第2章 新たな生活

第22話 毎日の日課




 外から陽光の光が差してくる。


 異世界と言えども太陽の恵みがあるのは変わりがない。魔法に彩られたこの世界にとっても太陽は自然の王様であり、すべての生命の源である。

 外の風景を見てみると、雲が流れ、一筋の風が流れている。それに伴い草木の葉擦れの音が聴こえてくる……。私にとっては安らぎに満ちた自然の音だった。

 今日も外はいい天気だ。私の心は穏やかなものに満ちている。




「…………」




 そんな木漏れ日がする室内の中で、私は静かに瞑想をしていた。




「ふぁぁあご……」


「まぁぁあお……」




 私は今同居人の寝室の中にいた。


 計測器やら、工具やらあちこちに散乱している部屋の中だ。本来であるのなら、物置とかのスペースを作ってその中にモノを置きたいとのことだったが、家のスペースに余裕がなかった。


 ここらへんは治安が悪いから気を付けないとあっという間にモノが無くなってしまうらしい。外に置いて盗難されるわけにもいかないし、仕方なく寝室に置いているとのことだ。

 ただし、そんな状態でも図面台が置いてある周辺と工作をするテーブルの上は綺麗に片付けられている。几帳面な彼にとってこういう状態の方が本来は望ましいのだろう。




「ふぁあああご……!」


「まぁあああお……!」




 彼が住んでいるところはクレスの町ブロンズ通りの一番端。場所的には町の郊外に位置する。町の外に向かってちょっと歩けば広大な田園地帯が広がっている。緑豊かな木々と色とりどりの花が咲き乱れていて、大自然の素晴らしさを否応なく感じることが出来る。昼間の風景はとてもじゃないけど治安が悪いとは思えない。

 東京に住んでいた私にとっては都会の喧騒を忘れることが出来て、ゆったりと過ごせる場所だ。




「ふぁああああああご!!!」


「まぁあああおああお!!!」




 ある事を除いて……




「ギャフベロハギャベバブジョハバ!!!!」




 たくっ……煩いわね……!!


 集中できないじゃないの……!




 近くに住んでいる暴れん坊のネコ達が今日も乱闘をしているようだ。

 ここに来てまだ日が浅いが、少なくともネコ達の治安が悪いことはよく理解できる。私も少なからずその被害にあっているしね……


 私は今彼の寝室のテーブルの上で座禅を組んで座っている。当の同居人はまだ仕事中で帰ってきていない。彼が留守の間は日課の業務をいつもここで行っていた。

 私の目の前には消しゴムが置かれている。そしてすぐ横には消しゴムの長さが計測できる定規も置かれている。消しゴムの横の長さは5cmを示していた。


 私を意識を集中させた後、手を目の前に掲げ呪文をとなえた。




「グロース!!」




 ズゥン…



 …………



 消しゴムは一見すると何も変わっていないように見える。

 一目には変化など全然わからないだろう。だが、よく目を凝らしてみると僅かな変化があるのを確認することが出来る。近くにおいてある定規を見てみると横の長さが5.5cmになっていた。そう、先ほどと比べ約1.1倍の大きさになっていたのだ。

 

 私はそれを確認すると自分の衣服にしまっている巻物を取り出して中身を確認した。







◇転生者基本情報


名前:遠坂 玲奈

年齢:18歳(寿命:未設定)

身長:17.5cm

体重:52.5g

BWH:8.7 5.6 9.0


Lv:1

HP:5

MP:0

STR:3.1

DEF:1.6

INT:1.2

VIT:2.0

CRI:0.5

DEX:1.7

AGI:4.8

LUK:1.0


プライマリースキル:グロース、ミニマム

タレントスキル:大器晩成、酒乱、逃げ脚、テンプテーション

バッドステータス:1/10縮小化(永続)

所持アイテム:転生者の巻物

所持クレジット:0


現在位置:クレスの町 ブロンズ通り302番地 フランベルジュ家


---------------------------------------------------------------




 …………




 はあ……


 やっぱり、今日も変わってないか……




 ステータス欄を見て私はため息をついた。MPが<0>になっていることを除いて、後はなにも変わっていない。


 あれから約2週間……


 私がこの家に来てから既にそれくらいの時が経っている。私は日課として毎日欠かさず魔法の詠唱を行っていた。


 エノク曰く……




「レベルは肉体や精神の日々の鍛錬によって経験が蓄積されていくんだ。能力も使えば当然経験も得られる」


「そして、ある一定の経験がたまるとレベルアップする。もちろんそんな簡単じゃないけどね」


「でも、何もやらないでいるよりはやった方が良いと思うよ。それにレベルは低い方が上がりやすいんだ」




 ……ということらしい。


 その言葉を聞いて以来、私は毎日のように魔法の詠唱をしてその効果を見ている。

 しかし、相変わらずLvは【1】のままだ。効果のほども全く変わらない。今みたいに消しゴムにグロースを使っても1.1倍までしか大きくならない。


 これは何も消しゴムだけとは限らない。自分自身にグロースを掛けた時もあった。その時はLvとMPを除いて1.1倍にステータスの値がアップグレードされていた。

 身長もそうだ。17.5cmから19.2cmまでアップしていた。正直雀の涙ほどだが、確かに私はこの魔法で巨大化することが出来たのだ。ほんのわずかでも、効果が見れてその時は嬉しかった。


