第40話 神話とバッドステータス




「そうね……まずはバッドステータスの逸話について話しておこうかしら……」


「バッドステータスの治癒が神話で謳われているというのは坊やも知っているわね?」


「はい……知っていますが、意味がちょっと分からなかったです」




 僕もバッドステータスの治癒を探すという話が出た後は、その部分の神話に関する本を読み漁った。

 しかし、話が抽象的でハッキリ言って意味が分からなかった。深く掘り下げれば何かしらの意味があるのかもしれないけど……




「神話にはこう謳われているわ」


「【罪深き魂がその業を神の座する社に奉納したとき神はその罪の一部を浄化した】と」


「はい……そうですね」




 当然その部分は僕も知っている。訳が分からなかったけど。

 そもそもバッドステータスは大魔王が掛けた呪いだったはずなのに、なんでここで急に神が出てくるのかが分からなかった。まあ、神話なんて人物の錯誤が激しいから気にしても意味ないんだろうけど。




「これの意味についてはいろいろな解釈があるんだけど、次の説が一番しっくりきたわ」


「”罪深き魂の業”とは【その者の前世で死ぬ直接の切っ掛けになったもの】という解釈よ」


「前世で死ぬ直接のきっかけになったもの……ですか」


「そう。神に言わせれば生命には設定された寿命というものがあり、それを満たさず死んだ者は”罪”を犯したことになるらしいの」


「そして、その直接の原因となったものが業になり、それを奉納することによって罪の一部が赦されるという訳」


「なるほど……」




 僕は彼女の言葉に頷いた。


 死ぬ直接の原因となったものか……


 レイナがあの年で自然死したとは考えにくい。彼女にも死んだ原因があるはずだと思うけど……なんだろう。レイナにはそこら辺ちゃんと聞いたことなかったな。後で話を聞いておかないと。


 僕がそうやって考えを巡らしているとオーゼットさんはさらに話を続けてきた。




「ただし、奉納するものは魔力を内に秘めたもので、神話や伝説級の力を持ったアイテムでないとダメだという話よ」


「神にお願いするときには奉納するものもそれに相応しい霊験あらたかなものじゃないとダメなんですって……」


「ふっ、笑っちゃうわよね。何様なのよって感じ」




 オーゼットさんが肩をすくめて軽蔑の笑みを浮かべている。

 冒険者は意外に信心深い人が多いという話を聞くけど、どうやら彼女はそれには当てはまっていないようだ。

 彼女は目を閉じて、侮蔑的態度を取りながら耳に掛かっている髪を掻き上げた。そこには、神なんて知ったこっちゃないという彼女の驕傲きょうごうが滲み出ている。




「あとは……そうね」


「”神の座する社”とやらが何なのかは私は分からないし、それがどこにあるのかも知らないわ」


「これ以上の詳しい話を聞きたいのなら”エルフ”にでも聞いてみる事ね」


「エルフ……ですか?」




 僕は彼女に問い返した。


 彼女は目を開き僕を見据えると、ふてぶてしい態度で言葉を発してきた。




「そうよ。この話はエルフから知った話だから信頼は出来るわ」


「森に引きこもっている分際の癖に私達を見下してる”クソッタレ”な種族だけど、長年生きてるだけあって知識だけは豊富だからね」


「”知識だけ”は認めざるを得ないのよ。他は虫以下だけどね……」


「ふん……私の知っていることは以上よ」




 ……そう言って締めくくったオーゼットさんの言葉の端々にはトゲがあった。

 

 彼女はエルフの事もどうやら気に入らないようだ。

 確かに、あまり他種族との交流をしたがらない種族ではあるし、自分たち以外の種族は下に見ているとは聞くけど、そこまで敵意を向ける意味が分からなかった。彼女はエルフと何かひと悶着でもあったのだろうか?


 まあ、流石にそこは聞くわけにはいかないけど……


 しかし、エルフか。

 大陸最北端にある大森林地帯は人類が踏み入れたことがない未開の地が広がっているという。そこのどこかにエルフの聖域に繋がっている場所があると聞くが、一般の人達には知れ渡っていない。

 恐らく知っているのは一部の腕利きの冒険者達のみ。エルフはとにかく秘密主義なのだ。加えて、大森林地帯周辺にはLv50を超えたモンスターや凶悪なトラップが魑魅魍魎ちみもうりょうのように跋扈ばっこしているという。

 オーゼットさんがどうやってバッドステータスの治癒の情報をエルフから仕入れる事が出来たのかは分からないけどそういう情報を仕入れることが出来たのは彼女が一流の冒険者だという証に他ならなかった。

 僕が今大森林に向かっても自殺行為もいい所だ。腕の立つ冒険者と共に行動するか、僕自身がLvアップして熟練の冒険者に引けを取らないくらいに強くならないとエルフの聖域に辿り着くことは不可能だ。


 僕はそのまま思索に耽りたかったが、彼女にお礼を言う事が先だという事を思い出した。




「あ、あの。ありがとうございます」


「オーゼットさんのおかげできっかけが掴めた気がします」


「…………」




 ん……どうしたんだろう?


