第15話 斎藤君との総力戦
クミちゃんと隆君が職員室に到着したのを、わたしたちは船のスクリーンで見ていた。
待機を命じられた以上、わたしにできるのは二人を見守ることだけだ。
二人は映画に出て来る特殊部隊員のように、変身状態で周囲を確認し始める。
『今のところ、変わった様子はない』
隆君からの通信が入る。
「もうばれちゃってるのかな……」
「十中八九ばれてるです。こんなあからさまに人避けしてるですから」
放課後とはいえ、本来ならまだ人もいる時間だ。
こうも誰もいないとなるとさすがに違和感があるし、それに気づかない斎藤君ではないだろう。
「でもでも、それなら奇襲とか無理じゃない?」
「それでもやるしかないです」
レンちゃんは一瞬たりともスクリーンから目をそらさず、真剣な表情で言った。
わかっていたつもりだけど、本当に勝算は少ないみたいだ。
「ま、とはいえ向こうも引く気はねえだろうからな。罠と分かっていても突っ込んで来ざるを得ない。精神的な面でいや、五分五分ってとこじゃねえか?」
おじさんのこの楽観主義は、わたしも見習わないといけないだろう。
いつもマイペースで動じることがない。
自分以外のことなんてどうでもいいと思ってるのかもしれないけど。……たぶんそうなんだろうな。
スクリーンの中の二人が、何もない空間に手を当てて何かしている。
以前アルマジロさんが現れたゲートも、確か同じ場所だった。
『職員室のゲートは無事だ。校庭裏にあるゲートも、今のところ変わった様子はない』
ということは、まだ斎藤君は来てないのか。
時計を見ると、時間は6時10分だった。
扉の復旧は遅くても早くてもダメという話なので、そろそろ現れないと間に合わない。
なのに、斎藤君は一向に姿を見せない。
「う~、なんで来ないんだろ。あきらめたのかな」
「焦れちゃダメです。相手の思うツボですよ」
レンちゃんの言う通りだ。
しかしわかってはいても、どうしても焦りが顔を出してしまう。
わたしが再び時計に目をやった時だった。
『いた! 斎藤だ‼』
え⁉
わたしは急いでスクリーンの方を向いた。
一瞬だけ、職員室の出口に人影らしきものが映った気がする。
あれが斎藤君?
本当にここに、斎藤君がいるの?
「ちょ、ちょっと見せて見せて!」
わたしが身を乗り出してスクリーンを覗いた時だった。
突然、画面いっぱいに煙のようなものが広がり、何も見えなくなってしまった。
「なにこれ⁉」
「ただの煙じゃねえな。どんなセンサーも動かなくなってやがる」
「そ、それってどういうこと⁉」
「この煙の中で何が起きているのか、俺達はまったく分からねえってことさ」
そ、そんな……。
スクリーンからは、戦闘音と思われる豪快な音が定期的に聞こえている。
「クオ! 状況はどうなってる⁉」
『ちょっと待て! 今戦闘中だ‼』
「だからこそだ! このままじゃサポートのしようがない!」
隆君の舌打ちの声が聞こえる。
明らかに隆君は苛立っていた。
『目の前に斎藤陽一がいるんだ! こいつのせいで、僕が今までどれほどの苦渋を舐めてきたかお前は知ってるだろ‼』
「今そんな話はしてねえ! いいから状況を言え‼」
返事がない。
先程まで聞こえていた戦闘音もなくなった。
音声機能が壊れたのかなと思ったその時だった。
『ぐあっ!』
クミちゃんのくぐもった声が聞こえる。
思わず、背筋が凍った。
『一名負傷した! くそ。僕を庇って……』
「クオ! お前らしくもねえ、少し落ち着け! お前一人で勝てる相手じゃねえだろ‼」
『分かってる‼ ……くそ、駄目だ。ここからは僕一人で行くしかない』
「おい待て! 危険過ぎる‼」
『このまま撤退したら、世界そのものが終わってしまう!』
隆君の声は明らかに焦っていた。
わたしはハラハラしながら、事の推移を見守っていた。
『くそ。こうなったらお前もろともだ。ここら一帯を消し去ってやる‼』
「あの馬鹿……‼」
おじさんがコンソールを必死に叩き始める。
何をしようとしているのかはわからないけど、とんでもないことだというのはわかる。
「隆君‼ 隆君、ダメーー‼」
わたしはあらん限りの声で叫んだ。
『なんてね』
わたしは目をぱちくりした。
『ふぅ~。ったく。宇宙人ってのは人使いが荒いな』
クミちゃんの声だ。
負傷して動けないって話だったのに。
「え? え? なに? どういうこと?」
『斎藤陽一を確保。繰り返す、斎藤陽一を確保!』
わけがわからない。
わけがわからないけど、確保したということは、斎藤君を捕まえたということだ。
それを理解すると共に、わたしの心臓がドキドキと高鳴り始める。
『この煙にはセンサーを妨害するだけでなく、通信を盗聴する機能も備わっていたんだ。だから逆に利用させてもらったのさ。まあぶっちゃけただの推測に過ぎなかったけど、賭けに出て正解だったよ』
おじさんが、大きくため息をついて椅子にもたれかかった。
「お前さ。よく俺の文句言うけど、お前だって大概だぞ?」
『まあ、今回は文句を言われても仕方ないかな』
二人はどちらともなく笑い始めた。
「せ、成功なの? 斎藤君は無事なの?」
『うん。無事だよ。と言っても、この先どうなるかは分からないけどね』
わたしは心の底から安堵した。
とにかくみんなが無事だった。それだけでわたしにとっては──
ピーーー! ピーーー! ピーーー!
