第5話 ハス

「なあ、俺って超能力使えるように見えるか?」

 突然何を言い出すかと思えば…

「…もし魔法世界があったら、あなたが一番無能な能力を持ちそうには見えるかな。アホっぽいし。で、運と生命力だけはなぜかあって、毎回敵に殺されるギリギリのところでなんとか生き延びる感じのキャラね」

「うわー、いるよなそういうキャラ。しかも俺がそれにあたるのか…何だろ、この虚しさ」

「そんなことより、どうやって入ったの?」

 それが知りたいのだ。ヘボいやつの話はいいから。


 そんなことって…と落ち込む様子を見せながら彼が言う。

「南門あたりの塀の下に穴が空いててさ、そこから入ったんだ」

 …え?

「この学校のセキュリティ甘すぎない?」

 よく考えてみれば、私が塀を跳び越えて何もなかっのもおかしい。本当に国の特別学校かと疑いたくなる。


「それは思ったけど、ハスが…俺の友達が、勝手に穴から入り込んじまったからさ、急いで追いかけてきたんだ」

 …ん?ハス?

 変な名前だ。

 蓮って字かな?

 男? 女?

 どっちともとれるな…

「そうなんだ…」

「お前は?」

「え?」

「どうして入ったんだ? 塀を跳び越えてまで」


 しまった、言い訳を考えていなかった…!

 どうする、どうしよう…

 クラゲだとは言えないし…

 えっと…ともかく何でもいいから…!



「私も、その、と、友達を探してて…」


 …何でよりによってあんなやつを友達ってことにしちゃったかなぁ、私!

 …まあ、しょうがない。

 今だけ、今だけの、仮の友達…


「そうだったのか!

 じゃあ、俺とおんなじだな!」

 彼が、にぃっと笑う。

 何がそんなに嬉しいんだか。


 こんなやつと同じにされたくない。

 おんなじなんてことはないけど…

 まあ、いいかな。



「じゃあ早速っ」

 立ち上がり、ぶつかった時に落としたスクールバッグを肩にまわし、彼が振り返る。

「探しに行きますか! 俺らの友達!」

 一緒に行く前提なのか。

「…私も、ハス? とかいう友達のこと探すの、協力するよ」

 私のいないところでクラゲを先に見つけられたら困るし。

「おう、サンキューな!」

 こちらを向きながら満面の笑みで彼が言う。


 よく笑うんだな、この人は。


「よしっ、じゃあどこから探すか?」













「……なかなか見つからないね」


 あれから、二手に分かれて塀づたいに広大な敷地を一周したり、校舎のまわりを見て回ったが、クラゲや人の姿どころか、誰かがいた痕跡すら見当たらなかった。

 二手に分かれた時は、あの人が先にクラゲを見つけてしまったらどうしようかと気が気でなかったが、合流した時彼の様子になんら変わりはなかったので安心した。


「そうだな…そういや、学校始まるまであとどれくらいだ?」

「さあ……」

 腕時計を見ると、9時少し前を指し示している。

 9時半から始まるなら、そろそろ門も開いて、生徒たちも入ってくるだろう。



 その前になんとしてもクラゲを見つけないと。





 …あれ、なんで私、こんなにクラゲに執着しているんだろう。



 誰かに…似ているから…?




「あ、なあ、聞いてなかったけどさ、何でお前はこんな早く学校来たんだ?」


 月華の思考は、彼の言葉によって遮られた。


「…え? ああ、それは、家に送られてきたファックスには8時半集合って書いてあったと思ったから。でも来てみたら誰もいなかったし、ただの見間違いかな」

「え!? 俺のにも8時半って書いてあったぞ?」

 あれ?

「じゃあ、学校側が送る時に間違えたのかな」

「そうかもな」

 本当に大丈夫か、この学校。


「それより、あなたの友達ってどんな人なの?」

 容姿が分かっていた方が探しやすい。

「ああ、ハスは、どんな人っていうか…あ!」

 そう言って突然彼が走り出す。

「わりぃ、ハスっぽいのが向こうにいるかもしれない!」

 そのまま南門の方へものすごい勢いで走っていった。

「…え?」

 何なの?

 ほんとに何なの?

 人が質問してるのに、途中まで言ってから消えないでよ!


「結局ハスって誰なのよぉー!」

 広いグラウンドで叫んだ声がむなしく響く。





 結局私は諦めて、クラゲを探すことに集中することにした。

 その、ハスさん?

