第4話:織鶴あんこの過去①
観音開きのガラス戸を閉じると校舎内は外から隔離され、音のない世界が俺と彼女、
まるでこの地上にたった二人だけ生き残ったように思えるほどの静寂だった。
「ホントにケガはしてないか?」
「どこにもないです。先輩が、守ってくれたから・・・・・・」
織鶴の声は消え入りそうなほどの小声だったが、静かな建物内にいるおかげでちゃんと聞き取れた。
「俺のこと、知ってるのか?」
俺の服装は制服ではなく、適当な店で見つけたパーカーだ。
つまり織鶴は俺の顔を知っていて、先輩と呼んでいるはずだ。
「はい、あつしさんは
途中で言葉が途切れて、
察するに、俺のことを名前で呼んでしまったことが口をつぐんだ原因だと思う。女は繊細だから、何を理由にどう思うかは、想像しかできない。
具体的に俺のことを知るきっかけになった話を聞きたかったが、ここで長話をするのもナンセンスだ。
「あっちだ」
俺が歩き出すと、織鶴も半歩遅れてついてきた。
太陽の高い昼間は奥まで光が届かず、薄暗い。節電のため、夜以外につけることは少ない。
俺は操作盤のボタンを押して全体を明るくした。しかし、対照的に織鶴の表情は暗かった。
「ここは玄関だな。来客用だから生徒が使う機会はほぼなかったと思うが」
理由は分かる。軽装な姿を見ると、安全な場所を探して旅する
住む場所を失ったとなれば、そこにいた仲間は死んだ可能性が高い。現に彼女は一人でやってきた。明るくなんて、なれるはずはない。
「警備室のある第三校舎しか使ってないんだ。第三って、アレだ。特別教室とかが集まってるトコだ」
重苦しい雰囲気でいたら織鶴が悲しいことを思い出してしまいそうな気がして、
織鶴もここの生徒だったのだから、改めて説明する必要はない。だが、『お前はもう助かった、だから安心して良いんだ』という不可視のメッセージを送って元気づけてやりかたった。
「ここは食堂だ。今や俺たち専用の食卓と化してるけどな」
織鶴は反応するでもなく、大人しくついてきている。その表情は暗く、下ばかり向いていた。
少し長く感じるガイドが終わり、目的地についた。放課後の部活で汗を流した生徒が利用するシャワー室だ。
ひどく汚れた格好を見て、最初にここに連れてくるべきだと判断した。
「まずはシャワーだ。疲れただろ? 拭くものは・・・・・・そこの棚にあるから」
「あの、先輩・・・・・・」
「I am on your side」
俺はお前の味方だぞ。
それだけ言ってシャワー室の扉を閉めた。無理やり押し込めた感は
俺には織鶴の身体に噛まれた傷がないか、確かめる使命がある。織鶴は外から来た人間だ。感染者たちのはびこる危険な外を、だ。
逃避行の途中で噛まれてしまっている可能性は十分ある。
じいさんが俺に、「しっかり面倒を見ろ」と言ったのはそういう意味だろう。本心では
織鶴の身体には
なら少しでも配慮をしてやりたい。シャワーを浴びた所で噛まれた傷は消えないのだから。
(織鶴はさっきなんて言おうとしてたんだろうな)
――ひとりにしないで。
織鶴だって、いきなり裸になって湯あみしろと命令されれば面食らうだろう。
俺も学園では大便をしないほどデリケートだから理解できる。
だからと言って、役目を放棄したりはできない。この身体チェックには生活拠点全体の安全がかかっている。内側から感染が始まれば間違いなく痛手を
俺にできることは彼女のプライバシーをできるだけ考慮しつつ、白雪峰学園の安全を確保することだ。
その結果、とても恥ずかしい
では何と言えばよかったのか。
外で待ってる、なんて言われたらそれこそ落ち着かなくなる。俺だって便器にまたがってる時に、扉の前で待機されれば出るものも出なくなる。
・・・・・・もういい。やることは変わらないのだし、後はフタをして待つだけだ。
「しまった。シャワー室にタオルが置いてあるのは男用だけだ・・・・・・」
女用のシャワー室は、当初は女性の避難者が来た時のために空けてあった。
ひと月経った頃、生存者は誰も来ないと悟り、マモルと翔太郎が『入ってみたいから』という理由で何度か使った。そして現在、使用者は誰もいない。バスタオルなんてものは用意されてないはずだ。
今のうちに取ってこよう。俺は資源の保管してある教室へと急いだ。
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