが可能じゃ」
「しかし、このアリは余りにも五月蝿かった。ピーチクパーチク、やれ”人権”だ、”平和”だ、”友好”だと騒ぎ立ておる」
「さらには、時たま北方の人間を噛みおる……特に害を及ぼすことは無かったが、噛まれたらとにかく痒かった」
「アリ達は行いを償う事もせず、絶対にその領土を渡そうとしなかった。北方の人間は相変わらず飢えたままじゃ……」
「さて……ここで貴様に質問じゃ、小僧……」
老人はそこまで話すと、こちらを見てほくそ笑んだ。
「……北方の人間はこの後どうすると思う?どういう結末にするのが最も自然じゃな?」
「…………」
……
僕はすぐに彼の問いに答えられなかった。
なんて、意地悪な質問だよ……こんなの答えられるわけない。
いや、答えはある……
そして、おそらくこの人はその答えを待ち望んでいることも……
「さあ、言うてみい!」
「ほれ、どうした!?大した事を聞いているわけでもあるまい?ただ素直に思ったことを言えばいいだけの話じゃ」
「……うっ、それは……」
素直に言えない……
これを言ったら、僕の信念が崩れてしまう気がする……
何か良い答えはないかと頭の中で探すが、何も思い浮かばない……
そんな僕が狼狽える姿を見て、老人は愉快げに声を立てて笑った。
「ヒャッヒャっヒャ!……答えられぬのか?」
「では、ワシが模範解答を言うことになってしまうが、それで良いかの?」
「…………」
駄目だ……言い返すことが出来ない……
僕は力なく首を縦に振った。
「ふぁはっはっは、よかろう!!」
「答えはな……『アリを踏み潰して土地を奪う』じゃ!」
「くっ……!」
思わず、悔しさで唇を噛む。
「そうじゃろう?肥沃な土地に住んでいるピーチクうるさいアリは有無を言わさず踏み潰して土地を奪うじゃろう!?」
「相手が虫のように無力な相手に対して会話など成立するはずもなかろう」
「自分と同等もしくはそれ以上に力を持っている相手ならいざしらず、自分より遥かに劣る相手に対して我慢する奴なんかおりゃせん」
「さっさと踏み潰し!!叩き潰し!!その土地の資源を奪う!!」
「これが、最も合理的かつ自然の摂理に沿った考え方よ!」
老人は勝ち誇ったように、声高に言い放って来た。
僕は老人から思わず顔を背ける。
「……これで分かったじゃろう!?ワシがあの王女を売女といった理由が?」
「あやつは”力”の根源たる
「これをアホと呼ばず、誰をアホと呼べばよいのかのぅ……?ふぁははははっ!!!」
「…………」
老人の下卑た笑い声が僕の耳に木霊する。
自分が情けなかった……
敬愛するエレノア殿下の事をアホ呼ばわりされているのに、まともに言い返すことが出来ない自分が……
「――――皆様、お待たせいたしました。これよりオークションを再開いたします!」
会場の中央を振り向くと、壇上に再び司会の人が姿を現していた。
どうやら2品目のオークションがもうスタートするようだ。
「……さて、ワシもそろそろ行くとするかの」
ガタッ!
司会の声が会場に響き渡ると、僕を尻目に老人は席を立った。
そして、ゆっくりと壇上の方へ歩き出す。
「…………」
僕は黙って彼を見送る。
もはや、あの老人と話す気にはなれなかった。しかし、彼は途中でその場でピタッと止まると、僅かに首をこちらに傾けて声を掛けてきた。
「……ああ、安心するが良いぞ。インフェリアの小僧」
「……えっ?」
老人はニヤァと不敵な笑みを浮かべる。
「今言った事は所詮ただの例え話じゃ。お前たちが実際に”アリ”に変身するわけではない」
「ワシらがいずれ”神”に等しい存在になるだけじゃ」
「そうなった時、お前達は”アリ”として扱われる事になるかもしれんがな……ひゃっひゃっひゃ……」
意味深な言葉を残し、老人はそのまま人混みの中に去っていった……
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