第7話:作戦会議①

 食欲をそそる香ばしい匂いが俺達を出迎えた。

 香りに引き寄せられるように歩き出すと、あんこもうしろをピッタリついてくる。ここへ来る前のような暗い表情ではない。

 手を差し出すと恥ずかしそうに受け取り、横に並んで歩き出した。


 匂いの出所はやはり食堂だった。田中のじいさんが六人掛けのテーブルの真ん中に陣取っている。

 目を閉じてスプーンとフォークを構え、ナプキンまで首に装着している。

 よわいを重ねた軍人のように厳格な振る舞いをする反面、子供っぽいギャップもあって面白い。本人は紳士的だと思っているらしいが。

 まぁ野蛮で好戦的なだけではないということだ。

 俺たちが入ってくるのを察したのか、片目だけ開けて着席を促す。


「腹が減っとるんじゃないか? メシにしよう」


 俺が一番端を一つ空けて座ると、あんこは何も言わなくても俺の右隣の席へ座った。


「じいさん、校門での件は・・・・・・」


「デザートが終わるまで待っておれ、せっかちめ」


「他のメンツは?」


「じきに集まる」


「かわいい格好だな」


 その瞬間にフォークでも飛んでくるかと思って身構えていたが、じいさんはただ顔をしかめるだけだった。少し赤面している。

 まさか、あれは照れてるのか・・・・・・?

 疑惑の視線から逃れるように、フンッと鼻を鳴らすとナプキンを頭からかぶってしまった。


「おっ、いータイミングだぜぇ?」


 フライパンを片手にキッチンから出てきたのはマモルだ。

 ハムの缶詰と運動場でとれた野菜をつかった炒め物、ライス、インスタントの味噌汁。匂いの元はこれだ。

 料理をお皿に盛り付け、次々に運んでくる。

 湯気の立ちのぼる出来立ての料理は、腹ペコのおなかをさらに空腹にする。


 だが、それよりも目を引くのが出で立ちだ。

 マモルは元ラグビー部だとかで恐ろしいほど筋肉質だ。しかも見せつけるためなのか、メッシュのシャツを着ている。話を聞くに、デスメタル系バンドのギターに同じ格好の人がいて、そのリスペクトらしい。

 それが料理当番という名目で、ピンクのエプロンまでつけて出てきたのだ。こんなのと一緒に生活してたら頭がイカれている。世界が崩壊する前ならば。


 いつもの革ジャンはどうした、と思えば、左隣の椅子の背にかけてあった。

 こいつの隣で飯を喰うのは、いつまで経っても慣れそうにない。

 どんよりした気分になった矢先に、ボディビルダーみたいな巨体が隣に座った。


「ちっ、相変わらず目が腐りそうな格好だ」


「お、まさに目の毒ってヤツだな?」


「吐きそうって言ってるんだ」


「ふぐっ、待て。俺の下の口が吐き気がすると言っている。ちょっと待ってろお前ら。まだ『いただきます』するんじゃねえぞ」


「クソッ、はやく行ってこい」


 この程度の喧嘩言葉は挨拶代わりだ。こんな小学生みたいな掛け合いを一年も楽しんでいるのだから、互いの本音はよく聞こえる。

 オッサンと高校生なのに、まるで同学年のような関係だ。

 マモルはトイレのために席を立ったかと思えば瞬きする間に戻ってきた。

 そして俺の肩に手を回し、口角を吊り上げながら耳打ちしてきた。


「随分長かったな?」


 俺とあんこが更衣室でしていた行為を見透かしているような下卑た顔だ。

 ごつごつした手で俺に何かを握らせる。


「ホラ、お前さんにクリスマスプレゼント、用意しといたぜ」


「・・・・・・それよりお前、手ェ洗ったんだろうな?」


「俺のキレイ好きはお前もよく知ってるだろ、な?」


 野糞を手で拭く奴がキレイ好きなんて何をほざいているのかと思うかもしれない。

 しかし、マモルは俺達の衛生担当で、汚れ仕事は喜んでやる。たっぷり汚れたものをピカピカに掃除したときの快感は、富士山を登り切ったときと同じと豪語するのがマモルだ。それにじいさんの衛生環境指導が加わって凶悪っぷりに磨きがかかっている。


