第13話 斎藤君の目的


「あの、ちょっといいですか? どうしてこう、集まるのはいつもいつも、わたしの家なんですか?」


自宅のダイニングで椅子に座っている全員が、わたしの方を向いた。

以前集まった時と同じメンバーに、クミちゃんを入れた六人だ。


「仕方ないだろ」

「仕方ないね」

「仕方ないです」


みんな勝手すぎる……。


「さて。じゃあ早速だけど、組織の人間に情報を落としてもらおうか」


隆君がにこにこ笑いながら、頬杖をついて言った。

クミちゃんはタバコを吸いながら、じっと隆君を見つめている。


「断る」


クミちゃんはきっぱりと言った。


「ク、クミちゃん⁉ さっき全部話すって言ってたよね⁉」

「なんかコイツの態度がむかつくから断る」


なかなかボーイッシュな理由だ。


「ずいぶんと大人気ない態度をとるね。非公式とはいえ、世界の代表としてここに座っている人間とは思えないな」

「私はお前より年上だ。敬語くらい使え、ガキ」


さ、さすがはクミちゃん。

隆君をガキ扱いする人を初めて見た。


「そんな下らない年功序列に縛られているのはそっちの世界の人間だけだけどね。低俗甚だしいよ」

「リカ。私帰るわ」


一瞬冗談かと思ったけど、クミちゃんは本当に立ち上がった。


「ちょちょ、ちょっと待ってちょっと待って! それは困る‼」


あんな壮絶バトルをしてまでここに座ってもらったんだ。

このまま何の収穫もなしに終わらせられない。

クミちゃんはため息をつき、髪をかき上げた。

かと思うと、自分が座っていた椅子に登り、そのままテーブルにガンと足を乗っけて、隆君を見下ろすように睨みつけた。


「いいか? ガキ。本来なら、私はこの場に座る必要もないんだ。異世界を潰すのは時間の問題で、そこの物資をフルに使えば、お前らをねじ伏せることも容易だった」


隆君も、黙ってクミちゃんを睨んでいる。

クミちゃんは、そんな隆君の顔にタバコの煙を吐いた。


「自覚しろ。ここに座ってやってるのは、利害の一致でも妥協でもない。世界を理不尽な暴力で奪われるお前らに同情した、ただの善意だ」


クミちゃんは言いたいことを言うと、再び自分の席にどっかと座った。

わたしの額は、汗でびっしょりだった。

薄々分かっていたつもりだったけど、クミちゃんはけっこう……いやかなり、喧嘩っ早いみたい。

あと、人の家の机に足を乗せるのはどうかと思う。


「分かりましたよ。敬語を使えばいいんですよね、おばさん?」


クミちゃんは、ふっと笑った。


「よかったな。私がまだ歳を気にするような年齢じゃなくて」


どうやら、なんとかこの場は収まったらしい。

わたしは、ほっと息をついた。


「そもそもさ。みんなは斎藤君とどこで知り合ったの?」


斎藤君が凄い人だという話は異世界からも銀河世界からも聞いたけど、肝心のどうやってそれを知ったかまでは聞いていなかった。


「私の世界では預言書がありましたからね。それに則ってコンタクトを取り、魔法戦士としての素質を知ったという感じです」

「僕達の場合は高度AIがその存在を予知したんだ。でなければ、こんな辺境の太陽系第三惑星までわざわざ出向いたりしない」

「……てことは、斎藤君は普通の人間として、この世界で生まれ育ったってこと?」

「普通とは言い難いな」


今まで黙っていたクミちゃんが、ふいに言った。


「斎藤陽一は5歳の頃、両親と妹を未確認生命体に殺されてる。アンタらで言うところの悪霊や宇宙生物ってやつだ」


あの巨大イカか。

正直、そんなに恐ろしいものだと思っていなかったので、少し動揺している。


「どういうわけか、大量の未確が突然首都圏に湧き出したんだ。今まで未確を対処してきたウチでも捌き切れないほどの数だ。政府は大規模な天災としてこの事態を秘密裡に握りつぶした。私達が1229事件と呼んでいるのがそれだ」


