第1話:ファーストコンタクト①

 私立白雪峰しらゆきみね学園は一言で言えばお金持ちのための中高一貫高校だ。

 俺は本郷あつしという名前で高校二年生に在籍していたが、それは感染が拡大する一年前の話だ。あの日以降、俺はずっとここにしている。


 地方に存在するこの学園は、市の緊急避難場所に指定されるほど贅沢な設備と豊富な人材がそろっている。生徒の大半が、名家の長男や財閥企業の跡取りばかりなので、だと言えよう。

 サラリーマンの家に生まれようが、貴族の家に生まれようが些細な違いだと俺は思っているが。


 世間一般の学校と違う点と言えば、品行方正な人間が多いこと、家の肩書きを借りた派閥争いがちょっと激しいこと。

 その人間も社交用のオーラが一皮むければどんな人間性があらわになるか、なんて分かったものじゃない。なのになぜ、人間は他人を理解しきったつもりになるのだろうか、と俺はいつも疑問をいだいている。


 『小学校以来の付き合いだから』『同じクラスで毎日遊んだ仲だから』『あいつがそんなことをするはずない』『きっと自分のことが好きに違いない』

 頭を切り開いて思考回路を調べたわけでもないのに、どうしてそうも思い込めるのか。他人の行動は、予測はできても決定することはできない。

 もしその人柄にそぐわぬ選択や友情に反する裏切りをしたなら、それは起こるべくして起こったのだ。

 そんな俺の考え方は周りの人間に透けているようで、友達はいても親友はいなかった。


 人の上に立つことの慣れた人間が多いおかげで、は俺自身の個性として捉えられ、いじめられるようなこともなかった。ただ、お坊ちゃまやお嬢さまにありがちな、という枠組みで、居場所が用意されただけだ。


 父親は我が子の性格を知ってか知らずでか、俺にボーイスカウトをやらせた。

 ボーイスカウトというのは、キャンプがメインの宿泊訓練みたいなものだ。汎用的な言い方をすれば、野外活動を通して炊事や釣り、応急処置の技術を身につけるグループ活動。大人の指導者のもと、少人数の班で行い、協調性やリーダーシップをはぐくむ青少年育成活動だ。


 俺の感覚では野球チームやサッカークラブと違って、やりたいから入るというより親がやらせるものだと思っている。友達の集まりみたいな部活より、社会の空気に近いボーイスカウトの方がやりやすかったのは事実だ。なので部活動には所属せず、中学高校とずっとボーイスカウトをつづけた。


 他人を深く信用しない性格は元々俺自身が併せ持つ癖だと思う。高校生活を人並みに楽しむには障害となる癖だが、このスカウト運動で社会に出て困らないくらいの協調性は身につけられた。


 その結果、どの派閥にも属さないが、文化祭やもめ事などのがあれば解決の導き手になる中立国のような俺が生まれた。

 自分が一年過ごす教室なのに、息苦しいのは願い下げだから尽力する。信用や解決力はあるのに友達には囲まれてない。

 そんな俺を学園の連中は一匹狼などと呼んでいたらしい。




 少し思い出にふけってしまったな。

 今の俺の課題は、警備室の一角で危険な感染者が学園内に入ってこないか、モニターを使って監視することだ。


 冒頭で述べた話に関連するが白雪峰学園の施設設備は充実している。学園と契約した警備企業が会社の人間を常駐させ、警備システムを構築していた。それを監視に流用している。システムの中枢が警備室に存在し、監視に流用している。


 警告の赤いランプが光っている。これは学園周辺を監視するモーションカメラがを捕えたという意味だ。


 ディスプレイに映る人影は大抵、目的もなくあっちにフラフラこっちにフラフラとさまようだけだ。そしてしばらくすればランプが消える。それの繰り返しだ。普段の仕事はそれを眺めるだけだが、そいつはじゃなかった。


 学園を囲む壁に手をつきながら、少しずつ校門へ近づいている。道路や物陰を注意深く観察する様からは、怯えていることが分かる。


 髪はショートで、白雪峰学園の制服を着ている。スカートだから女子。白を基調とした制服は薄汚れてすすけている。


「なんてこった。生存者だ」


 俺は無線機のスイッチを押した。


『警備室から全員へ。正門左手に生存者を発見した。作業を中断して直ちに救助に向かってくれ。繰り返す・・・・・・』


 しばらくすると、機械っぽい声の返答が流れてきた。


『おう、俺は校庭だぜ。今日は妙な空気がするとか言って校門に行ったぜ、じいさんは。栄養たっぷりだからよ、俺も校門にいくぜ』


 それ以降、音声は受信できなかった。なんて要領を得ない通信だ。俺はため息をつきながら「了解」とひとり言を言った。


 この一年間、俺達が生存者と接触したことは一度もなかった。事の重大さを無線の相手、新庄マモルが理解しているか不安で仕方ない。彼はネズミを駆逐する罠を作るときにエサ代わりにセクシー本を置いたエピソードがあるほどの大バカ者だ。


 そして無線で言っていた『じいさん』という人物は田中のことだ。

 うさんくさい年寄りで、太平洋戦争中にジャングルで生まれ落ちただの、やれベトナム戦争に参加しただの、中東で傭兵をやっていただのと無茶苦茶なじいさんだ。

 確かに年寄りにしちゃきびきびしており、校舎入口に対人用トラップを仕掛けたり警備体制の欠点を指摘したりと、軍人ぽい頼りがいはある。


 だからこそ俺は、田中のじいさんに任す気にはなれなかった。


「起きろ、翔太郎。俺は校門へ行くからモニターと無線を任せたい」


 床に敷かれた布団に一声かける。すると、素直な目をした少年が亀みたいに頭を出した。

 彼は太郎浦翔太郎たろうらしょうたろう。先ほどまで、監視業務の疲れで仮眠中だった。目はパッチリ開いているが、寝ぼけている。


「いいか、これはお前にしか頼めない重大な任務だ。しっかりしろ!」


「ふぁい、いってらっしゅい兄ちゃん」


 現場を田中のじいさんとマモルに任せるのは不安だ。ましてやまだ十二歳のこの少年には行かせられない。

 俺は形見の紅いナイフをベルトにつけて、校門へ走り出した。

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