第38話 交渉裏の駆け引き
「…………」
僕のセリフを聞いた瞬間、目の前の彼女はその目を大きく見開いた。口を堅く結び、顎に手を当て、なにかを思案しているようだが、心の動揺は隠せないでいるようだ。
どうやら答えが当たったようだ。
僕は彼女の反応を見て、内心ほっと一息をついた。ただし、外面にはおくびにも出さない。僕の顔からは既に不敵な笑みはなくなり、能面のような無表情の顔になっている。
レイナ曰く、不敵な笑みは相手に計り知れない印象を与える効果があるという。ただし、やり過ぎても演技だとすぐにバレてしまい、相手に不快感を与えることにもなるので少しやれば十分だとの事。
ちなみに不敵な笑みには3段階用法があるらしく、
第1段階 → ニッ
第2段階 → ニヤァ
第3段階 → ドヤァ~…
になるらしい……
正直レイナの言っていることがたまにわからなくなる時がある。ただ、今回彼女のいう事に一理あることは確かだ。交渉に臨む際にびくびくしているようじゃダメだというのはもっともだし、演技が必要なのも分かる。昨日みたいに相手に脅かされて、なし崩し的に相手に主導権を握られているようじゃ交渉もうまくいかない。
こういう事には慣れていないけど、せめてこの問答の間だけでも、相手に心の内を悟らせないようにしなくちゃ……!
僕がそうやって改めて決心を固めていると、オーゼットさんが僕に話しかけてきた。
「……なんで、分かったの?」
「いえ……”誰から聞いたのかしら”と言った方が正しいかもしれないわね」
それは先ほどまで優位を確信し、言葉の端端に隠し切れぬ嘲りと侮蔑を含んでいた彼女の声ではなかった。僕をどこか警戒し、その内にある深淵を推し測ろうとしている怪訝な含みを持った声だった。ここで彼女に悟らせてはならない。
僕は彼女の質問にも急には答えることはせず少し間を置いた。そして、ゆっくりと言葉を返した。
「……それは僕が言った答えが”合っている”と捉えていいですね?オーゼットさん」
「質問をしているのは私の方よ……答えなさい」
彼女が若干イラついた態度でこちらを問い詰めてきた。
昨日はここで彼女の脅しに屈したが、今日はそうはいかない。ここで彼女に秘密を漏らすようでは今日の交渉になんか来ていない。
「オーゼットさん。申し訳ありません」
「この情報を”タダ”で教えるわけには行きません。僕にとっては大切な情報なんです」
「もし、必要なら”1億クレジット”お支払い頂けるなら話すこともやぶさかではありませんが……いかがですか?」
「…………」
いかに冒険者が儲かる職業だとは言え、1億クレジット以上稼いでいる冒険者など一握りだ。しかし、腕利きの冒険者なら生涯を通じて稼げない額ではない。Lv100を超えているような大冒険者であるのならそれ以上稼いでいる強者もいるのだ。
オーゼットさんだったらもしかしたら払えてしまう金額なのかもしれない。しかし、間違いなく持ち金をほぼ全て費やして払えるくらいの大金であることは確かだ。
もし、これが10億、100億という数字を出したら、そもそも情報を答えるつもりがないと相手に捉えられ、彼女を無用に挑発してしまうだけ。さりとて100万クレジットくらいだったら、彼女の事だ。本当に払ってしまうかもしれない。
そういう意味でこの1億クレジットというのは、彼女にとっては払えるか払えないかの絶妙なラインの数字だと言えるだろう。
どうやら、ここまでの計画は予定通りに行ったようだな……
僕は昨日レイナから聞いた計画を思い起こした……
・
・
・
「……
僕はレイナから聞いた単語について彼女に訊き返した。
聞き慣れない単語だけど……
「そう。一度目に過大な要求をして相手に断らせ、2回目以降は過小な要求することで相手に受託させ易くする交渉術の一つね」
「最初に3万クレジット追加で払うから情報よこせというのは相手にとっては無理難題なはずよ」
「絶対に断ってくると思うから、その代わりに”9万クレジットより安いものでいいから、報酬はモノで欲しい”と言えば受けると思う」
「そもそも相手が全く聞き耳を持たないんじゃ意味ないんだけど、オーゼットさんはエノクに少なからず好感を持っている様だし、試す価値はあるわ」
彼女がニヤァという顔をして僕に説明してきた。
その顔は「私のプランどうよ?」とでも言いたげだ。
「う~ん。でもそんなに上手くいくかなぁ……」
僕は彼女の言葉に半信半疑だった。
理屈は分からないんでもないけど、オーゼットさんは質問もなにもかも一切受け付けないという感じだった。交渉にも応じてくれるのかどうかは明日行ってみないと分からない。
「なによ……自信ないの?」
レイナがジトーっととした目でこちらを睨んでくる。
うっ……かわいい……///
彼女のとても整った顔立ちが僕の方を見つめてきてる。
僕は思わず彼女の凝視に照れてしまった。
もし、等身大の彼女だったら可愛いというよりは美人系だと思うけど、手のひらサイズという事もあって今の彼女からは可愛いという印象の方が大きい。
「いや、その……そんなことはない……よ」
「???」
「……どうしたの、なんか歯切れ悪いわよ?」
「いや、なんでもないよ……大したことじゃないから」
「本当……?まあ、それならいいけど……話続けるわね」
レイナは訝し気に僕の様子を伺ってきたが、そのまま話を続けてきた。
「相手の機嫌が悪かったら交渉なんかせずに普通に答えを言うだけにした方が良いわ」
「情報と9万クレジットを頂いてくるだけでも御の字なわけだし」
「ただ、いずれにしろ答えを言った後は気を付けてね。絶対何故分かったのかを聞いてくると思うから」
「今回の答えは相手も転生者がらみの話だと知っているはず」
「冒険者に転生者の情報をあげるなんて、リスクにも等しいからね」
これはレイナの言うとおりだ。
冒険者ギルドは”外来危険種の排除”という名目で転生者狩りを行っているという。ターゲットになるような価値を持っている転生者なんてのはごく一部だろうし、転生者の中には自分が”転生者です”と公表している強者もいない訳じゃないんだけど、余計な情報は提供しないに越したことはない。
ただ、そうすると断り方が問題だな。下手に断ると、彼女の事だ。実力行使で聞いてくる可能性もある。出来るだけ上手くかわしながら穏便に済ませる方法を考えないと……
「……ところでさ」
僕は頭の中で明日のシミュレーションを組み立てながら、一つ疑問に思ってたことをレイナに聞いた。
「9万クレジットの代わりが”安いモノ”でいいのかい?」
「それだったら9万クレジットをそのまま頂いた方が良いと思うんだけど……」
「……ああ、そのことね」
「たぶん、そう言ったとしても十中八九、彼女は9万クレジットより価値のあるものをくれるはずよ」
「え……なんでだい?」
僕は今度こそレイナの言葉が信じられなかった。
安いものでこちらが良いと譲歩しているのに、相手が高いものをくれるだろうという結論が導かれるのがよく分からなかった。
困惑している僕をよそに彼女は話を続けてくる。
「なぜならね……」
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