第70話 オークション幕間② ~妖精との問答~
ニコッ!
私は場の緊張をほぐそうと、妖精に愛想笑いをした。
「ふぅーっ!」
しかし、妖精は相変わらずこちらへの警戒を解こうとしない。言葉を発さず、威嚇するかのように吐息を漏らしている。
ネコかあんたは・・・
妖精に無言でツッコミを入れる。
……そう言えば、妖精は言葉を話す事が出来ないんだったわよね。
エノクから聞いた話によると、妖精たちは知性も人間とほぼ同等だし、コミュニケーション自体は取ることが出来るという。しかし、妖精同士の会話は魔力波による”念話”の為、普通の人間には彼女たちの会話は理解できない。
エノクのように
なら、この子も私の言葉を理解できるはずよね……?
「……ねえ!あなた妖精でしょ?」
「私の言葉は分かる?」
妖精にそう問いかける。
「…………」
だが、妖精はこちらを無言で睨みつけたままだ。
私の言葉になにも反応しない。
理解しているのかな……これ。
だけど、ダメ元で会話を続けてみるしかないわね……
そう考えた私は妖精への説得を続けた。
「そんな警戒しないで!私は何もあなたに危害を加えたりしないわよ」
「むしろさっきあなたを助けてあげたのよ?」
「この机に衝突しそうになってたあなたを私が受け止めたんだから」
「……!?」
ピクッ!
私の今の言葉に妖精の目が大きく見開いた。
眉をしかめ、その顔に戸惑いの表情が浮かぶ。
反応した!?
ということは……
「……私の言葉分かる?」
「分かるんだったら、頷いてみて」
「…………」
私が妖精にそう問いかけると、妖精の緑色の瞳は私を真っ直ぐに捉えてきた。
その様子は私の言葉の真偽を測ろうとしているような印象を受ける。
「…………」
「…………」
……妖精の子と私は見つめ合う状態になり、お互い無言の時間が流れる。
そして、しばらくそんな状態が続いた後……
コクッ……
彼女はこちらに厳しい視線を向けつつも、首を一回縦に振ってきた。
……おおっ!今頷いたよね!?
やっぱり分かるんじゃない!
妖精の女の子とコミュニケーションが取れると分かって、嬉しさがこみ上げてくる。ファンタジー世界の代名詞、”妖精”と意思疎通できたなんて友達に100回自慢できる。某SNSで呟いたら”いいね”を100万個貰えるかもしれない!
私がそんな感じで心の中で舞い上がっていると、妖精の方に動きがあった。
「……うん?」
彼女は口をパクパクしながら何かのジェスチャーをしている様だ。
私を指差して……首をかしげている……
なにを言いたいのかしら……?
再び沈黙の時間が流れる。
妖精の子はジェスチャーをした後、こちらを”ジーッ”と見つめてきている。こちらの反応を伺っているようだ。
うーん……はっきり分からないんだけど、
でもまあ、私を指差しているんだから私の事を聞いてきていると考えるのが普通よね。
「えーっと……私の事を聞いているの?」
コクッ
私の問いに妖精が頷く。
やっぱりそうか。
「私の名前はレイナっていうの。こう見えても人間なのよ」
「……!?」
そのセリフを聞いて、妖精は再び大きく目を開いた。疑念に満ちた視線を私に向けてくる。その目は「はぁ……!?嘘だろう」とでも言いたげだ。
ジーーーッ
「…………」
私は無言でその視線を受けていた。敵意は先程より薄れたが、明らかに私のことをまだ信用できていない目線だった。
仕方ないけどね……
こんな小さい人間なんて見たことないだろうし。
でもまあ、時間を掛ければ信じて貰えるでしょ……
そう思案していた私に、妖精は再びジェスチャーをしてきた。また、なんか言ってこようとしているわね。
なになに……
彼女は再び私を指差してくる。
そして、羽根をバタつかせ、その両手をめいいっぱいに広げ、つま先立ちになりながらバンザイの格好をした。先程よりもジェスチャーの挙動が大きく動きがある。
…………
分からん……
なんて言っているのか、全く想像がつかない。ジェスチャーが大げさに動いている所をみると、なにか必死になって尋ねたいことなんだろうけど……
会ったばかりだから私の出自について聞いているのかもしれない。
一応確認してみるか。
「えーっと……『あなたはどこから来たんですか?』って聞いている?」
フルフル
妖精は首を振る。
違うか……
さっき羽根をバタつかせていたから、もしかして……
「じゃあ……『あなたは空を飛ぶことが出来ますか?』って聞いてる?」
フルフル
また、妖精の子は首を振った。
これも、違うか……
えーいっ!色々質問を変えてみるしかないわね。
「『あなたはどうやって私を助けたんですか?』……とか」
フルフル
「『私を助けたあなたの目的は何ですか?』」
フルフル
「それなら……『ねえ、あなたちょっとバンザイしてジャンプしてみてよ!ジャンプ!』……は、どうだ!?」
フルフル
全部ハズレ……
ていうか、最後の質問は半ばヤケで聞いた質問だし。
うーん、何を聞こうとしているのかしら……ちょっと考えるか。
そのまましばしの間、下を見て考えこむ私。
そうしたら……
スゥーーーー……
妖精がいつの間にか窓から出ていこうとしてた!
