第23話 補助魔法効果研究書(グロース・ミニマム編)




 帰宅のあいさつを告げるとエノクは自分の部屋に入ってきた。




「おかえりなさい」



 私は帰ってきたエノクに返事をした。

 最初は1人で家にいながら誰かを出迎えることが新婚のお嫁さんみたいで照れ臭かった。今ではもう慣れたけど。


 今日のエノクはいつにも増して帰った時の言葉が軽やかだった。なにか良いことでもあったのかしら?




「あ、レイナこっちにいたんだね。ただいま」


「おかえり。今日はなんかいいことでもあったの?」


「ん……そう見えた?」


「まあね」




 エノクはなんで分かったんだろう?というような不思議な顔をしている。


 いや、2週間も出迎えてりゃそりゃ分かるわよ。


 今日のエノクはいつにも増して声が高かった。




「実はね……魔法図書館に問い合わせていた例の書物を手に入れることが出来たんだ」


「それってあの補助魔法に関する書物だっけ?」


「うん、そうだよ」




 エノクと今後について話していた時に話題に出たのが、補助魔法に関する研究書物を手に入れることだ。

 この世界ではバッドステータスの中和のために能力に関する研究が活発に行なわれている。


 研究を主に行っているのは魔術師だ。魔術師は戦争の道具として使われたり、冒険者ギルドに登録して冒険者の一員として活躍している者も多いが彼らの本当の役目は魔法の真理の探究であるとエノクから聞かされていた。


 魔術師が魔法の研究を行い、魔法技師がその研究結果を基に魔法アイテムを作成する。魔法技師が作ったアイテムを魔術師が使う事もあるし2つの職業は相互扶助の関係にあるらしい。地球におけるサイエンティストとエンジニアの関係のようなものかな?


 縮小化の中和のアイテム作成にはグロースやミニマムの研究結果を知ることが必要かもしれないとエノクは言っていた。どうやら彼はそれに関する書物を手に入れることが出来たようだ。




「でも、嬉しいのはね。これがただの研究結果ではないからなんだ」


「今回手に入れることが出来たのはレベル100以上の大魔術師が著した研究結果なんだよ!かなりラッキーだよ」


「へえ……」




 私はエノクの言葉にそう頷きながらも、若干違和感を覚えた。


 研究なんだから、レベルより頭脳の方が重要なんじゃないのかしら?それとも頭の良さがレベルにも関係するの……?


 良くわからなかったのでエノクに聞くことにした。




「レベルが高い方がやっぱりいいの?」


「うん。そりゃね。レベルが高い魔術師ほど実戦で使用できる魔法効果の範囲が広いんだ」


「レベルが低い魔術師だと魔法の検証範囲が狭くなるから、十分なサンプルが得られない」




 ふーん。そういうものか。

 

 アカデミックな世界に携わったことないから、こういうところは良くわからないわね……


 エノクはそう言うとさっそく手に入れてきた補助魔法に関する書物をバッグから取り出した。私もそれにつられ本を見てみる。

 本は中央部に六芒星が配置され、シンメトリックな文様が描かれていた。明らかに普通の本ではないと直感的に分かるデザインをしている。


 エノクは本を取り出すとじっとその表紙を眺めたまま止まっていた。目はキラキラと輝き、口元は緩みっぱなしだ。よほど手に入れられたのが嬉しかったのだろう。


 フフッ、わかりやすいわね……


 根っからの研究大好きっ子なのかしら?




「じゃあ開いてみるね?」




 彼はそう言うと、私がいるテーブルの上に本を置きゆっくりとページをめくり始めた。私もその動作を目で追っている。探すべきところはグロースとミニマムの情報が載っている個所だ。


 ちなみに言語に関して言えば私はこの世界に来てから違和感なく理解できている。 エノクから聞いた情報によると、転生者はこの世界に来るときに言語能力を自動的に与えられるとのことだった。ただし、あくまで理解できる範囲は人間のみ。他種族とのコミュニケーションは通訳が必要になってくるらしい。まあ、今は不自由してないから別にいいけど。




「あった!」




 エノクはそう言って喜びの声を上げた。どうやら目当ての個所を見つけたらしい。早速彼はその内容を読み始めている。


 どれどれ、どんな内容なのかしら……?


 私も本の中身を横から覗いてみた。




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補助魔法効果表(グロース・ミニマム編)

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倍数  必要魔法効果

1.1  1

1.2  1052

1.3  1514

1.4  1942

1.5  2340

1.6  2712

1.7  3062

1.8  3392

1.9  3704

2.0  4000

2.1  4282

2.2  4550

2.3  4807

2.4  5052

2.5  5288

2.6  5514

2.7  5732

2.8  5942

2.9  6144

3.0  6340

3.1  6529

3.2  6712

3.3  6890

3.4  7062

3.5  7229

3.6  7392

3.7  7550

3.8  7704

3.9  7854

4.0  8192

4.1  8397

4.2  8602

4.3  8806

4.4  9011

4.5  9216

4.6  9421

4.7  9626

4.8  9830

4.9  10035

5.0  10240

5.1  10445

5.2  10650

5.3  10854

5.4  11059

5.5  11264

5.6  11469

5.7  11674

5.8  11878

5.9  12083

6.0  12288

6.1  12493

6.2  12698

6.3  12902

6.4  13107

6.5  13312

6.6  13517

6.7  13722

6.8  13926

6.9  14131

7.0  14336

7.1  14541

7.2  14746

7.3  14950

7.4  15155

7.5  15360

7.6  15565

7.7  15770

7.8  15974

7.9  16179

8.0  16384

8.052 16490 (測定限界)



