第12話 巨人兄との交渉




 ”1/10縮小化(永続)”




 これが私のバッドステータス……


 はぁ、なんてことよ……まさかとは思っていたけど、こう現実を見せつけられちゃため息しか出ないわね……

 私はこれからずっとこの小さな体で生きていかなきゃならないと思うと気が重くなるわ……


 私は自分の頭に手を当て、余りにも酷い自分の境遇を嘆いた。


 もしかしたらグロースを使えば中和できるかしら?あらゆるものを巨大化させるグロースの魔法を私は持っている。体が1/10縮小するバッドステータスに掛かっても、10倍大きくなれば元に戻れる。


 しかし、たぶん根本的な解決は無理だろうな。効果時間があるだろうから、一時的にしか緩和はされないはずだ。バッドステータスを中和するには永続的に巨大化の効果を発揮するアイテムかグロースの能力をかけ続けないとならない。

 そんなアイテムがあるかどうかなんて分からないし、MPが"5"しかない私にはおそらくかけ続けるなんて無理だろう。そもそも、巨大化の効果時間やどれくらい巨大化できるかもさっぱりわからない。




「1回試したいわね・・・」




 試すのなら今がその時だろう。体が大きい方が当然逃げ足も速くなる。ただ、今はとり籠から脱出することが先決ね。グロースを使うのなら籠から脱出した後にしましょう。今ならまだあの兄弟はベッドルームで云々唸っている最中だ。派手な音さえ立てなければ、こっちの様子に気付かないだろう。


 そう考えた私は巻物を再度自分の衣服にしまい、とり籠の入り口を見てみた。


 上からシャッターを下ろすタイプの籠だ。入口には脱走防止用のフックも付いていて、外側からじゃないと開けられない仕様になっていた。




「これは入口からの脱走は無理そうね……」




 私はぼそりとそう呟いた。


 一応シャッターを動かそうとしたがフックが引っかかってそれ以上開けることが出来なかった。


 なら、逆に格子の隙間から抜け出すのはどうかしら……?

 鳥かごは格子の間が結構空いているように見える。体を横にスライドさせれば私ならギリギリ行けるかもしれない。試してみる価値はあるわね。

 そう考えた私は格子の隙間に体をねじ込んだ。




 ぎゅううううぅぅ




 うーーん……


 ダメだわ……肩は入るけど……頭と身体は無理ね。あともうちょい隙間があれば行けるんだけどな。

 ……別に私が太っているからって訳じゃないのよ?勘違いしないでね?


 しかし、困ったな……


 鳥かごなんて楽勝で抜け出せるだろうと思ってたけど、こんなところでつまずくとはね。鳥かごは鉄格子で出来ており、私が蹴りを入れて歪めようとしてもビクともしなさそうだった。物理的な衝撃以外でなにか隙間を作れないか……


 私が脱出の方法で悩んでいた時、隣の部屋にいた兄弟に動きがあった。




 えっ……こっち来る……?


 なんでよ!?もうちょっと悩んでなさいよ。あんた達は!

 これじゃあ次の脱出の機会がいつ来るか分かんないじゃない!




 あの兄弟たちはこの部屋に入ると私のいるテーブルまで一直線に寄ってきた。




「よお、妖精さんよ……さっきの話の続きと行こうじゃないか」




……さっきの話か……また、金がらみの事ね……


それとも運の向上の能力の事かしら……?


いずれにしても碌なオーダーが来そうになかった。




「ちぃっーとばっかし物入りになっちまってなー。あんたの力を貸してほしいんだ」




 そういうと兄の方は親指と人差し指をくっ付けてお金のマークを作った。


 ほら、やっぱり碌な事じゃない……




「……力を貸してほしいこと……?」




 私はムスッとした表情で答えた。

 だが、兄の方は本当に余裕がないんだろう。私の態度には構わずさっさと本題に入ってきた。言いたいことはこれまでの流れから見当がついている。




「俺に運の能力向上をかけろ!最高の奴をだ!」


「…………」




 私はあえて最初は無言で返した。

 すぐにここから出ることが叶わない以上、今は時間を稼ぐことが重要だ。私にはそんな能力がないなんてことを悟らせてはならない。崖っぷちに追い詰められている兄弟だ。私に利用価値がないと知れば、何されるかわかったもんじゃない。