1229事件。

確か、斎藤君が諜報員にスカウトされるきっかけになった事件だ。


「お前ら、何か心当たりは?」


クミちゃんの目が、異様に冷たく光っている。

隆君が、珍しく口ごもっていた。


「……その1229というのは、この世界でいうところの、12月29日ってことですか?」

「そうだ」


隆君は額を押さえ、小さくため息をついた。


「僕達が地球に接触した日だ」

「わたくし達もその日、初めてそちらの世界に侵入しました。……これは一体どういうことですか?」

「どうもこうもねえ。アンタらの世界にいる未確どもが、こっちに漏れたとしか思えない。その結果、斎藤陽一は愛する家族を失い、天涯孤独の身になった」


隆君は口元を押さえながら黙っていた。


「……いや。いや、ありえない。僕達はただ観測しただけだ。斎藤陽一の存在を確認して、すぐにその世界から離脱した。その段階での地球の評価は、こちらに比べて大きく文明が劣っている世界だったんだ。だからこちら側が接触することで文明に影響を及ぼす危険性を考え、観測するだけに留めた。僕達だって、そっちの世界がどうなろうと知ったことじゃないなんて、そんな野蛮な考え方はしていない。最大限考慮した結果だった」

「わたくし達もそうです! 初めて異界に接触するということで最大限の警戒はさせていただきましたが、それだけです。斎藤陽一さんの存在を感知した後は、すぐに撤退しました」


クミちゃんは二人を睨んでいた。

でもそれは怒っているというよりは、何かを見極めようとしているような目つきだった。


「……クミちゃん。もしかして、今も何か起こってるの?」


それはただの憶測ではなかった。

思い出したのだ。

斎藤君が5歳の頃。つまりわたしが5歳の頃。

幸い、わたしはその時違う場所に暮らしていたから大事には至らなかった。

だけど連日流れるニュースは、子供ながらに覚えてる。

断続的な地震が起き、その後あの驚異的な大災害が起きたことを。

そして今、この周辺では断続的な地震が起こっている。


「……そうだ。そしてそれが、意図的に引き起こされたものだと政府は判断している」


隆君は鼻で笑った。


「僕達が起こしてるだって? そんな根拠がどこにあるんだ」

「少なくとも、今暴れてる未確共はアンタらが連れて来たものだ。だから異世界侵略を決行した」

「ちょっと待つです! 私達もそんなこと知りません! そもそも悪霊をコントロールできるなら、とっくの昔にやってるです! 私達だって、あいつらのせいで甚大な被害を受けてるです!」

「それを証明する手立てはない」

「そんなことを言えば、僕達がやってるということだって証明できないだろ」


どうしよう。

言い争いが始まってしまった。

でもわたしがそれを止めるには、あまりにも場違いだった。

だってわたしは、あの天災が起こったあとも、何も気にせず生きていた。

時々流れるニュースを見て、かわいそうだなぁと思う程度で、全然違う世界の出来事だと思っていた。

そんなわたしに、何かを言う資格なんて……


「おほん」


俯いていたわたしは、咳払いしたおじさんの方に顔を向けた。


「別にいいんじゃねえか? 何を言ったって」


あっけらかんとした顔で、おじさんは言った。


「お前はお前だし、他人は他人だ。いちいち他人に同情してたら、自分の人生なんて生きられねえよ。それでも他人のことを考えたいって言うんなら、今から考えりゃいい」


……そうだった。

自分で言ってたことなのに、すっかり忘れていた。

馬鹿だったり、失敗したり、後悔するようなことがあっても、これから考えればいいんだ。

ずっと別の世界のことだと思ってたなら、今度はちゃんと考えればいい。

わたしにはそれができる。

だってわたしにとってはもう、違う世界のことじゃない。

異世界も、銀河世界も。全部ちゃんと、わたしの世界だ。


未だに言い争いをしているみんなを無視して、わたしはバンと両手でテーブルを叩いた。


「誰も悪くないと思う!」


全員が、しんと静まり返り、わたしの方を向いた。


「だって事故だったんでしょ? 誰もわかんないことなら、もうしょうがないよ。今起きてることも、二人が違うって言ってるんなら違う。クミちゃん、ここはみんなを信じる場なの。だから、わたしたちも信じよう」