※ミニマムは各倍数の逆数の値



◆測定者情報


測定者名:アーネスト・グレイスリー



ステータス


Lv:133

HP:845

MP:1394

STR:680

DEF:651

INT:1649

VIT:590

CRI:403

DEX:538

AGI:1226

LUK:470



◆使用条件

使用対象:スクエアストーン

使用スキル:セカンダリースキル


最大使用MP:50


最低MPコスト

グロース:5

ミニマム:5


※但し、倍数1.1~1.3は助手の補助あり


----------------------------------




 う~ん……補助魔法効果表?


 なんかやたら数字の羅列があるんだけどこれが何を意味しているのかイマイチ分からないわ。必要魔法効果とか意味が分からないし。





「ねえ……エノクちょっと聞いてもいい?」


「…………」


「エノク……?」




 珍しく反応がなかったので私は彼の方を振り向いた。

 エノクは何か難しい顔をしていて考え込んでいるようだ。まさか、彼にもこれの意味が分からないという訳じゃないわよね?




「あ……ごめん。ちょっと考えごとしてたんだ。どうしたんだい?」




 なんか思うところでもあったのかしら……?


 彼の態度に若干違和感を感じたが、私はそのまま疑問点を聞くことにした。




「ここに記載されている必要魔法効果て何の事かしら?」




 私はそういってあの数字の羅列が記されている場所を指さした。




「……ああこれか」




 エノクは指さした先を見て私の疑問を分かったようだ。


 彼はそれについて説明を始めた。




「魔法効果っていうのはね。その効果の程度を発揮する際に必要な魔力量の事だよ」


「【詠唱した人のINT】 × 【その能力を使用する為に注いだMP】÷【その能力の最低MPコスト】 で求められるんだ」




 ???


 いきなり言葉で数式を言われても分かりにくいわね……




「式だけじゃわかりにくいと思うから、実際に例をとって考えてみるね」


「リストの一番下にある欄に8.052倍 で必要な魔法効果が16490って書いてあるのは見えるかい?」




 私はリストを眺めてみてその個所を発見した。

 一番下の倍数の列に"8.052"と書かれていて、その隣には"16490"の文字が書かれている。




「うん。そこは大丈夫」




 それを聞いてエノクは説明を続けた。




「ここを例にとってさっきの式に当てはめてみると……」


「魔法効果 = 1649×50÷5という計算式になるんだ。1649の丁度10倍になるから魔法効果が”16490”になるということだね」


「1649というのはこの著者のINTのこと。50は注いだMP。5は能力の最低MPコストを表すんだ」


「つまり、この著者はMP50を注いで16490の魔法効果を出すことにより、対象を8.052倍に巨大化させたということが読み取れるんだ」




 なるほど……式の意味は理解できる。


 そんな難しいものでもないわね。しかし、腑に落ちないことがある。




「なんで、MPを”50”までしか注いでいないの?」




 私はエノクに疑問を尋ねてみた。

 この著者のステータス欄を見るとMPが"1349"もある。注ぐMPの量をもっと増やせば、魔法効果もさらに上を期待できるはずだ。


 なんでそれをやらないのかしら……?


 しかし、エノクから来た回答はあっさりしたものだった。




「出来ないからだよ」




 え……?




「そこがセカンダリースキルの限界なんだ。最低MPコストの丁度10倍までしかMPを注ぐことが出来ないんだよ。」


「ええ?そうなの?」




 初耳だった……




「まあ、タレント持ちの人で一部例外の人はいるみたいだけどね。でも、そんなのは例外中の例外」


「自然界の法則で10倍までというのは厳格に決まっているんだ」


「へえ……」




 そうだったのね……


 セカンダリースキル便利そうだし、グロースとミニマムだけじゃ厳しいから私も何か覚えたいと思っていたところだったんだけど、そんな縛りがあったとはね……


 これは聞いといてよかったわ。セカンダリースキルを覚えるにしても、10倍までで十分に効力を発揮するものを選んだ方が良いという事ね。


 これでこのリストの意味は大体分かった気がする。




「ちなみにプライマリースキルはどうなの?限界はどれくらい?」




 私はもう一つ疑問に思ったことを聞いてみた。

 セカンダリースキルにそんな縛りがあるのなら、プライマリースキルにもなにか縛りがあると私は思ったのだ。


 だが、エノクからの回答は意外なものだった。




「プライマリースキルは注げるMPに限界はないよ」



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