第39話 ゲームの勝利
彼女の要求を半ば拒否する形で僕は”1億クレジット”という情報料を提示した。
僕からの提示を聞いた彼女の琥珀の双眸は不気味な色を湛えている。それは驚いているようでもあり、怒っているようでもあり、笑っているようにも見えた。先ほどまでは侮蔑の色一色だったのもあってその感情は分かりやすかったのだが、今の彼女の心情を測ることは僕にはできなかった。
しばしの間、無言の静寂が円卓の周囲を支配する。しかし、こちらから彼女に言うべきことは既に言っている。後は相手の反応を待つのみだった。
僕は仕方なくその場に鎮座し彼女の反応を待っていたのだけど、静寂は思ったよりすぐに破られた。
「……ふふっ」
静寂を破ったのは何とも言えない彼女の笑い声だった。
正直これは予想外の反応だった。相手も僕の言った”情報料”の意味は分かっているはずだ。暗に断っているということを分からない彼女でもあるまい。
なんでそこで笑いが出るんだ……?
「それは昨日の意趣返しかしら……坊や?」
彼女がニヤァという顔をしながら、僕に尋ねてきた。
彼女の顔にはまた不敵な笑みが浮かんでいる。
「いえ……そんな滅相もありません。僕にとってそれほど重要な情報だという事なだけです」
これは僕の本音だった。
昨日の事はあれはあれで勉強になったことは確かだし、それで意趣返しなんてことは考えていない。
ただし、彼女が言った”情報がタダではない”という考えを利用させてもらったことは確かだ。彼女自身が発した言葉だから、彼女がこれを無視するわけには行かないだろうという考えが根底にあった。
「ふふっ……なるほどね。まあ、それは分からなくもないわ」
「坊やが答えを教えてくれた”誰かさん”をそこまでして守りたいこともね」
「…………」
やっぱり彼女はこちらの真意を見抜いていたか……
そして、それが転生者だという事も……
「しかし、ざんねぇ~ん」
「せっかく坊やがそこまでして隠したいものがあっても、私は難なくそれを知ることが出来るのよ?」
「…………!?」
彼女は先ほどまでとは一転し、おどけた口調で衝撃の事実を突き付けて来た。
な、なんだって!?
どういうことだ……
まさか、僕を拷問に掛けるとでもいうのか!?
そういう不吉な考えが僕の頭に浮かんできたが、僕は必死になってその考えを否定した。僕と彼女は依頼人とその受託者。しばらくは僕の身柄はギルドが保証してくれる。拷問みたいな事をすれば彼女だって自分の身を滅ぼすということを分かっているはずだ。
「私が何のために”転生者だけが分かる”偽名を名乗っているか分かる……?」
「坊やみたいな子を
「!!!」
僕はその言葉を聞いた瞬間、体中に衝撃が駆け巡った!
ま……まさか彼女は……最初から転生者の情報を集めるために、そんな偽名を名乗っていたというのか……!
彼女の謎々に答えられる人物……それは転生者かそれに繋がりのある人物以外に考えられない。
そうすると彼女はまさか……
「ふふっ……その顔はもう分かったみたいね?」
「私は”転生者狩り”も請け負っているの」
「そして”記憶を操る”能力が得意でもある」
「拷問で口なんか割ろうとしなくても、その人の記憶を取り出す事なんて造作もないことだわ」
そう言った後、彼女は右手の手のひらを僕に向けて突き出してきた!
彼女の瞳は琥珀から燃えるような朱い揺らめきが表れている。
まずい……!!
僕は直感的に危険を悟った。
このままここにいたらレイナの記憶を彼女に盗み見られてしまう!彼女は薄く開かれた瞼の下、邪な笑みを浮かべ、話を続けてきた。
「まっ、私は”転生者狩り”なんて趣味程度にしかやってはいないんだけどね」
「でも、たまたま今別件で”地球”というところから来た転生者の情報を集めていたところだったのよ」
「まさか、坊やがそれに当たるとは思わなかったから流石にびっくりしちゃったわ……ふふっ」
僕は彼女の言葉に反応する余裕がなかった。
なんとかその場から逃げだそうと思ったのだけど、彼女の瞳を見てたら金縛りにでもあったかのように身体を動かすことが出来なかった。今の僕はまさにまな板の上の鯉。彼女にあとは調理されるのを待つばかりだった。
くそっ……
今更悔やんでも遅いが、彼女に答えを言ってはならなかったのだ。しかし、記憶を操る能力なんてものを想定なんて出来るはずない。そんな能力を使用できる人間なんて聞いたことがなかった。
……”未知の能力”
もし、あるとすればそれは……
僕は椅子に腰かけたまま必死になって体を動かそうとするが、腕や足が鉛のように重くなって動かなかった。しかし、そのままもがいているとある瞬間から枷が外れたように体を動かせるようになる。
えっ……
まさにそれは突然の事だった。
それは重い鉄球に鎖を繋がれた囚人がそこから解放されたような感覚だ。僕は予想外の事態に驚きを隠せなかった。思わず、目を大きく見開き目の前の彼女の様子を伺う。
既に彼女は手を下ろして、その場に無言で佇んでいた。そして、淡々とした口調で言葉を継いできた。
「ふん……でも、まあいいわ」
「認めましょう。”ゲーム”は坊やの勝ちよ」
彼女はさらにそこで何かしてくると思ったが、意外にも肩をすくめた後、それ以上の追及を止めた。僕はその時になってようやく彼女に言葉を返せた。
「いいんですか……?」
彼女にしてみれば僕は絶好のターゲットだったはずだ。ここで見逃す理由が分からない。そんな僕の質問に彼女は涼しげに言葉を返して来る。
「”趣味”だって言ったでしょう?これをメインに生計なんて立ててないわよ」
「それにゲームはルールを守ってこそ面白いのよ?」
「坊やはどうであれ私とのゲームに勝った。残念だけど今回は諦めるわ」
そう言って彼女は気だるい表情を見せてその目を細めた。
ただし、顔とは裏腹にそこの声色は全然悔しそうではない。むしろこの状況を楽しんでいるとさえ思える余裕がある。
どうやら、僕は彼女に見逃してもらったらしい。
「あ、ありがとうございます」
僕は彼女に慇懃に頭を下げた後、お礼を言った。彼女は僕を一瞥し僅かに自嘲をした後さっさと要件を切り出して来た。
「ふん……それじゃさっそくだけどバッドステータスの治癒の話をするわ」
「ただし、前提として坊やに言っておかないといけない事がある」
「はい……なんでしょうか?」
僕は彼女の言葉に質問を返した。
「この話は私自身も本当かどうかは知らないし、直接バッドステータスを解決する術を知っているわけじゃない」
「だけど、情報元は信頼できるし、坊やの言う”きっかけ”になる話だと理解する事。いいわね?」
「……はい、それで大丈夫です。お願いします」
「結構。それじゃ何度も言わないからよく聞いておくことね」
「はい」
ようやくだ……
右往左往したけどなんとかここまで漕ぎつけることが出来たんだ。
絶対に聞き逃さないようにしないと……!
僕は彼女の言葉を聞き漏らさないように全身全霊を彼女の言葉に傾けた。
そして、彼女はゆっくりと話を始めた。
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