 だからと言って、それを出来ると言ったらすぐにやるよう強要されるだろう。


 それなら……




「……ひとつ聞いてもいいかしら?」


「なんだ?」


「なんで、運の能力向上が必要なの?」




 私はそう質問を返した。

 兄は何をこいつ言っているんだ?みたいな目でこちらを見ている。




「ふん!そんなこともわかんねえのか!妖精ってのはバカなんだな~」




 奴はいかに自分の頭が良いか力説したいようだ。丁度いい……




「ごめんなさい。気を悪くしたなら謝るわ。私そういうとこ疎くて。よかったら教えてくれる?」


「……ふんっ!仕方ない奴だな。特別に教えてやるか!」


「…………」




 私は無言で頷いた。




「いいか?運が上がれば、賭け事に強くなる。一攫千金を狙うことも出来るんだ」


「この街にはデカいカジノがあってな~。お前に能力掛けてもらえりゃ、そこで大儲け出来るって寸法よ」


「なるほどぉ……!」




 私は目を大きく見開き大袈裟に相槌を打った。




「分かったか?分かったならさっさと掛けろ!すぐに行きてえんだ」


「……出来ないこともないけど、今すぐには無理だわ」


「なに!?」




 ドンッ!と兄がテーブルに手を叩いた。私はそれに構わず、努めて冷静に返す。




「ちょっと……落ち着いて……協力しないって言っているわけじゃないの。使うにあたって特殊な条件が必要なのよ」




 それを聞いて兄は少し冷静になったようだ。


 まったく、どんだけ切れやすいのかしら……




「……条件だぁ?」


「……満月よ」




 そう言って私は外に出ている月を指差した。月の形は上弦でほぼ満月にまで近づいている。明日か明後日で満ちるだろう。地球と同じだったらだけどね……




「満月がなんだってんだ」


「月の光を浴びると私たち妖精は能力を引き上げることが出来るの。特に満月の時はとてもすごい力を発揮できる」




 兄はそれに対して質問をしてきた。




「満月じゃないと出来ねえのか……?」


「出来ないわね。満月の夜にのみ出来る能力なの。明後日が満月の夜だと思うから、それまで待ってくれる?」




 うーむ……という感じで兄は聞いていた。弟は難しい顔してなにか考えているようだ。疑っているのかもしれない。


 一応ブラフもかましておいた方が良いわね……




「それで、協力する代わりにお願いなんだけど……」




 そう言って私は弱々しい態度で兄に懇願をする態度をとった。




「今回協力したら私を逃がしてくれる……?私は妖精の国に帰らなきゃならないの……」




 兄は少し考えた後回答した。




「いいだろう。俺がきっちり金を稼げたんなら返してやる」




 ……本当に白々しいわ。よく平然とそんな嘘付けるわね……


 本当に金を稼げるんならあんたが私を逃がすはずない。そういえば1階はなんかお店開いているって言っていたわね?

 なんて信用できない商売人なんだろう……借金するのも当たり前ね……




「ありがとう!」




 私は努めて明るくお礼を言った。




「話は決まったな!ところで明後日のいつだったら大丈夫なんだ?」


「日が沈んだら大丈夫よ。カジノは当然夜もやっているんでしょ?時間はたっぷりあると思うわ」


「よしっ!」




 パンっ!と兄が手を叩いた。金を稼げる目途が立った途端に元気が出たようだ。

 文字通り現金な人ね……




「……なあ、アニキ」




これまで沈黙していた。弟が急に口を開いた。




「なんだ?」


「本当にカジノだけで大丈夫なの?今回は失敗できないんだよ!?」




 弟は兄の方針にどこか納得できていないようだ。

 まあ、それは当然ね。誰でもそう思うわ……




「なんだまた心配してんのか?大丈夫だって言ってんだろ?」


「で、でもよ。今回失敗したら金を失うだけじゃすまない。下手したら死ぬかもしれないんだぜ……?」




 弟の方はまだ賢明な判断力を持っているようね。

 普通ならカジノにすがるなんて選択肢は出てこないわ。第一、たとえ運が上昇してもそう簡単に勝てる訳がない。

 この兄弟の話が本当だとすると運の向上はこの世界ではありふれた能力のはず。運だけで勝てるんだったら、周りはとっくに試していてカジノは商売として成り立っている訳がない。


 つまりそのカジノは運だけで勝てるように出来ていないのよ。なんで気付かないのかしら?




「カジノしかあんな莫大な借金返せる手はねえだろうが。バカか」


「で、でもよ。ほかの手ももう少し考えたほうが……」




そう弟が抗議しようとした瞬間……




「黙れ!!」




 ドンッ!と兄がテーブルを叩いた。


 ちょっと……!私がいるテーブルでやらないでくれる!?




「なんの案も出せないやつが偉そうに言ってんじゃねえ!!」


「カジノ以外なにがあるってんだ!?あん?あるなら言ってみろ!!!」



 兄が激昂して弟に詰め寄った。




「…………」




 弟はそれを言われて黙ってしまった。痛いところを突かれたらしい。




「……ふんっ。困ったらだんまりか……。変わらねえなてめえは」


「…………」


「俺はもう寝るぜ。明日も早いからな……」




 そう言って兄は隣のベッドルームの方に消えていった。




「……くっ」




 残っていた弟はその場に暫くたたずんでいたが、近くのタンスに蹴りを入れた後、兄とは別の部屋に消えていった。

 そして、私はこの部屋にポツンと一人残された。


 辺りは静寂が支配している。外から鈴虫の鳴き声が聴こえてきているだけだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る