クミちゃんは黙っていた。

わたしは続けた。


「今回のことは誰も悪くない。というか、そう思わないとダメだよ。だって、斎藤君はみんなを恨んでるんでしょ? そんな斎藤君を、わたしたちが止めるんでしょ? だったら斎藤君と同じになっちゃダメ! そうでしょ?」


わたしは肩で息をしながら、みんなを見回した。

どこまで伝わったのかはわからない。

でも、今自分が持っている全力の想いを込めたつもりだ。


しばらくして、ふいにクミちゃんが笑った。


「……リカにしてはまともなことを言うな。狐でも化けてるのか?」


隆君がため息をついた。


「責任転嫁していても始まらないからね。確かに、姉さんの言う通りだ。今日は槍でも降るかもね」


レンちゃんが大きく頷いた。


「とにかく今は、斎藤さんのことを考えるです。リカさんはあとで頭の精密検査を受けましょう」


みんな……。

ちゃんと話せばわかってくれるんだ。

一言多いのが気になるけど。


「じゃあ少し整理するけど、斎藤君の目的は復讐ってことでいいのかな。あれ? でもそうなると、どうして『いろは歌』を盗んだの?」

「斎藤が私達を恨んでいるのも仕方ない。1229事件を契機に、斎藤は諜報員として異世界と銀河世界に潜入するという任務を与えられたからな。まだ5歳の子供に、世界の怒りを押し付けたんだ。被害者であり、子供である斎藤の声に、誰も耳を傾けようとはしなかった」


結局、みんな恨まれてるってことか。

身よりもいない。周りにいる人は憎んでいる人達ばかり。

そんな世界を、斎藤君はどんな思いで生きてきたんだろう。


「まあせっかくだ。リカの言うように、ここにいる奴ら全員が真実を話したと仮定して話を進めるか。となれば、今未確を動かしてるのは斎藤ってことか?」

「それ以外に考えられないね。斎藤陽一の目的にも適っている」

「……本当にそうです?」


レンちゃんに、全員の視線が集まった。


「斎藤さんの目的は現実世界を破壊することじゃないです。悪霊を現実世界で暴れさせることは、必ずしも目的と一致するとは限りません」

「……あのね。僕達は腹に抱えた一物を押さえて、妥協案を提案してるんだよ。その前提以外に僕達が共闘することはありえない。話を蒸し返さないでくれるかな」


レンちゃんはむっとした。


「失敬ですね。私はただ、ちゃんと検証しようと言ってるだけです」

「それは後でもできるだろ。今は足並みをそろえることの方が重要だ。……まったく。その程度の頭脳でよく諜報員なんてやれたね」

「むうぅ~‼」


レンちゃんが顔を真っ赤にしている。

わたしは慌てて二人を取り持った。


「ま、まあまあ! レンちゃんだってとっても頭が良いんだよ。ええと……ほら! わたしが隆君に捕まってる時とか、いち早く駆けつけてくれたし! あんな迅速にわたしの居場所を探し出せるなんて、やっぱりレンちゃんはすごいなぁ」


わたしがそう言うと、レンちゃんは哀れなものでも見るかのように、わたしに同情の目を向けた。


「……リカさん。本気で言ってるです?」

「へ?」

「リカさんが自宅に戻る前に、居場所が分かるリップクリームを塗ってあげたじゃないですか。まさか忘れていたわけじゃないですよね」

「あ、ああ……あはは! 忘れるわけないじゃ~ん! そんなに頭悪くないよ? わたし」


にこにこ笑ってごまかしてみたが、レンちゃんはジト目でわたしを睨んでいる。


「……リップクリーム?」


おじさんと隆君が、顔を見合わせた。


「セイレーン。もしかしてそのリップクリームとやらは、斎藤陽一にも渡していたのか?」

「そうですよ。塗った人間の居場所しか分からないからとごまかして、リップクリームを持たせてました。でも実際は互いに感知できるもので、これで斎藤さんの居場所を常に監視していたです。ただまあ、斎藤さんには全てお見通しだったようで、逆に騙されて職員室での騒動に巻き込まれましたが」