 俺は手の中に目を落とす。

 正方形で紙片サイズのぐにゃぐにゃ、それは避妊具だった。中身を知った俺を見てニヤニヤとマモルが笑っている。

 取りあえずイラついたので、ほっぺを拳でグリグリしておいた。


「お、オッス!!!」


 唐突に大声がしたので、誰が道場破りに来たのかと思えば翔太郎だ。

 いつもは席に着くまで気付かないほど目立たないはずなのに、輪の中に入るのを躊躇しているというか、緊張している様子だ。


「どうしたぁ、ショウタロー? マモルさまの道場に弟子入り志願か?」


「・・・・・・何でもないよ」


 急にテンションを下げた翔太郎は、トコトコ歩いてあんこと対角線になる席に着いた。近い方の席に座らず遠回りしたことに不自然さを感じる。きっと思春期なのだろう。

 そこにめざとく目をつけたマモルが翔太郎をさらにいびる。


「なんだ緊張してんのか? 突然年上の美人がやってきて震えあがってんだろ、そうだろ?」


「ち、違うよ!」


 翔太郎は本当なら中学に上がる年頃だ。それを大災害に壊されて、異性のことを考える暇などなかったのだろう。そこへ突然こんな美人がやってくれば誰だって・・・・・・。


 俺は改めてあんこの顔を見た。美人という強い印象は受けないが顔立ちは美しく、退廃的な世界でも身なりは整えている。少しパーマがかかったショートヘア、おどおどしてて、気が弱そうで、味方をしたくなる雰囲気がある。

 勝手なイメージをつけるなら図書館で本を読むのが好きそうだ。

 性に興味を持ち始めた翔太郎がドキッとするのは全くもっておかしくない。


「校門での件、ありがとうな、翔太郎。ちゃんとできたじゃないか。教えた甲斐があったな」


 警備室の機材の使い方は俺が翔太郎に教える役割だった。じいさんやマモルの落ち着きぶりを見ると、校門での一悶着は一件落着のはずだ。ということは翔太郎はとどこおりなく俺の代わりを務めることができたと言える。そこは褒めてやらねば。