「ちょっ!……ちょっと!!音もなく急に飛び立とうとしないでくれる!!?」
「もう少し待っててよ!今考えている所なんだからさぁ!」
私は必死になって妖精を呼び止める。彼女は空中で羽根をひらひらとさせながら、うんざりした顔で私を見下ろしてきた。今すぐにでもここから出て行きたそうな感じだ。
こいつ……私とのやり取りに飽きやがったわね!?
冗談じゃないわ……!
あなたは私に用がないかもしれないけど、私はあなたに用があるのよっ!
人里に滅多に姿を表すことがない妖精との邂逅だ。ここで彼女を逃したら私は何も得ることが出来ない。私はどうしても彼女に教えてもらいたいことがあったのだ。
「……私はあなたを助けてあげたのよ!?」
「もう少しくらい私に付き合ってくれてもいいんじゃないの!!?」
懇願するように妖精に声を掛けた。
ここで別れたら、2度と合えないだろうから、私もなりふり構っていられなかった。
「…………」
私のセリフを受けて妖精は凄い嫌そうな表情をする。
しかし、相手の良心に訴えるこの言葉は流石に効いたらしく、彼女はしぶしぶと舞い降りてきた。
……よしっ!なんとか引き留めることが出来たわね。
ただ、本番はここからだ。
「ねえ!もう一回さっきのやってみてくれる?」
「…………」
「お願い!」
妖精はしばし躊躇していたが、再度私にジェスチャーをしてきた。
私は今度こそ理解してやろうと、その動向を注意深く見守る。
…………
彼女は私を指差し、両手を花が開くように大きく広げた。
そして最後に、両の手のひらを上に向け、肩をすくめながら首をかしげた。
……って、さっきと動きが全然違うんだけど!!?
妖精に心のなかでツッコミを入れる。
今回は羽根も別に動いていないし、つま先立ちもしていない。首をかしげるなんて動作はさっきはしていなかった。
「ねぇ……一応確認だけど」
「今のって、さっきと同じことを聞いてきているのよね……?」
コクッ
妖精は私の問いかけに頷いた。
マジかぁ~……でもそれなら動きが違うけど同じものを表現しているってことよね?
ここに解決の糸口があると思うんだけどなぁ。
……うーん……でもやっぱり分からん。
ジトーーーーーーッ……
思案している間にも、妖精の訝しげな視線が私に突き刺さる。
妖精はまだかまだかと、腕を組みながら指を叩いていた。
うっ……この沈黙の時間が重たいわね……
この子とコミュニケーションを取りたいだけなのに、これじゃ本末転倒じゃない……
こちらはただ、彼女と友達になりたいだけなのだ。
質問の答え探しにフォーカスしすぎているのかもしれない。
もっと明るい雰囲気で接して、友好関係を築くためにはどうすればいいか……
…………
よしっ!それなら……!
「あっ!分かったわよ!」
私は一変して明るい声の調子で、ポンと手を打った!
声の調子に妖精もピクッと反応し、こちらを注視する。
「あなたの質問だけど、『あなたは美人で、おしとやかで、誠実ですか?』……って聞きたかったんでしょ?」
「…………」
妖精にウインクする。
「いやぁ、中々気づけなくてごめんねぇ~?」
「時間掛かったけど、答えはもちろん全部イエスよ!」
「…………」
「私は、美人で、おしとやかで、性格もよくて、信頼もできる、とっても良い人間なの!」
「だから私とお友達になりましょ?」
「………………」
ニコッ!
私は天使の微笑みを見せながら、握手しようと手のひらを差し出した。
よしっ……!これで完璧!!
ズゥォォォォオオオオオオ……!!
妖精がリフトオフした!
すごい速さで大気圏外に脱出しようとする!!
「待てぇぇぇい!!」
ガシッ!!
だが、私はすんでのところで妖精を捉え、飛び立とうとした彼女の背中に張り付いた!
ジタバタジタバタ!
妖精が必死になって私を振り払おうとする!
「ご……ごめんって!暗い雰囲気を振り払おうとしただけじゃないの!」
「しょうがないじゃない!……こっちはあなたの言葉が分からないんだからさぁ~……」
「お願い!あともうちょい!ちょっとだけでいいからさぁ!」
暴れる妖精に必死になって懇願する。
「…………」
妖精はそれを聞くと、暴れるのを止めこちらを振り返った。
ジロッーー、とこちらを見つめながら、人差し指をピンと立て首を傾けた。
なんかこれは直感的に理解できた。
”本当に?後1回だけだよ?”と言ってきているんだ。
……なんでこれは分かって、さっきのは分からないのよ!
「うん!後一回だけ!……ねっ?お願い」
「…………」
コクッ……
妖精の子はしぶしぶという感じで頷いた。
それを見て私も妖精を放す。
ふぅ、なんとか首の皮一枚繋がった……
こうなったらもうあれしかないわね……
「……ねえ!あなたは人間の文字の読み書きは出来る?」
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