第8話:作戦会議②

「次はお嬢ちゃんの番じゃの」


 胸ポケットを探りながらのじいさんの発言だ。じいさんが真剣になる時はいつも吸おうとする。

 皆の視線があんこに集まった。


「あんこ、落ち着いて話せそうか?」


「はい、おかげさまで」


 いたずら小僧みたいな笑みで、含みのある返事をされた。ついさっきまでビービー泣いてたのに、心変わりの早い女だ。


「私、名前は織鶴あんこと言います」


「――そんなことぁいい。何があってここへ来た?」


 ピリッとした雰囲気のじいさんが急かすように話の先を求める。

 このじいさん、考察能力は長けているのに不遜な性格が好きになれない。


「急かすなよ、じいさん。ホームセンターでのことをゆっくり話してくれ」


 あんこが萎縮しないようにフォローを入れて、続きを促す。


「私がいたのは三ツ島のホームセンターでした。一年前に避難してきた人ばかりで、十人くらいで生活していました。事の発端は、私が熱を出してしまったことです。何日も寝込む高熱だったので、薬を探しにいくことになりました。それで数人のチームが編成されて、回収に行ったんです。結果として、薬を手に入れることには成功したのですが、そのときに一人が感染してしまって・・・・・・発覚したのはその人がゾンビとなって襲い掛かってきたときでした」


「外出の度に噛み傷の検査はしとらんかったのか?」


 じいさんがジッポライターをいじりながら、口を挟む。


「避難してからも外へ出ることは度々ありました。始めこそ確認していたのですが、何か月も一緒に過ごすうちに皆が信用し合って、検査はしなくなっていました。外へ出る時は複数で、というのを約束ごとにしていたので大丈夫だと過信してたんです。噛まれた、なんて言い出せませんよね、自分が死ぬことを覚悟できる人じゃないと・・・・・・」


「ルール化っちゅうのはそういったリスクを排除するためにあるんだ。集団ではシステムをつくることで・・・・・・」


「じいさん、話がそれる。あんこ、続きを頼む」


 じいさんには、黙って聞きに徹しているマモルと翔太郎を見習ってほしい。

 マモル・・・・・・サングラスでカモフラージュしているが、寝てるんじゃないだろうな?


「はい。病気を移さないために皆とは別の小部屋で過ごしていた私は、薬を飲んでからも焼けるような熱に浮かされ、気絶するように眠る。そんな数日を繰り返していました。いえ、時間の感覚が分からなかったので、もしかしたら数時間かもしれません。そしてようやく身体が楽になったと思って起き上がったのが、ちょうど仲間がゾンビ化したときでした。目を覚ました時、扉の向こうには、友達のゆいちゃんがいました。このゾンビは今までと違うって、動きが俊敏で凶暴だと言っているのが聞こえました。何人も噛まれた、止められないって・・・・・・」


 突進型だ。噛まれた仲間が突進型になって拠点で暴れた。確かにあんなのが内側で発生したら対処できないかもしれない。

 コンピューターのファイアウォールだって、外からの攻撃には強いけど、内からだと簡単に開く。この白雪峰学園の防衛体制だって、同じかもしれない。


「私は何の考えもなしにドアノブを回しましたが、開きませんでした。多分ゆいちゃんが手で押し返していたんだと思います。最後にゆいちゃんが言ったのは『逃げて』って一言でした。『じゃあ一緒に来て』と言っても、ここを隔離する義務があるとか、あなただけでも逃げてとか、そんなのばっかりで・・・・・・」


 あんこは声を震わせていたが、うまく調子を取り戻して話し続けた。皆も口出しせず、固唾かたずをのんで見守るだけだ。


「それから、ドアの前で何かが動く気配がして、一切物音がしなくなりました。ドアには何かが突っかかって開かないようでした。一時間くらいでしょうか。私はずっと息をひそめて泣いていました。けど誰も出てこなくて、そしたら私の過ごした家はもう消えてなくなってしまったんだって、気持ちがひたすらに湧いてきて・・・・・・私は裏口からホームセンターを出ました。いざとなったら死んでもいい、そんな気持ちで・・・・・・」


 誰も何も言えなかった。あんこがこんな重い感情を抱えてここへ逃げてきたとは思っていなかったから。


 暗黙の時間が長くなり、誰もが次の言葉に困っていた所で唐突に口を開いたのはじいさんだった。


「ワシの説は当たっておったようじゃの。知能のある個体は服が新しい。ずっとひっかかっておったんじゃ」


「服が綺麗? それは最近まで人間だったってことか? 確かに言われてみればそんな気がする。それにホームセンターが瓦解する原因になった感染者にも言えることだ。これは・・・・・・目から鱗か」