 彼女が腕を組んだ状態で無表情でこちら側を見つめていた。ただし、僕を見ているわけではない。彼女の琥珀の瞳はなにものも捉えていなかった。その心情を伺い知ることは出来ない。

 

 僕が彼女の反応に戸惑っていると、彼女が僕の様子に気付いたようだ。彼女が悪びれることなく僕に言葉を返す。




「あら、失礼」


「私に”ゲームで勝った”坊やに何をご褒美で上げようか迷っていたところなのよ」


「珍しくゲームに負けちゃったからね……」


「ふふっ……でも、今決まったわ」




 直後、彼女は何を思ったのかバサりとコットをたなびかせた後、その席を立った。

 

 そして、僕を尻目に見ながら、円卓の外周に沿ってこちらに近づいてくる。


 カツン……カツン……と彼女の足音が周囲に響き渡った。




 ……


 …………!!?


 ゴクッ……




 ……僕は近づいてくる彼女の様子を見た時、彼女の余りの変貌ぶりに息をのんだ……


 その眼は嗜虐心に溢れ、大きくニヤリと上げられた口角は彼女を人間以外の別な者へと変えていた……


 今の彼女の容貌はまさに魔女というにふさわしい……


 彼女から発せられる気は邪なる空気に満ちており、その言葉は凍てつくような冷たさを放っていた。




「自分の幸運に感謝しなさい……」


「いつもなら、ゲームなんて仕掛けずにサクッと炙り出したら、キュッと搾り取って、そのまま私の”玩具おもちゃ”にしちゃうんだから……ふふっ」


「…………」




 僕はなんとか言葉を紡ごうとしたが、まともに言葉を発することが出来ない。

 しかし、彼女はこちらの様子を気にすることもなくそのまま僕が座っているイスの横まで来ると、薄く開いた瞼の下に真紅に燃えた瞳を宿しながら僕を見下ろした。


 僕は椅子に腰かけながらそんな彼女の顔を見上げる。




 ……なっ、なんて……大きいんだ……




 それは感覚的なものだったのかもしれない。

 彼女の身長は僕より少し高いがそこまで長身という程でもない。165cm前後というところだろう。

 彼女は立ち、僕は座っているのだから、彼女の顔が上に来るのは当たり前。


 そう……当たり前のはずなんだけど……


 彼女の顔を見ようと顔を上にあげても、まだそれでも足りなかった。今見えているのは網目に包まれた流れるような曲線美を魅せる彼女の脚だった。顔を上げる角度を上にあげてしばらくすると引き締まった腰のあたりが垣間見える。

 そして、さらに顔を真上に垂直に上げてようやくその豊かな胸とこちらを見下ろしている彼女の顔と対面できる。実際に顔を上げたわけではないし、そんなものが視界に入っている訳でもない。しかし、彼女から発せられる巨大なオーラと僕のちっぽけなオーラが彼我の立場関係を幻想させた。

 彼女は遥かな高みから僕を見下ろした状態でニヤリと笑うと、懐からイヤリングくらいの小さな石を2つ取り出した。その石は菱形の形状をしていて銀色の輝きを放っている。




「坊やにはこれを上げるわ」


「………これは?」


「これはディバイドストーン。持ち主の得られる経験を共有するアイテムよ」


「えっ……!!?」




 ディバイドストーン……伝説のアイテムじゃないか!!!


