第3話:ファーストコンタクト③

 校舎内に退避するあつしと織鶴を見送った後、田中のじいさんは無線を取り出し、スイッチを押した。


『ところで翔太郎、外の奴はどうだ?』


 あつしが正門に来たということは、代わりに翔太郎が警備室で無線係をしていると推測しての呼びかけだろう。それは当たりで、無線機からは声変わりする前の甲高い声が返ってくる。


『どうもこうも! 壁のトコでエサに群がるコイみたいになってるよ』


 翔太郎はずっと警備室で監視カメラの映像を見ていたので、門の外の状況をよくわかっているはずだ。

 田中のじいさんは質問を続ける。


『ワシはのことを聞いたのだ、そこらののことじゃない。あつしが言っておった特殊な個体はいま何をしておる?』


『お仲間と一緒に一生懸命、門の上に手を伸ばしてるよ』


『それは意外だな。もっと知能があると思っておったが・・・・・・ただの無しだったか』


 田中のじいさんは自慢のヒゲを撫でるのをやめ、他所から持ってきた脚立を登り始めた。その下でマモルがヘラヘラと笑い出す。


「そりゃーそうだろ。奴らの頭には脳みその代わりにうんこが詰まってんだから」


「つまらん冗談だの。自己紹介でもしとるのか?」


「そうじゃねーよー。じいさんたちは何の話してんの?」


「前の話の続きだ。こないだ物資の回収に行ったとき、知能を持つゾンビがいたじゃろう」


「あぁー、マンションの探索してた時な。二階のベランダから顔出してたら下のゾンビが机とかゴミ袋を重ねて登ろうとしてたって話だろ? ありゃ俺より頭が良いんじゃねーかと思って焦ったぜ」


「それと同類、進化した個体がまた出現したのだ。オリンピック選手も顔が青くなるほどの走力を持った奴がな」


「はえー。そんなやべーやつ始末しとくに限るぜ。はやくやっちまおう」


「マモル、奴らは無限沸きと同等のゾンビだぞ。あの全力で走る奴が一匹だけなんて保証はどこにもない。むしろ他にもいると考えるべきだ。だったら奴にどの程度の知能があるのか、試してみた方がいいじゃろう」


「そっかー。頭いいな、じいさん」


「今、ワシらに必要なのは情報だ。学園以外の地での情勢。知能を持ったゾンビの出現。他の生存者と関わりがなかったワシらは世間がどうなったかを知らん」


 監視カメラは音も拾えるので、ここの会話を警備室でも聞くことができる。翔太郎もその場にいるかのように無線で会話に参加する。


『じゃ、新聞でも取る?』


「こんちわーす、新聞の勧誘に参りましたー!」


「どっこらせ」


 翔太郎のお茶目なジョークにもマモルの下手くそな物真似にも耳を貸さず、じいさんは正門の塀の上に立つ。


 野暮ったい顔をしたマモルが頭を掻いた。


あつしツッコミ不在だと締まりがわりぃなぁ」


「フッ、お主の尻の穴とかの」


「お、いいねぇ、じいさん。そういうの待ってた」


「マモル。お前には明日から校門こうもんの警備を命じる」


「お? なんだそりゃ。ここに立ってケツの穴でも見てろってか?」


 他愛ないやり取りをしてはいるが、じいさんの足元では十数体のゾンビが餅まきを待つみたいに手を伸ばして群がっていた。

 無論、先ほどの全力疾走を見せた個体も群衆の一部となっている。


「登ることを知らんということは知能もない。ただ走り方を知っているだけ、か。これでも真の脅威とは呼べんな。とはいえ、が現れたということは他にも存在することは間違いない。こりゃ尻の穴を引き締めてかからんとな」


 じいさんは腰の肉切り包丁をダーツでも投げるように飛ばす。すると、一番先頭で手を伸ばしてゾンビの眉間に突き刺さり、二度と物言わぬとなった。

 手に巻いた細いロープを引っ張ると、肉切り包丁がバンジーボールのように戻ってくる。


「テストするには数が多くて邪魔じゃ」


『あっ、さっきのは校門と肛門をかけてたのね・・・・・・』


 無線機から、小さな呟きが漏れた。

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