「そう、つまり敵が変化しとるということだ」


「ということは、マンションで見た足場型も校門にいた突進型も最近まで生存していたサバイバーだったかも、ということか。合流できれば良かったんだが」


 耐えがたい沈黙を議論へ転換してくれたじいさんに感謝しつつ、俺は新たな提案をする。


「なぁ、次回の遠征場所なんだが、三ツ島のホームセンターにしないか? ホームセンターなら物資も豊富だし、他の生存者の情報もつかめるかもしれない」


 俺達は定期的に学園外へ物資の回収へ行っている。食糧や衣服、白雪峰学園を防衛するための道具など、あって損のないものは山ほどある。

 色々理由はつけているが、後味の悪い別れ方をしたあんこの友達、ゆいちゃんの結末を見届けさせて、あんこに難局を乗り越えて欲しい、という本音もある。


 うつむいたままだったあんこがハッとしたように顔を上げた。

 余計なことを言ったかと内心おののいたが、あんこの表情にはやる気が感じられた。

 結局そのゆいちゃんがどうなったかをあんこは見ていない。恐らく生きてはいないだろう。しかし最後を見届けることで・・・・・・共に過ごしてきた仲間と決別することで少しでも生き残った罪悪感から逃れられるなら、協力してやりたいと思った。


「他所に生存者はいたか?」


 指先がタバコを挟む形になっているじいさんが質問する。

 ホームセンター以外に、という意味だろう。


「いましたよ、夕霧市の方だと思います。直接接触したことはないので分かりませんけど・・・・・・」


 夕霧は俺達のいる柏と違ってかなり都会の街だ。そんな場所に生存者がいるなんて、嬉しくなるニュースばかりだ。


「うん、僕も賛成だよ」


「おぅおぅおぅ、いいんじゃねえの? 決まりみたいなもんだろ!」


 これまで静かだった翔太郎とマモルも同意してくれた。場の雰囲気が明るくなるだけで気持ちも楽になるものだ。後、賛成の意を示してないのはじいさんだけだが・・・・・・。


「まぁ正直な所、食料をはじめとした物資はそこまで不足しとらん。わざわざ遠くへ回収に行く意味もない。だが、情報集めに行く価値はある。それまで機能しとった生活拠点が失われれば、外野が動くこともあるじゃろう」


 じいさんはコップにわずかに残ったジュースをワイングラスに見立てて回しながら呟いた。少なくとも反対ではなさそうだ。


「俺も生存者の捜索範囲を広げる必要があると思う。三ツ島は遠いが徒歩の範囲は探し尽した。その先のステップへ移るべきだ。それに俺としては知能のある感染者のことも気になるしな。奴らとはこの先必ずぶつかることになると思う。だから設備の増強も兼ねて、遠出したい」


 俺達が目にしただけで知能のある感染者は二体もいたのだ。これから数が増えていくことを危惧しなければならない。


「でもどうすんだ? 三ツ島までは遠いぜ?」


 マモルが純粋な疑問をぶつける。これまでの物資回収は近場がメインだったので、移動は徒歩だった。


「そのための秘密兵器じゃろう」


 じいさんが得意げに取り出したのは車のキーだ。


「ワゴンを確保しておいた甲斐があったな」


 近隣の施設から物資を改めるだけなら車は必要なく、むしろ騒音で注意を引くことや車道が失われていないかに左右されるのであまり重要視していなかった。

 ただ、遠くに行くとなると別だ。車の運搬能力を主軸にしなければ、人間の負担がとてつもないことになる。


「やった、車で行くの初めてだ」


「翔太郎、残念じゃがお主は留守番じゃ」


「えぇっ、なんで!? 僕だけひどいよ!」


「ハッハッハッ、冗談じゃ」


 翔太郎はまだ子供ということを考慮して、危険性の低い地点に行くときしか物資回収に連れて行かなかった。なので、本格的な参加はこれが初となる。

 喜ぶのも無理ない。


「詳細は明日練ろう。あつし、お嬢ちゃんに新しい部屋を割り当ててやれ」


 はしゃいでどこかへスキップしていこうとする翔太郎のジャンパーをつかみながらじいさんが言った。


「分かった。あんこ、ついて来てくれ」


 あんこは一瞬だけ戸惑ったが、返事をして俺についてきた。食事の後片付けでも気にしたのだろうか。真面目な子だ。



◆◆◆



 俺とあんこは並んで歩き出した。行き先は寝起きに使用している第三校舎の二階だ。


「よくここに人が住んでると分かったな」


「はい、塀の上にカメラがあったので・・・・・・最近になって誰かが設置したのだと直感しました。ここならきっと人がいる。そう思って学園の周りを沿って歩いてました」


「カメラか、なるほど。入口にはあっても塀の周りには普通ないもんな。まぁカメラに向かって大声でこんちわ~とか言わなかったところは褒めてやる」


 冗談を言うと、あんこはすごく自然な笑みを見せてくれた。あんこの辛そうな顔もたくさん見たので、笑ってくれると俺もうれしくなる。


「皆二階で寝てるけど、満室だ。あんこは三階を使ってくれ」


 一階は感染者に侵入された場合に備えて第二防衛ラインとなっている。夜も安全のため、出入り口を閉鎖する。だから簡易バリケードや工具がたくさん置いてあって、生活には適していない。

