第41話 ディバイドストーン




 シュ……シュ……



 目の前の作業台でエノクが石を削いでいる音がする。

 その手には石に穴を空ける魔法のビットが握られている。先端に魔力を込めることによってピンポイントで対象に小さな穴を空けられる道具らしい。

 そして削がれているものは銀色の輝きを放つダイヤモンドの形をした2つの石だった。




「はぁ、凄いわねぇ……」




 私は作業を間近に見ながら彼の手際の良さにいつもながら感心していた。私の仮設住宅を作っていた時もそうだ。彼の工作は流れるように洗練されていてその動きにもまるで無駄がない。今やっている作業はそれと比べれば全然大したことはないのだけど、熟練した匠の技は見ているだけで飽きない。

 エノクはあっという間に2つの石の上部に小さな穴を開けるとそこに金属製のチェーンを通した。石はネックレスのような形にその姿を変えている。




「よしっ!出来たよ」




 エノクはそう言葉を発すると嬉しそうに私に笑顔を向けてきた。




「はい、これがレイナの分ね?」




 エノクは私に一対のネックレスの片方を渡して来た。


 私は両手でそれを受け取る。




「おおっ……!」




 私は思わず感嘆の声を上げてしまった。


 なんか本物の宝石っぽい。本体の宝石は今の私にとっては小さなポーチくらいの大きさだろうか。直径で言えば2cmくらい。チェーンの長さはわたし用に調節されていてかなり短かった。これだったら私も首からぶら下げていられるだろう。




「ありがとう。これ凄い高い物なんでしょう?」


「なんか悪いわね……」




 私はエノクにお礼を言った。




「いや、そんな……これを手に入れることが出来たのはレイナのおかげさ」


「まさかこんな良いものを手に入れられるとは思わなかったよ」




 エノクがはにかんだ笑顔で私に答えた。その声色は軽やかで嬉しさに満ちている。彼のそんな姿に私も自然と笑顔がこぼれてきた。


 ふふっ、良かった……


 どうやら少しはエノクの役に立てたようね。無駄飯食いだった私がようやくこれで少し恩を返せた気がする。彼の喜んでいる姿は私にとっても望外の喜びだった。

 この石はオーゼットさんからゲームに勝った報酬として彼女から貰ったものだ。非常に高価な石のようで、市場においては時に数百万クレジットで取引されている代物だという。




「ディバイドストーンって言ってたわよね?具体的な効果は何なの?」




 私はエノクに石の効果について尋ねた。エノクは眼鏡をくいっと右手で上にあげると石の説明を始めた。




「結論から言ってしまえば得られる経験を共有するアイテムだね」


「2つで1対をなすアイテムで、身に着けている人の経験を半分にする代わりに、対で着けている人の経験の半分が入ってくる」


「ベテランの冒険者のパーティでよく使われるアイテムなんだ」


「ふーん……冒険者用のアイテムって事?」




 私はさらに問いかけた。




「そうだね。まあ、伝説のアイテムだからそう安々と手に入れられる代物じゃないけどね」


「ベテランの冒険者のパーティから欠員が出ると新人を補充しなければならない時がある」


「入ってくる新人がそのパーティのレベルに追いついていればいいんだけど、大体は先任のレベルには達していないんだ」


「その時に効果が発揮されるアイテムという事だね」


「なるほどね……」




 私は彼の言葉に頷きながら納得した。

 パーティで行動することが基本だというのはこの世界も同じか。冒険者といえど、よほど自分の腕に自信がある者じゃない限り単独行動はしないということかしらね。 しかし、そうなるといずれ仲間との別れが必ずやってくる。それは個人的な理由で抜けただけなのか、あるいは戦場での死に別れなのか、まあ理由は様々だろうけど……とにかく必ずそういう場面に遅かれ早かれ出くわす。

 しかし、そこで問題になるのが抜けた者の穴をどうするかだ。最初からLvが高い冒険者が運良く入ってくるのならいいけど、そういう事は稀なのだろう。大抵はLvの低い新人が入ってくる。その場合はパーティのバランスを取るためにも速やかに新人のレベルを上げて即戦力にしなければならない。

 そこで役に立つアイテムがこの”ディバイドストーン”という訳だ。一方をLvが高い熟練の冒険者に、もう一方を新人に着ければ、熟練の冒険者が得る経験の半分が新人に流れてくる。熟練の冒険者ほど得られる経験が多くなるのが道理だろうし、その半分でも入ってくるのなら新人が素早くLvアップが出来るという事だ。