「そのリップクリームってのは、もしかしてこれか?」


おじさんが取り出したのは、わたしの口紅だった。


「はい。それです」

「ええ⁉ これわたしのなんだけど!」

「斎藤さんが入れ替えたものだと思うです。リカさんに別世界があることを認識させるのが目的でしょう」


えぇ~。じゃあわたしの口紅はどこに行ったんですか?

お気に入りだったのに……。


「おかしい」


ふいに、隆君が言った。


「え? なにが? 隆君も前に同じこと言ってたよね」

「姉さんを巻き込みたいなら、銀河世界の人間と引き合わせるだけでよかった。なのに異世界の人間をあの場所に呼んだ。明らかに矛盾している」

「……でも、三つの世界を喧嘩させるのが目的なんだから……」

「そんな場をセッティングしなくても自然にそうなる。むしろ変に介入させて闘争を起こすことで、姉さんが死ぬ可能性だってあった」

「ええ⁉ ……え、でも待って。そもそもアルマジロさんは、わたしを殺そうとしてたよ?」

「ハッタリに決まってんだろ。貴重な交渉材料を殺すわけない」


なるほど……。

アルマジロさん本人から言われれば、納得せざるを得ない。


「そう。殺すわけないんだ。だからこそ、事故を起こす可能性を減らすべきだった。なのにそうしなかったのはなんでだ?」


クミちゃんが、おもむろにタバコの火を灰皿に押し付けた。


「状況を知らないからよく分からないが、組織の人間だけ呼ばれなかったってのは気になるな。少なくとも、何らかの意図は感じる」

「確かにそれも気になる。僕達と組織の人間との違いはなんだ?」


違い?

違いかぁ。

前までは全然違うと思ってたけど、強化骨格とか見てると、なんだかほとんど同じみたいだしなぁ。

う~ん……。


「あ。扉とか?」

「……扉?」

「うん。ここに来るのに使うんでしょ? ゲートっていうんだっけ。アルマジロさんがこっちの世界に来たのを見たことあるよ」


パチンと、突然隆君が指を鳴らした。


「そうか扉だ!」


いきなり叫ぶので、わたしは思わずビクっとなった。


「僕らは本来、扉はばれないような場所に作る。敵からの侵入を防ぐためにね。それは異世界も同じはずだ。そうだろ?」

「は、はいです。門は一度開くと次元の歪みが生じて、再び繋ぐことが可能になるです。だから門を開く場所は決められていて、そこ以外で門を開けることは原則的に禁じられているです」

「そう。よっぽど緊急な用でもなければね。たとえば、絶対に取り返さなければものを盗んだ悪党が、しっぽを見せた時とか」


全員が、唖然とした。


「僕達は、同じ時期、同じ場所に扉を開けたんだ。そういうありえない事態が、斎藤陽一の策略によって引き起こされたんだよ」

「……ええと。つまり?」

「つまり、あの職員室に三つの世界が集積したってことだ。たとえばそこで世界を巻き込むような大規模な粒子爆発を起こせば、三つの世界の文明は崩壊する」


おじさんが思わず舌打ちした。


「そういうことかよ、くそったれ」

「現実世界の『いろは歌』。異世界の『生命の泉』。そして銀河世界の『銀河の欠片』。斎藤陽一の狙いは、その三つをぶつけて、僕達の住む世界全てを破壊することだ」


わたしはぽかんと口を開けていた。

この非日常な世界に巻き込まれてから今まで、ずっと探していた斎藤君の目的。

それは、分かってしまった今も尚、そのスケールの大きさに理解が追いつかないほど、荒唐無稽なものだった。

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