 有事の際に備えての二段構え構造だ。全てじいさんの提案だ。


 新しい寝床を案内して、部屋を出ようとすると名残惜しそうなあんこの顔が目についた。

 優しく頭を撫でて、おやすみなさいのあいさつとした。


「じゃあ、また明日な。今日はゆっくり休めよ」


 くすぐったそうにするあんこの顔を眺めて、俺は教室の扉を閉めた。

 俺もそのまま二階の布団へと向かう。その途中であんこの辛そうな表情を思い出した。


 ――私は裏口からホームセンターを出ました。もう死んでもいい、そんな気持ちで・・・・・・。


 死んでもいい、か。俺もパンデミックが起こった日は、そんな気分だった。命を捨てたからこそ、周りがパニックになる中でも冷静に行動できた。そのおかげで生き残れたなんてのは皮肉な話だ。


 あぁ、全てぶち壊したくなるほど、皮肉で憎たらしい話だ。

 あの日、俺は自分の命なんてどうでもよかったんだ。他人や社会がどうなろうと知ったことではなかった。


 そして、それは今でも同じかもしれない。だからあんな簡単にあんこを・・・・・・。

 あー、今夜は嫌な夢を見そうだ。






---






 あつしとあんこがいなくなった食堂は、興奮冷めやらぬといった様子だった。


「やることはしっかりやったか? 馬鹿、噛み跡チェックだよ」


 マモルは台詞一つでボケとツッコミを同時にこなし、じいさんの頭を撫でるという暴挙に及んでいた。

 夕食後のひと時を黄昏て過ごしていたじいさんの目に殺意がこもる。


「小僧、口の聞き方に気を付けろ」


「なんだよ、ちげーよ。あつしはちゃんとやったかな、って聞いてんだよ。はっはっはっ」


「フッ、ワシもあと五十年若ければの・・・・・・」


「そうだよ、じいさんは枯れ果てた年寄りなんだから、わざわざ気ィ遣わずにじいさんが見りゃよかったんだよ。つーか五十年ありゃ孫に孫が生まれるよ」


「マモルよ、ちょいと来い。寂しそうだからお前も噛み傷チェックをしてやろう」


「え、ちょっと待って。俺の何をチェックするの」


 じいさんがマモルの革ジャンの首根っこをつかみ、引きずり始める。


「なぁに。裸に剥くだけが検査とは限るまい。牢屋に入れて経過を観察すれば発症するかしないかで白黒つく。五日も待てば十分じゃろう」


「ま、待てって。五日も入れられたら発症どころか発狂しちゃう。お願い、お慈悲を」


「良かったのう、ちょうど枯れ果てた年寄りがおって」


「いーやーだぁっ!!!」


 くだらないプロレスで盛り上がる二人に、翔太郎が声高らかに割って入った。


「ねぇっ! ・・・・・・あのお姉ちゃん、なんか普通と違わない?」


 いつになく深刻な翔太郎の態度に二人とも呆然とする。

 じいさんはマモルと同じく、それを恥じらいだと指摘した。


「違うのはお前の方だ、翔太郎。照れとるのか?」


「そんなんじゃないよ。けどなんか、うまく言葉にできないけど・・・・・・知らない人、みたいな」


 じいさんはマモルの相手をするのをやめ、膝を折って翔太郎と視線の高さを合わせた。


「ワシはな。正直、あの嬢ちゃんをおとりだと疑っとった。拠点や物資を奪うために別の集団から入り込んできたスパイだとな。厳しく当たったのはそのためだ。じゃが話を聞くに全然違うな」


「スパイって? 根拠は?」


「しいて言うならば、単独の女だと点しかない。このご時世、あらゆる人間の悪意による脅威を警戒せねばならん。たとえそう見えなくても、疑わなければならんと思っとる。ワシは残った人間同士は協力せねばならんと思っておるが、そうでない連中もおるかもしれん」


「そう・・・・・・じゃあスパイじゃないと思った根拠は?」


「まず、彼女の拠点が遠い。普通はワシらが外に出た隙を狙って襲撃、あるいはこの白雪峰学園を略奪するのが順当な作戦じゃろう。嬢ちゃんの役割は、内情偵察とワシらの同情を買ってホームセンターへ連れ出すことじゃ。しかし、拠点が離れているとそれだけで遠征になる。こんな作戦をとるとは考えられん」


「へぇ~、つまりいい女だと思ってホテルについていったら後で怖いお兄さんに囲まれるって感じか!」


「違うようで遠からずなのが、腹が立つの」


 マモルが言ってるのは美人局つつもたせだと思われる。

 騙される、バックに屈強な男がいるの二点においては間違っていない。


 じいさんはタバコの灰を落とすフリだけして、翔太郎の肩をつかむ。


「お前が感じた直感の正体は分からん。じゃがの、よそから来た人間というのは簡単に信用するな」


 分かったな、と念押しすると翔太郎は目を伏せて頷いた。


「まっ、そう心配するなよ。次の遠征で女の子用の服、たくさん見つけてやろうぜ」


「夜も更けた。今夜は終わりにしよう」


 マモルの楽天的な言葉に励まされながら、小さな晩餐は終了した。

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