「でも、それだったら、わたし用にしないで、もう一つは冒険者用にした方がよくない?」


「えっ……?」




 エノクはキョトンとした顔になった。彼は困惑した表情で私に聞き返して来た。




「……どういうことだい?」




 その声はエノクにしては低い声だった。どこか少し怒っているような響きさえある。さっきまで柔和な笑顔を見せていた彼とは思えないくらいな変わり様だ。私は少し驚きを隠せなかったが、そのまま話を続けた。




「……いずれ旅立つのならエノクのレベルアップを優先すべきだと思うの」


「わたし用のものを熟練の冒険者の方に着ければエノクは素早くLvアップできるんでしょう?」


「私はMP以外のステータスが1/10になっているし、レベルアップの恩恵があまりない」


「…………」




 エノクは黙って私の言葉を聞いている。その心の内を知ることは出来ない。




「この状態で私がレベルアップしてもエノクの役に立てるとは思えないわ」


「自分のレベルアップに有効活用するべきよ」


「それに私これ以上エノクの足を引っ張りたくないもの……」


「…………」




 エノクの目はいつの間にか閉じられていて、明らかにムスッとした表情を浮かべていた。だが、ここまで話をして止めるわけには行かない。彼の態度は気がかりだったが、私はそのまま自分の意思を最後まで話すことにした。




「レベルが低いうちは私の方は自分でなんとかするわよ」


「エノクが十分にレベルアップした後に私に着けてくれればそれで構わないわ」


「だから、最初のうちは熟練の冒険者にこの石を貸してあげ……」


「レイナ!」




 ビクッ!


 突然エノクが大きな声を出して私の言葉を途中で遮ってきた。彼にしてはとても珍しい行為だ。


 というか初めてかもしれない……


 ここまで感情的に物を言われたのは……




「……怒るよ、僕?」


「…………えっ?」




 そう言った彼の瞳は私を真っすぐ捉えてきた。その目は真剣そのものだ。彼はしばし沈黙を挟んだ後、今度は静かに話しかけてきた。




「僕がレイナが役に立たないなんて思う事はありえない」


「それに足を引っ張られたなんて思ったこともないよ」


「だからそんな風に自分を卑下しないで欲しい」


「…………」




 驚いた……


 こんな目をしたエノクは初めて見た。




「今回だってこれを手に入れることが出来たのは間違いなくレイナのおかげなんだ」


「僕にとってこの石はレイナが使ってくれなきゃ何の意味もない」


「レイナが使ってくれないのならこのまま売った方がマシさ」


「…………」




 私はすぐに言葉を返すことが出来なかった。心臓の動悸が止まらなかった。


 エノクは私をそんな風に考えてくれてたんだ……


 いつもの穏やかで、底抜けの笑顔を見せていた彼とは大違いだ。彼の真剣な瞳は私を射抜くのに十分な男の眼差しだった。


 たくっ……嬉しいこと言ってくれるじゃない……


 私は心の中に渦巻く歓喜の衝動を抑えられなかった。彼に叱られたに等しいのに、なぜか私の顔はにやけてくる。

 私がそうしているとエノクは先ほどとは打って変わり申し訳なさそうな声で私に詫びをしてきた。




「ご……ごめんなさい。なんか、大きな声上げちゃったね」


「レイナを驚かせようと思ったわけじゃないんだ……」


「ただ、なんかレイナが自分を役に立たないなんて言っているのを見てたら、僕我慢出来なくなって……」




 あら……いつものエノクに戻っちゃった。


 まったく少しは乙女心を分かってほしいわね……


 私は全然怒っていないんだけどね。もう少し男らしい彼を見ていたかったんだけど……まあ、仕方ないか。


 それが”彼”なんだ。




「エノク!」


「……えっ?」




 今度は私が大きな声を上げた。大きく力強く彼によく聴こえるように。




「ありがとう」


「これはやっぱり私が使わせてもらうわ。いいわね?」


「……う、うん。もちろんだよ」




 エノクはなんだか訳がわからないと言った感じで私の言葉に答えた。

 だけど今はそれでいい。彼への恩は言葉ではなく、私がLvアップをしてしっかり返そう。

 私はそう決意を固めると首からネックレスを掛けた。石は銀色の輝きがキラリと光っている。


 私は愛おしむ様にその石を撫でた。



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