突然、そんな警報が船の中で響き渡った。
「まずいぞ……」
おじさんの顔が青くなる。
「ど、どうしたの⁉」
「ここから数キロ先に次元の歪みを観測。中から大量の宇宙生物の存在を感知した。このままだとこの近辺が奴らに食い尽くされちまう‼」
「え⁉」
『バド! 緊急事態だ‼ 斎藤陽一の奴、まだ力を残していた‼ 粒子爆発が起こり始めている‼』
「ええ⁉」
いきなり色々なことが起こり始めて、わたしは慌てふためいていた。
『二人で爆発を抑える! 粒子供給を頼む‼』
「まずいです……。この感じ、あと1分もしないうちに悪霊が雪崩れ込んできますです!」
レンちゃんは異世界と交信して対策を模索しているし、おじさんは必死にコンソールを叩いている。
わたしは……わたしは……
ええと、こんな時猫姫ちゃんならどうするだろう。
そういえば、さっきもらったメールに何か書いてあった。
わたしはスマホを起動して、その文面を読み上げた。
「ピンチのピンチはチャンス……。ピンチのピンチはチャンス……」
爆発が起きるのがピンチで、悪霊が大量に湧くのもピンチで、でもそれはチャンスで……。
「あ」
わたしは思いついた。
悪霊は確か、文明を食らう存在。そして斎藤君が奪った三つのものは、世界の文明そのもの。
だったら……
「おじさん! 次元の歪みって移動させられる⁉」
「はあ⁉ 無理に決まってんだろ!」
「でもそうしないとダメなの‼」
ダメだ。焦ってうまく説明できない。
わたしがもっと賢かったら……
「……もしかして、悪霊を魔力爆発にぶつけるつもりですか?」
「そう! それ‼」
わたしは思わずレンちゃんを指さした。
さすがはレンちゃんだ。
短い間とはいえ、わたしと行動を共にしたことで、わたしという人間をよくわかってくれている。
「それならできるです。厳密に言えば、歪みの前に門を開いて、指定の場所へ移動させるという方法ですが」
「それでいいそれでいい! とにかく今は考えてる時間ないから!」
レンちゃんはこくりと頷いた。
「バドさん。私を次元の歪みの前に転送してください」
「……どうなっても知らねえぞ!」
コンソールを叩くと、レンちゃんが急に消えた。
次元の歪み付近にワープしたんだろう。
わたしは爆発を抑えている二人に連絡した。
「隆君! クミちゃん! 今から悪霊……宇宙生物だっけ? まあいいや。とにかくそいつらをそっちに集めるから‼」
『ああ⁉』
『どうでもいいけど早くしてくれ! 二人がかりじゃ抑えるのも限界だ‼』
二人には最低限の情報は伝えた。
他に何かやっておくことは……えーっと、えーっと。
『リカさん! 問題発生です‼』
「今度はなに⁉」
わたしの頭はパニック寸前だった。
『悪霊を全員移動させられるほどの門だと、質量的に問題の場所から50メートルは離れないと作れないです!』
「それってどういうこと⁉」
『つまり校舎が邪魔で、魔力爆発と悪霊をぶつけられないってことです‼』
てことは、てことは……校舎をぶっ壊せばいいってことね!
