第21話 小さな握手




「えっ!!?」




 私は思わず甲高い声を上げてしまった。


 全然想像してなかった回答が来たからだ。




「……ごめん。理由を説明してもらっていい?」


「うん。レイナはバッドステータスが付く法則性って知っている?」




 ……法則性?




「いえ……完全にランダムだって聞いているけど」




 あの馬鹿にね……




「完全にランダム……?誰だいそんなデマを言った人は?」




 デマぁ!?


 どういうことやねん!!




「ランダムであることに違いはないけど、完全にランダムなんてことは全然ないよ」


「正確にはある一定の法則のもとに若干ランダム性を持っているというのが正解」




 えっ……嘘。


 わたしまたあいつに騙された!!?




「バッドステータスはね、"大魔王の呪い"だとも言われているんだ」


「大魔王の呪い?」




 なんだ大魔王ってやっぱりいるんじゃないの……


 いないのかと思ったわよ。




「そう。大魔王の呪い。この世界で生を受ける時に、その生物の【一番の長所】に対してアンチスキルが働くと言われているんだ」




 うん……?


 イマイチぴんとこないわね。




「一番の長所に対してアンチスキルが働くって、例えばどういうこと?」


「……そうだね」




 う~ん、という感じでエノクは下を向いて例を探しているようだ。


 ちょっと間をおいてから彼は答えた。




「そう例えば、凄いお金持ちの家に生まれた人は、お金を持っていることそれ自体が長所になり得るから、金運がなくなるという不幸のステータスが付くと言えばイメージが湧くかな?」




 あ……なんかしっくりくるかも。心当たりある人いるし。




「他にも凄いパワーを持って生まれた戦士の子がレベルが上がってもパワーが上がりにくくなったり、そもそもパワーそのものに制約が掛かったりするとか」


「あるいは、レベルが高い冒険者がレベルダウンをしたり、レベルそのものが上がりにくくなったりするとか」


「その人が最も秀でていることに対して、調整バランサーが働くと言えば分かりやすいかもしれないね」




 出る杭は打たれるという感じか……


 あれ、でも待ってよ……




 私は今感じた違和感を聞くことにした。




「ごめんちょっと聞いてもいい?赤ちゃんの時からレベル高い人っているの?」


「赤ちゃんの時からレベル高い人?いやさすがにそんな人は聞いたことないな……必ずLv1からスタートすると思うけど」


「でも、今レベルが高い冒険者がレベルダウンするとか言ってなかった?赤ちゃんの時からレベルが高いということだと思ったんだけど」


「……ああそういうことか」




 エノクは私の言葉に頷いた。


 私の違和感について得心を得たようだ。




「バッドステータスはね。なにも、赤ちゃんみたいな生まれて間もない子だけに付くという訳じゃないんだ」


「生を得るときにバッドステータスは付くんだよ。それは、つまり一回死んで、再度生を得る冒険者にも該当するという事さ」




 死んだらもう一個バッドステータスが付くって事!?


 恐ろしいペナルティだわ……




「最もそれは例外中の例外だよ。リザレクションなんて大魔法を使える人は大陸でも数人しかいないし、復活する条件も厳しいんだ」


「当たり前だけど、死んだら普通はそれでおしまいだよ」


「まあ、そりゃそうよね……」




 死んでも復活魔法があるから大丈夫と思っていた時もあったけど、さすがにそこまで甘くはなかったか。




「……話を戻していいかい?」


「つまり、バッドステータスはその人の一番の長所に対して働くわけだけど、そこまで秀でた能力や地位を持って生まれる人なんて極僅かだ」


「だから、大体の人は”あるもの”に対してバッドステータスが働くんだ」




 私はそれを聞いて「ああ」と納得した。


 なるほどね……それがつまり……




「もう分かってくれたと思うけど、それが”プライマリースキル”なんだよ」


「プライマリースキルはよほど特殊な例を除いて、必ずみんなが持っているものだし、特殊能力を完全に使いこなすことが出来るという特性上一番の長所になりやすい」


「逆を言えば、バッドステータスの餌食になりやすいという訳だね」




 とういうことはつまり……




「私が”縮小化”した理由は巨大化や縮小化の魔法をプライマリースキルとして覚えたから、それに対してのアンチスキルが働いたという事?」




 エノクは私の言葉に頷きながら答えた。




「そういう事になるね……」


「グロースや、ミニマムはセカンダリースキルとして使っても、大幅なステータスアップやダウンに繋がるし、使いこなせれば強力なスキルだ」


「ましてや、それがプライマリースキルとして使うんだったら効果のほどは想像がつかない」


「しかし、だからこそアンチスキルも飛びっきり強いものになる……。さっきも言ったようにその”呪い”に耐えられた人はいないんだ……」




 エノクは語り終えた後、目線を下げうなだれた。

 衝撃の事実を語ってしまって申し訳ないと思っているんだろう。私としては真実を知れて取りえず良かったと思っているんだけどね。このまま何も知らないままでいるよりはずっとよい。




