第4話 少女漫画かよ
「まだ、開いて…ない…?」
月華が見上げる先。
高い格子状の正門と、その両側から続いている、学校の敷地全体を囲うレンガ製の塀。
左腕の時計によると、今は8時25分くらいだ。
が、門には錠がかけられている。
朝に一度開けたら、夕方まで錠は外してあると…そう聞いていたのに。
閉め出されたのかと思ったが、そもそも人の気配を感じない。中に生徒たちがいるのなら、もっとうるさいだろうし。
…あ。
遅刻したと思っていたが、逆かもしれない。
「早く来すぎちゃった感じですか…?」
何のためにここまで急いで来たんだか……
月華ががっくりと肩を落とす。
という訳で、暇になってしまった。
中に入れるわけでもなく、周りは森しかない。
やることがない。
駅まで戻っても、コンビニがあるかどうかすら怪しい。
「どうしようか…」
そう呟くと、耳元でパチンと何かが割れる音がした。
ドキッとして横を見ると、鼻水風船の割れた痕を顔につけたクラゲが、ただでさえ小さい目を細め、寝ぼけ眼をぱちくりさせている。
目が小さすぎてほとんど瞬きになってないし…。
と思ったその時、
クラゲが小さい瞳を瞬時にバッと大きく開き、月華の肩を踏み台にして大跳躍、そのままもの凄い勢いで門を跳び越え敷地内へ…
「…え?」
突然のことに呆気にとられフリーズする月華。
はっと我に返った時にはもう遅く、追いかけようがなかった。
「…いきなり、何で…?」
さっきまで私をつけ回していたくせに、何がしたいの?
…これは…追いかけるべきか?
追いかけたとして、私が勝手に入ったことが見つかれば問題になるだろう。
でも、このまま放っておくのもなんだか後味が悪い。
「…バレなきゃいいよね?」
門の横の塀の前に立って後退りし、上を見上げる。2.5メートルと少しくらいだろうか。赤茶色のレンガ製の塀。
今更思うが、何でレンガ製なんだろう。エリメフとか使えばいいのに。せっかくの新世代強化版コンクリートを開発しておいて使わなくてどうするんだ。
でも、レンガでよかった。エリメフみたいにつるつるした塀じゃ、登れないし。
軽く息をはいてから、4、5歩助走して片足で高くジャンプする。
3分の1くらいの高さまで跳ぶと、レンガ同士の1センチの隙間にピンポイントで足先をかけてもう一度跳躍、両腕を伸ばして塀の上に手をかけ、ぐいっと身体を持ち上げる。
そのまま、すっと塀上に足を乗せる……つもりが、思っていた以上に塀の幅が狭かった。
塀の上に足がうまく乗らず、勢いを抑えられずに身体が前のめりになる。
あ、落ちるな。
直感でそう思った。
でも、落ちたとしても、ちゃんと地面に着地さえできればいいだけのこと。
そう思い、バランスを崩しかけながら瞬時に真下を見て、着地できる場所か確認を……
「……え?」
目先に横長く広がる塀の黒い影。
その影の中に……人?
影の中の横顔がこちらを向き、目を丸くしたように見えた。
「……は?」
その人の声で我に返った。
「あっ」
自然と口が開き声をあげたが、もう遅かった。
着地する体勢に持ち直せずそのままの姿勢で落っこちた。
ドスッという鈍い音がして、下にいた人影のちょうど真上に覆い被さるように落ちる。
額を地面に強打する。
「いったぁ……」
「うっ、いってぇーー」
月華の声と同時に耳元で低い声がする。
彼女が横を向くと、すぐ目の前に顔があった。
少しボサッとした、短く放射状に伸びていながら柔らかそうな金色の髪。それが日の光を浴びて反射し耀く。
乱雑におろされた前髪に隠されなかった細められた目が眩しそうにこちらを見、ぱちっと目が合う。
お互い目を見開く。
この人……男?
顔近っ!!
「あっごっごめんなさい!!」
突き飛ばすようにして離れる。
突き飛ばされた側の人は、いたたた……と言いながら体を起こした。由良川の制服を着ているということは、ここの生徒か。私と同じ新入生かな? 服が新品みたいだし。たった今汚してしまったけれど。
いや、そんなことはどうでもいいけど、たったこれだけの高さから、しかも他人の上に落っこちるとか……一生の恥……
「はぁーーー」
ああ、何回目のため息だろう。
ため息は、精神の過剰緊張に対する防衛反応らしい。心が疲れたり、しんどくなったり、頑張りがきかなくなったりした時。まさに今日の私じゃないか。
「随分長いため息だな」
突然の声に戸惑い、声の主を探す。
両手を逆手に地面につけ、頭を垂れている男の子。
「つーか何だよお前。いきなり塀の上からダイブして人の上に落ちてきて。少女漫画かっつーの」
ふてくされたような顔で睨み気味にこちらを見てそういうそいつと、また目があう。
「…別にダイブしてないし」
「はあ? おもいっきり飛び出してきたじゃねーか!」
「塀の上に乗りたかっただけだし」
「乗りたかったって…何で?」
何でって。
「…中に入ろうと思って」
クラゲのことは黙っておこう。
信じてもらえるとは思えないし。
そもそも、会ったばかりのこんなやつに信じてもらわなければならない筋合いはない。
「……は? いやいや、無謀すぎるだろ」
彼が、信じられないといったようにまた目を見開く。
「え? あなたも塀を跳び越えて入ったんじゃないの?」
月華がきょとんとする。
さも、当たり前のことかのように。
「は? んなことできるかよ! 普通あの高さ跳び越えるとか無理すぎるだろ」
あれくらい誰でも跳べるかと思っていた月華は、急に恥ずかしくなり、顔を赤くする。
「……だって、前にもやったことあるし」
小さな声でぼそっと呟く。
「……まじで?」
「わ、私だけじゃないし!」
例の不倫調査の時に勝手に先生宅へお邪魔させていただいた時に。
航太が庭の塀を軽々跳び越えていたから、真似したら出来てしまったということがあった。
「うーむ」
そんなものなのか? それが常識なのか? と悩み始めた彼を見て、あわてて月華が話を変える。
「そ、それよりさ、あなたはどこから入ったの?」
「それは…」
言葉を切った彼を見ながら、ごくりと唾を飲む。
「それは…?」
「超能力で壁をすり抜けてきた」
「そういうボケはいらない」
「はい、すいません…」
何なんだ、この人は。
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