「おじさん! わたし、出ます‼」
おじさんはちらとこちらを見て、薄く微笑んだ。
「任せたぜ」
わたしはサムアップしてみせた。
おじさんがコンソールを叩くと、一瞬の内に船の中から校庭へとワープする。
通い慣れたわたしの学校を照らす夕陽は、既に落ちかけていた。
うす暗い学校の中で、職員室付近の窓からはまばゆい光が漏れ出ている。
その光は、徐々に徐々に強くなっていた。
もう時間はない。
わたしはすぐに変身のポーズを取った。
「変身!」
魔法少女の姿に変貌したわたしは、すぐにレンちゃんと連絡をとった。
「レンちゃん! どんな感じでぶっ壊せばいい⁉」
『天井に風穴を開けてください‼ できるだけ大きく‼』
「おっけ~」
わたしは地面に両手をついた。
左足を伸ばし、右足を曲げる。
わたしは大きく深呼吸した。
「クミちゃん、隆君。天井が崩れるから気を付けてね」
『なんだって?』
『おいリカ。お前何するつもり──』
わたしはクラウチングスタートで一気に駆けだした。
加速、加速、加速!
念仏を心の中で唱えると、それに呼応するように速さが増す。
空気を裂くようなスピードにまで達した時、わたしは大きく跳躍した。
『悪霊が出てきました! 門を開きますです‼』
わたしの前方に、巨大な門が現れる。
でも関係ない。
わたしがやることは、目の前の校舎を破壊することだけ!
「魔法少女……キーック‼」
わたしの足が校舎の屋上にぶつかると、まるで紙細工のようにへこんだ。
その反動で一気にヒビが広がると、それは校舎全体に伝播し、そのまま砕け散った。
ふと下を見る。
そこには光り輝く物体と、それを押さえるクミちゃんと隆君がいた。
彼らはあんぐりと口を開け、わたしを見上げている。
そしてそのすぐ近く。
すぐ近くに、人影が見えた。
失踪してから今まで、ずっとその姿を探していた人が。
「斎──」
その瞬間、大量の悪霊が光の元へとなだれ込んだ。
わたしの身体は、ちょうどその射線上にあった。
悪霊たちの凄まじい勢いに、わたしの身体は硬直した。
避けられない。
そう確信し、わたしが死を悟った時だった。
ふわりと、誰かの温かい手が私の肩を包み込む。
「斎藤君?」
わたしが思わずつぶやいた時、悪霊の群れに飲み込まれ、わたしの意識は途絶えた。
◇◇◇
「──さん」
「リカさん、起きてくださいです!」
誰かが呼んでいる声がする。
わたしはぼんやりとする意識の中で、うっすらと目を開けた。
「リカさん! よかった。無事だったですね」
レンちゃんが、涙混じりに安堵の笑みを浮かべている。
わたしはぱちぱちと瞬きして、がばりと上半身を起こした。
そこは職員室だった。
既に天井も机も全て吹き飛び、ほとんど原型は留めていない。
そこにはレンちゃん以外にも、クミちゃんと隆君もいた。
「悪霊に飲み込まれた時は、最悪の事態まで考えたけどな」
「まったく。運の良さは天下一品だね、姉さんは」
運?
そうじゃない。
あの時、確かに感じた。
わたしを守ってくれた、誰かの存在を。
わたしはきょろきょろと辺りを見回した。
「斎藤君は?」
その言葉に、全員が口ごもった。
「……結局、斎藤陽一が企んだ粒子爆発は止められなかった。でも姉さんの機転で、なんとか世界は崩壊せずに済んだよ」
「大量発生した悪霊も魔力に飲み込まれて全滅したです。リカさんは世界を救った英雄ですよ」
「じゃなくて、斎藤君は?」
みんなは答えない。
クミちゃんが、わたしの目線に合わせて腰を落とした。
「リカ。落ち着いて聞いて」
真剣な様子のクミちゃんに、わたしは戸惑いながらもうなずいた。
「斎藤は死んだ」
「……え?」
「情報爆発に巻き込まれた。いくら斎藤でも、ひとたまりもない」
死んだ?
斎藤君が?
わたしが止めるって、そう誓ったのに?
何が何やらわからない。
わたしは何も考えられなかった。
「リカさん。落ち着いてくださいです。リカさんは何も悪くありません。リカさんは──」
目の前が真っ白になって、わたしは再び倒れた。
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