 普段の翔太郎ならここで嬉しそうな顔をするが、今日はなぜかそっけない。

 なんというか魂がこっちを向いていない。その瞳に映っているのはやはりあんこのようだ。

 それに本人も気づいたのか、にこやかにあいさつをした。


「よろしくね、翔太郎くん」


「う、うん・・・・・・」


太郎浦翔太郎たろうらしょうたろうなんてギャグみてぇな名前だよな!」


 マモルが弾ませたせっかくの会話の糸口だったが、翔太郎は唇を丸めてとっさに目を逸らした。

 五つくらい年上の女性というのは、男の子にとって手が届きそうで届かない摩天楼みたいな存在だ。

 俺が十二のころの青春の思い出話に花を咲かせようかと思ったが、今までずっと目を閉じていたじいさんが口を開いた。


「さて、そろそろ本題に入ろう。さきほどの校門での一悶着だが」


「いただきます」

「いただきまーす」

「いっただっきまぁーす」


 皆、料理を楽しみにしていたのだろう。男たちはじいさんの話が長くなりそうなのを感知すると、各々で食事を始めた。せっかくの料理が冷めてはもったいない。

 あんこはどっちに乗ればいいのか分からず、困惑しながらも合掌した。

 じいさんの様子をうかがいながら申し訳なさそうに手を合わせる様は、じいさんに謝っているように見えて引き笑いを誘った。


 やれやれ、と聞こえてきそうなため息をついて、じいさんも食事の体勢に入った。



◆◆◆



 俺達はこの一年間、生存者と接触がなかった。

 人類史をおびやかす大混乱以降、白雪峰学園に定着してから自衛隊や警察の助けは来なかったし、この四人だけで生き抜いてきた。


 パンデミックが起こった日、人間は海原に放り出された小魚と同じだったろう。

 一度に数千匹生まれる稚魚が大人になれるのはたった数匹。逆に言えばほとんどがそれまでに死ぬわけだ。

 大半は他の魚のエサになり、俺たちは運よく生き残った。生き残った数匹が他にもいてくれればいいが、その痕跡すら見つからない。


 ――もう誰も生きていないかもしれない。


 そんな緩やかな絶望を感じ始めていた俺たちの前に、新たな生存者という希望が舞い降りた。

 普段は味気なく感じる食事で、埋まっていなかった何かが満たされるような気持ちになったのは、ハムの缶詰が奮発されたからではないはずだ。

 感染者のこととは関係ない、他愛ない話で盛り上がったが、久々に楽しいと感じられる時間だった。

 食事の終わり時になって、じいさんが胸元のポケットを探りながら切り出した。


「さて、そろそろ話題を戻そう。さきほどの校門での一悶着だが」


「せっかちだな、じいさん。今日はいい日だぜぇ? なんてったって、デザートがあるんだからな! ショウタロー」


 マモルが指を鳴らすと、翔太郎が厨房の方から赤い包装の袋をとってきた。


「ポテチ食おうぜ! ポテチ!」


「今日は大盤振る舞いだな、厨房担当?」


「おう、なんたってあんこちゃんの歓迎日和だからな」


 デザートというには質素だが菓子類も貴重な今の時代、これは立派なデザートと呼べるだろう。


「え!? そんな、わたしなんかのために・・・・・・」


「デザートは早いモン勝ちだ。遠慮してたらなくなるぜ」


 あんこの歓迎であることすら忘れた発言をするマモルだった。だがツッコミより先に、俺はポテトチップスへと手を伸ばした。

 始めは遠慮がちな様子を見せるあんこだっただが、この一年間、食欲を押さえつけられた生活を送ってきた反動か、すぐ積極的になった。


 袋を引き裂かれ、中身がこぼれ、無数の手が伸びてきて貪り取られる。あっという間に食べ尽くされる。机にのったポテトチップスの末路は感染者に囲まれた人間に近い。


「なんか、俺たちがゾンビになったみたいだな」


 俺の発言であんこと翔太郎が顔色を悪くした。手が止まり、吐き気を催した表情に変わる。凄惨せいさんな記憶でも思い起こさせたのだろう。女子供にはキツいジョークだったか。


「うまいまい」


 マモルを見る限り全く気にすることなく貪り食っているが、場の盛り上がりも下り坂だったし、頃合いだ。俺の失言を隠すためにも話題を切りだそう。


「さて、そろそろ会議を始めるか。校門での一悶着だが・・・・・・」


 セリフを持っていかれたじいさんが不服そうな目で俺を睨んだが、鼻で笑ってやった。今日の俺は強気だ。



---



 それから俺たちは校門で起こったことの情報共有を行った。話題の中心は突進型の感染者だ。

 俺が現場を離れた後でじいさんが行った実験によると、走ること以外の全ては通常の感染者と変わらなかったそうだ。壁を登ろうともしなかったし、獲物を見失っても同じところにとどまり続けた。その気になればジャンプして壁をよじ登る脚力もあっただろうが、そうすることはなかった。


 知能のある個体と言えば、前に物資の回収に出た時、似たような個体と遭遇したことがある。そいつは天井から吊り下げられたバナナをとるために工夫するチンパンジーみたく、建物二階にいる俺たちの場所に向けて足場をつくろうとしていた。

 こいつには手を焼かされることとなった。この足場工作野郎のせいで、学園の塀の監視カメラをフル稼働させてモニタリングしなくてはならなくなったのだ。でなければいつ侵入を許したか分からない。


 敵の情報は集まったが、結局のところ、奴らの正体や変異した理由は分からない。

 俺達にできる最善は、今後の脅威を分析し、危惧することだ。


「あの、もしかしてなんですけど。人間をより捕食しやすくするために進化を遂げたのではないでしょうか。遺伝子のように」


 あんこの意見は妙に説得力がある。感染者の進化にバリエーションがあることを考えると、遺伝子の試行錯誤の結果のようにも思える。

 だが、真相に至る事実や考察ではない。

 それに、俺達にとって重要なのは敵とその戦力を認識することだ。


「まっ、つまるところとしては。普通とは違う特殊な感染者の存在がはっきり確認されたってことだ。二匹目がいたということは、確実に一定数いると思った方がいい。俺からはこんなところか・・・・・・」

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