 は、あの人が勝手に探してるみたいだし。



 その時、


 ガサガサッ


 と、背後で葉っぱ同士がぶつかる音がした。

 振り返ると、目の前に塀より少し低いくらいの木があり、木の葉が少し揺れていた。


「誰かいるの!?」

 もしかして、クラゲ?


 あたりを見回し、丸っこい体と触手を探すが、それらしきものはない。

 もう一度あの木を見上げてみるが、特に何も見当たらない。


 気のせいだったのかな。


 そう思った瞬間、


 バサッと音をたてて何かが木の上方から飛び出してきた。


 数枚の葉も、巻き添えを食らって枝を離れ、その何かと共に飛び出す。


「…え?」


 底面が黒い影になっていてよく見えないソレは、飛び出してすぐに失速し、落下し始めた。


「え、いや、え、ちょっと待っ」

 私の動揺むなしく、言い終わる前に顔面に落ちてきた。


「ひゃっ」

 ドサッと音をたてて尻餅をつく。


 心の中で沸き上がりかけた1割の憤りが、9割の諦めに押し潰される。

 思わず天を仰いだ…が、目を開けても視界は真っ暗だ。


「……本日3回目」

 再びため息をつく。

 目の前のコレは、生き物らしい。

 生温かくて柔らかく弾力の感触。

 くすぐったいというより、はっきり言って気持ち悪い。

 まあ、クラゲの触手も相当だったが。


「ねぇ、何でこうなるの? 私の顔って、そんなに張り付きやすいの?」


 指先で顔のイブツをひょいっと軽くつまみ上げて剥がし、自分の顔の前に吊るす。

 つまんだ箇所はちょうどそいつの首根っこだった。


 細長くてなめらかな毛並みの胴体をだらーとっ脱力させ、丸くて小さい頭を首の下まで垂らしている。

 頭の上には、小さい三角形の耳。

 等身大とまではいかない程度の長さの尻尾。



「クラゲの次は……カワウソ?」


 クラゲの時とはうって変わり、今度はまともで現実的な姿だ。

 くりくりした二つの瞳でこちらを見つめてくる。


「……なによ」


 本日2度目のにらめっこが始まった。


 カワウソとじっと目を合わせる。

 カワウソの目の中に自分の顔が映っているのが見える。うわ、酷い顔だな、私。


 漆黒に耀く瞳。

 吸い込まれそうだな、と思った時、闇で満たされた2つの水晶のような瞳の奥が、赤くチカッと光ったように見えた。


「え?」


 数回瞬きをし、よく見ようと顔を近づけた……

 ら、ムッとしたように細い眉を寄せたカワウソに、おもいきり頭突きをかまされた。


 ゴチンというありがちな効果音と共に、額に激痛が走る。

「ぎゃっ! い、痛い…」

 なんて日だ、というのはこういう時に使う言葉なのだろうと、つくづく思った。

 確かに今日の運勢は最悪だったけど。

 不本意ながら、あのテレビの運勢占いはあてにしていいのかもしれない。




「おい、どうかしたか? なんか悲痛の声が聞こえたけ…ど……」

 不思議に思って戻ってきた彼が目にしたのは、ものすごい形相でお互いを睨みあっている一人と一匹だった。





 背後で彼の声がした。

 とたんに、何ともいえない腹立たしさが込み上げてくる。

 どうしたか?

 じゃないわよ!

 飛び出し顔面張り付きタックルからの頭突きとかいう新技くらいましたよ、それもこんなちんちくりんのカワウソに!


 もはや返事するのも嫌だと、問いかけを無視する。


 黙ったままの私を不思議に思って何か声をかけてくるかと思ったが、なかなか反応がない。

 どうしたのかと、私の方が気にしだしていると、


「あ」

 耳元で声がしたかと思うと、いきなり左肩の上スレスレからニュッと顔を出し、私がまだ右手で吊し上げの刑に処しているカワウソに顔を近づけた。


「ッ!!!?」

 驚きですぐには声が出ない。

 この人はどうしてこうも突発的なのだろうか。


 1、2秒遅れてから脳が働きを取り戻す。


「あ、あんまり近づくと頭突きされ……」

 絞り出した言葉は、私が言い終わる前に彼の言葉によって遮られた。



「ハス!! やっと見つけた! 勝手にどっか行くなってあれだけ言っただろ?」


「……は?」



























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る