 売れば100万クレジットはくだらないぞ……




「ゲームの報酬として受け取りなさい」


「この私に勝った生涯の誇りとして持っておくことね……」




 無意識のうちに両手を差し出していた。彼女はそんな僕の両手にちょこんと石を置く。


 僕は彼女から石を受け取りながら昨日のレイナの言葉を思い出していた…………







「なぜならね……彼女は絶対に自分を”矮小”だと見られるようにする女じゃないわ」




 レイナが手のひらを僕に見せながらそう断言してきた。


 9万クレジットより安いモノを要求したとしても、それより良いものをくれるだろうという彼女の推測だ。

 僕は彼女に言葉を訊き返した。




「矮小……かい?」


「そうよ。エノクに聞きたいんだけど、オーゼットさんがLv50を超えていることや、依頼料がはした金であると言われた時どう感じた?」


「僕かい?そりゃ、凄い人で、僕なんかとても手の届かない存在だと思ったけど……」




 彼女の言動もそうだし、何より彼女から発せられるあの圧倒的な威圧感が僕にそう思わせた。

 それはまさに熟練の冒険者たるに相応しい威力を誇っており、僕なんかとは比較にならない別次元の存在、絶対的な強者。彼女を前にしていると自分が全く取るに足らない人間だと思えてしまう。




「じゃ、もう一つ質問」


「エノクが明日のゲームに勝って、報酬は安いもので良いと彼女に交渉した。そして、彼女が実際に9万クレジットより安いモノをくれたとする」


「エノクはその時どう感じる?」


「えっ……そりゃあ、交渉通りだし、しょうがないと思うけど……」




 実際にこちらから交渉を持ちかけたことだし、それで安いモノを掴まされても文句はいえないはずだ。ただ……思う事がないわけではない。

 レイナはそんな僕の心情を見通しているのかさらに質問を重ねてきた。




「他には?」


「他かい?そりゃあ……」


「なんか”ケチくさいな”とか、”器が小さいな”とか思わなかった?」


「…………」


「しょうがないと思っているってことはエノクも少しは感じているんじゃない?」


「こちらとしては絶対に勝てないゲームに乗って、さらには報酬は安いものでいいと譲歩をしている。条件は絶対的にこちらが悪い」


「そんな悪い条件でこちらが勝利を収めたのに本当にチープなモノしかくれなったら、私ならガッカリするわね」


「あっ、こいつ大したことないな……って思うわよ。相手がそれまでどんなに威容を誇っている人間であろうとね」


「プライドの高い彼女の事だもの。そんな風に見られるのは絶対に許容できないはずよ」




 レイナはそう言ってオーゼットさんの話を締めくくった。







 昨日のレイナの言ったことはドンピシャだった。


 どうやら”頼れるお姉さん”というのは伊達ではなかったらしい。目の前で銀色の輝きを放つ2つの石を眺めながらその感想が頭に浮かんできた。

 オーゼットさんがそんな僕の様子を尻目に言葉を継いでくる。




「今日のは中々いい演技だったわよ。坊や……」


「見事に坊やの作戦にハマっちゃったわ」


「それとも、坊やが守りたい”誰かさん”にでも仕込まれたのかしら……?ふふっ」




 彼女が顎に右手を当てながらニヤリと笑う。


 ……どうやら僕の演技も含めこれまでの作戦を彼女は看破しているようだ。


 普通なら罠にはめられたことに気付いたら怒ると思うんだけど、彼女の余裕はまるで崩れなかった。


 その余裕は一体どこから来るんだ……?


 圧倒的強者の余裕からだろうか。その境地に至ったことがない僕には分からない。




「坊やが冒険に出た後が楽しみね……」


「冒険者は時にお互いが殺し合う事もある修羅の道……」


「戦場においては真の強者のみが生き残ることを許される」


「…………」


「今回は勝ちを譲ってあげたけど、次はそうは行かないわよ坊や……ふふっ」




 …………!!?




 そう言った後、かすかな笑みをたたえて、彼女の顔が僕に近づいてきた……


 それにつられ彼女の肢体も僕に接近し衝突する。彼女の鮮やかな青髪と、シミ一つない透き通るような褐色の肌。そして琥珀の瞳が大きくなっていく……


 僕の目の前は彼女の美しい顔で一杯だった……


 彼女は愛おしそうに僕の頬をその手で撫でてきた。さらには彼女の女性らしい柔らかな2つの感触と体温。彼女から発せられる甘い香りが僕の身体を包み込んでくる……


 余りの心地よさに僕はそれ以上何も考えられなかった……


 彼女の強烈な誘惑に僕は思わずイキそうになってしまう。彼女の唇と僕の唇が邂逅を重ねる瞬間……彼女の唇はふわりとそれを躱し、僕の耳へと舞い降りてきた。


 そして愛しい者同士が愛の告白をするかのようにそっと僕に囁いてきた……




「今度もし戦場で会ったら坊やの事…………踏み潰してあげる」




 そう言ってシトラスの甘い香りを僕に残した後、彼女はその場を去っていった。




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