 しかし、あくまで効果はそこまで。それ以上の大きさになることはなかった。




 チッチッチッチッチ……




 私は部屋に掛けてある時計を確認した。

 

 現在時刻は15:17。先ほどグロースを掛けたのが15:08だから、まもなく10分経とうとしている。私は少しの間そのまま待った。

 

 そして、時計の針が15:18を指した瞬間。




 シュン…




 目の前の消しゴムが若干体積が減った気がする。

 定規を確認してみると消しゴムの横の長さは5cmを指していた。どうやら魔法の効果が切れたようだ。


 ……これも変わらずか。


 これも2週間前からずっと変わらない。効果量、効果時間共にまるで変化がなかった。まあ、まだ始めて2週間だしすぐに効果が出ると思うのは早計かしらね……


 エノクとレベルの話をした際にいくつか聞いたことがある。

 まずレベルに上限はないという。この世界では100以上のレベルの強者も結構いるらしい。しかし、レベルが上がれば上がるほど、次に必要な経験も指数関数的に増えていくので事実上の限界はあるようだ。


 冒険者を基準にしてみると、一般的に30~40くらいのレベルの人が多いらしい。

そして、レベルも50を超えれば熟練者の扱いになるという。危険な任務をやり遂げた時や、強敵を倒した場合など、自分の力量をはるかに超えた経験をした場合はレベルもぐーんと上がるとのことだ。

 まあ、ここらへんはオンラインゲームの知識とも大差はないところだからすぐに理解できた。


 こういう事を聞くとまた、例の友人の言葉を思い出す。なんだっけ?PKだっけ?同じプレイヤーを狩って、お金や経験値、装備などを奪えば強者の近道になるという事を言っていた気がする。

 まあ、私じゃ無理だろうし、この世界はゲームに通ずるところがあるけどゲームじゃない。そんな追い剝ぎみたいなことはしません。


 というわけで、レベル上げに関して言えば完全に手詰まり状態。いつレベルが上がるのかも分からない。こればっかりは個人差があるようなので、エノクもなんとも言えないようだ。

 しかし、レベルを上げるに越したことはない。レベルが上がればINTやMPもあがる。いつになるか分からないが、グロースで自分の体を中和できるようになるかもしれない。相当先の様な気はしないでもないけど、それでも前に進んでいける。


 目下のところ、私たちの目標は縮小化のバッドステータスを中和する魔道具を製作することだ。エノクも所属している工房ギルドや図書館に掛け合って色々と調べてくれている。


 本当に彼には感謝してもしきれない。彼がいなかったら、今頃私は路上で野垂れ死んでいたかもしれないし、虫や小動物に捕食されていたかもしれないのだ。今は別に差し迫った状態であるわけではないし、体が小さいこと以外は不自由はない。


 エノクは魔法技師の見習いだけあって流石に手が器用だった。私は今ダイニングルームで寝泊まりしているが、私のサイズに合う様に仮設住宅を作ってくれた。

 中には私が寝れる小さいベッドもあるし、着替えが出来るプライベートルームやお風呂もある。流石に衣服に関しては裁縫の経験はそこまでないようなので、お人形に着せる服や下着といったものを買ってきてもらった。

 買ってきたときのエノクは少々顔を赤くしながら私に衣服を渡してくれたのを覚えている。


 私がこの世界に来るときに着ていた黒ジャケットとデニムは洗って今はタンスに閉まってある。私がバッドステータスで縮んだ際に服とパンプスも一緒に縮んでくれたのは幸いだった。流石に異世界に来て素っ裸で活動するのはご遠慮願いたかったものね……


 ちなみにお風呂の水源は仮設住宅の横に置かれた魔法機械から出ている。これは工房ギルドで売っている商品を譲り受けたものだそうだ。この機械は水を発生させる魔法を詠唱することが出来るらしい。一日に2回までしか使えないし、量も大したことがないが、それでも大助かりだ。


 正直驚くべき技術力である。

 街並みを見ると、中世や近世のレベルに見えるのに、いざ中身を開けると驚愕の技術水準を拝むことが出来る。

 この世界は地球とは違い、魔法を中心とした魔法科学で独自の発展を遂げているようだった。


 さて、今日の晩御飯は何かしらね……


 日課を続けたいところだが今の私はMPが<0>の為、何もできない。こんな取り留めもないことを考えて時間を潰すしかなかった。

 

 この家に来てから分かったことだが、MPは時間の経過とともに自動的に回復するようだ。Lvやステータス、種族やタイプなど、人によって回復する時間は様々なようだが、私は概ね4時間で回復することが分かっている。

 この世界は空気と同じ様に魔素マナで世界が包まれているらしく、それが空な場所に自動的に流れていくということらしい。


 仕方がない筋トレでもしているか……


 これも一応経験の稼ぎにはなるだろう。そう思って私が腕立ての構えを取ろうとすると……




 パタパタパタ




 遠くから軽い足音が近づいてくる。


 軽快なリズムで歩くこの足音は聞き覚えがあった。


 あら、今日は早かったわね


 どうやら家主が帰ってきたようだ。




 ガチャ




「ただいま!」



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