「ありがとう。エノク。おかげで理由が分かってすっきりしたわ」




 私は微笑みながらエノクにお礼を言った。


 一応無理して笑っているとは思わないはず……




「ごめん……。現状僕には君のバッドステータスを中和することさえ出来ない……」


「気にしないで。この体にはすっかり慣れているのよ?外敵なんか来ても余裕で躱せるわよ」




 エノクは私の言葉に反応しないで、唇を噛んでいる。目の前で呪いに掛かった人を見て何もしてあげられない自分に悔しさを感じているんだろう。


 本当に優しい子ね……


 それだけで私は救われた気がした。

 本当だったら私がエノクに励ましの言葉を掛けてあげるべきだろう。……いや、逆かな?

 しかし私には今そんな余裕がなかった。そんなことより頭にきてしょうがないことがあったのだ。腹立たしいのはあの”馬鹿”のことに他ならない。


 たぶんこれを知っているからあえて「完全にランダム」なんて嘘を言ったんだろう。私にこの世界への転生をさせるためにバッドステータスに何が付くか分からないと言ってとぼけやがったんだ……!

 グロースとミニマムのアンチスキルが働くと言われれば私はこの世界への転生を躊躇しただろう。




 くっそあの野郎……!


 今度あったら殴ってやらないと気が済まないわよ……!!




 正直これほど騙されてるなんて思いもよらなかった。

 適当な奴だとは思っていたが、一応少しは優しいところも見せてた気がするし、ここまで酷いことする人だとは思わなかった。この様子だと他にもなにか変なことを刷り込まされている気がする。あいつの言葉は一回すべて疑って掛った方が良いかもしれないわね……


 もしかしたら、私はアルコール中毒死なんてしてないんじゃないの?


 お酒に酔って暴れたというのも怪しいわ……私がそんなことするはずないもの……


 うん……これは嘘ね。なかったことにしましょう。決定。




 私がそんな感じで憤っているとエノクの方から声を掛けてきた。




「……ねえ。レイナ……これから君はどうするんだい?」


「……わたし?」




 考えていないことはもちろんない。ご飯のこととか住処はどうしようとか、考えていることはもちろんある。




「……考えていない事もないけど、具体的にはまだ何も考えていないわね……」




 私はほんのちょっぴり嘘を付いた。でも、これだけは許してほしい……




「それなら、もしよかったらさ……このまま内にいない?」


「魔法技師見習いとしても、レイナのバッドステータスをなんとかしたいと思っているんだ。レイナのいた世界がどういうところかも教えてほしいし……」




 エノクは若干顔を赤くして、私から目線を逸らしながらそう言った。一応私を誘っていることを少しは意識しているようだ。




「……でも、そんな悪いわよ……。私何も役に立たないわよ……?」


「そんなことは全然いいんだ!!僕にとっては話し相手が欲しかったし、レイナのいた世界の事を知れば僕も勉強になるし……それにうれし…ぃし」




 最後の言葉はごにょごにょ喋って何言っているか分からなかったが、気持ちは十分伝わってくる。




 ありがとうね……




「ありがとうございます。私からもお願いします。この家にいさせてください。」




 私はそう言って深くお辞儀をした。これだけはお世話になる者としての礼儀だ。相手が誰であろうが関係ない。




「あ、うん!もちろんだよ!これからもよろしくねレイナ!」


「こちらこそ」




 私とエノクは再度小さな握手をした。


 それは先ほどよりわずかなものだが絆を感じる握手だった。彼の手は繊細で綺麗な手だった。そして優しくて温かかった。この世界で感じた初めての確かな温もりだった。今まで緊張の連続だったのもあるのかもしれない。私の目からはいつの間にか涙が流れてきていた。




 ぐうううううっぅぅぅぅ…………




「……!?っ」




 私のお腹の音が盛大になった。


 ちょっと今いいところなんだから、空気読んでよ!もう!!


 私は泣きながら、自分のお腹を恨めしそうな目で見た。エノクはそんな私の様子を見て無邪気に笑いながら話しかけてきた。




「ははは、まずはご飯にしようか。腕によりをかけて作るね!」




 まったくもう……


 私は泣きながらすねた顔をして、彼を台所へ見送った。







 私はこうして異世界で初めての安住の地を得ることができた。


 これから新しい生活が始まろうとしている。


 それは私達の険しくて長い冒険の始まりでもあった……


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