第3話 クラゲさんですか?

 透明なゼリーのように、ぷにぷにしていそうなドーム状の丸っこい頭……というか胴体?

 そしてそこから生えている透明でモジャモジャした触手(ただし5本しかない)。


 形的には、クラゲと言っていいだろう……


 頭の先に生えてる二つのがなければ


 え? 何? これ。


 クラゲなのに猫耳?


 いやいや、フツーに意味分かんないんですけど。


 ていうかそもそもこんな所にクラゲがいること自体おかしい。まず生きていられないはず。


 ああ、わかった。あれだ、ただの人形だ、人形ですよね、そうですよね!?



 もうほんと、誰かそうだと言って…



「はぁぁーーー」

 一度落ちついて、ため息をつく。


「ほんともう、勘弁してよ……」

 面倒事には関わりたくない。


 謎の生物発見!なんて功績はいらないから。

 そういうのは全部知夏の担当だから。



 心底鬱陶しいと思っているような目で月華はそのクラゲ(仮)を見る。


 大きさはだいたい、直径10センチメートルくらいだろうか。両手にギリギリ乗るくらいのサイズ。……つまり、顔に張り付いたらちょうど顔全体が隠れるくらいのサイズ。


 薄い水色半透明のスライムみたいな身体。その真ん中あたりには、横長の楕円形のグミみたいな鼻らしきもの。そこを中心に、均等な間隔にあるゴマみたいな極小の目。そして身体の両側には、外側にいくほど尖っている三角形の…ヒレ?


 よく見ると頭頂部には、頭を覆う緑色の大きな四つ葉までついている。


 ……いよいよよく分からない。


「警察に持っていくべきか、あるいは環境省でどうにかしてもらうか……でもこんな、チェーンつけたらゲーセンのマスコットにしか見えないやつをどうしろと……」


 うつむいて人差し指を額にあて、真面目に考える。

 なぜこんなに冷静なのかというと、こういう変なやつには見覚えがあるからだ。


 だって、だから。

時折彼女が未知の生物をかかえて家に押しかけてくるものだから、もはや完全に慣れてしまった。


 前の時は何かが突然変異しただけだったみたいだけど。

 今回のは…クラゲが突然変異して猫耳生えたっていうなら話は簡単だけど、そう簡単にはいかないよね、うん。


 何か手っ取り早くて楽にどうにかできる方法は…

 ああ、あった。


「私は何も見ていないっ!」

 てことで。

 いや、だってそうするしかないでしょ?

 関わらない方が身のためだ。

 ほら、毒とか持ってるかもしれないし。

 攻撃でもされたら堪ったもんじゃないし、ね?



 立ち上がり、身を屈めてそーっと歩きだす。

 自己暗示のように私は何も見ていないと自分に言い聞かせながら。


 ともかく一刻も早く学校へ行きたい。

 遅刻かもしれないっていうのに、構ってる暇なんてないのだ。構ってる暇なんて……


「……なのに、何でこいつはついてくるの!?」

 後ろからついてくる気配に気付かぬ振りをするのに耐えかね、痺れを切らして思わず一人で叫び振り返る。


 するとクラゲもピクッと反応して固まる。


 ……"だるまさんが転んだ"みたいな状況。


 また前を向いて早足で坂道を登る。

 すると今度は乾いた土を踏む音が聞こえる。

 前を向いたまま立ち止まると、足音も止まる。


 数秒待った上で、さっきよりも勢いよくぐるりと振り返る。

 するとクラゲはギクッとして、焦ったようにちらりと目線を右へ動かす。


「……今、目逸らしたよね!? 絶対ビビったよね!?」


 クラゲともなんとも言えない謎生物に感情も表情もないかもしれないが。

 どうしても、クラゲが冷や汗をかきながら気まずそうな顔をしているようにしか見えない。


 ずっとクラゲを見続けるが、ただただクラゲの冷や汗が増えていくだけで、意地でも目を合わせようとしない。


 だんだん私も疲れて、一度目を閉じ、今日何度目かのため息をつく。


 と、目を開けた瞬間、


 視界が一瞬にして真っ暗になった。


 突然の不意打ちに、体の内側がひやりとする。

 そして再び蘇る、あのくすぐったいような感触。


「……」


 何かを言う気力は既になかった。


 私に料理の才能があったのなら、今すぐにでもこの飛びつきクラゲをみじん切りにして差し上げていたのに。もっと自分で料理する練習をしておけば良かった。



 ━━で、このクラゲもどきをどうしたらいいのだろう。


 みじん切りは今は無理だから却下するとして、この調子じゃ、置いて行ってもついてくるのだろう。

 学校までついてこられたら困るし面倒だ。

 ……あ、学校。


「ッ!! もう何でもいいから早く学校行かせてよ!」


 クラゲを手で掴んで顔から剥がし、ポイッと道端の草むらへ放り投げる。

 どうせ身体はプニプニな上、粘膜で包まれてるのだ。投げられたりぶつかったところで痛くも痒くもないんだろう。


 心の片隅でプニプニを羨ましく思いながら、まだまだ続く坂道の先を見つめる。

 走るのは諦めてはや歩きで行こうかな。

 誰かさんのせいでもう走る気力も体力もほとんどない。


「あなたはどうしたいの?」


 返答を期待した訳でもないが本人に問うてみる。


 するとガサガサッと音がして、草の隙間からゴマ粒の目がきらりと光り、じっと見つめてくる。

 一体今度は何をされるのかと思い月華が身構えると、とことこと5本の脚で器用に一生懸命走り、ぴょんと彼女の右肩に飛び乗った。

 モジャモジャが頬を掠めるが、月華は払いのける気もない。


 効果音のつきそうな可愛らしい走り方だなと思うと同時に、クラゲにしては凄いジャンプ力に感心した。


 ……右肩からものすごく熱い視線を感じる月華。

 一緒に行くとか、そういうことが言いたいのかな?


「もう……勝手にすれば?」

 ぶっきらぼうにそう言い、今度こそ学校に向かう。


 こいつのことは後で考えればいいか。

 そういえば、あの満月は何だったのだろう。

 知夏も航太もいないから相談もできない。

 遅刻の危機はまだ去ってないし。


 予想外のことが起こりすぎて、予想外に慣れていたとはいえ疲れた。

 あとで知夏たちに何て説明するか考えなくては。


 そんなことを思いながら、月華はクラゲを肩に乗せたまま早足で坂道を登っていった。




━━学校に着いた。

 広い楕円形の敷地の正面、正門前。

 大きな格子状の門を見上げ、月華は愕然としていた。


「まだ、開いて…ない…?」














































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