第11話 わたし、初めて友達と喧嘩します!
わたしは今、自宅のダイニングにある椅子に座っていた。
どこよりも慣れ親しんだ場所であるにもかかわらず、しかしわたしは、終始緊張しっぱなしだった。
大人しく座っている隆君もセイレーンのレンちゃんも、互いに殺気十分な目で睨み合っている。レンちゃんの隣に座る清楚で美人な女の人は終始にこにこしているし、隆君の隣に座るおじさんは、面倒くさそうに両手を頭の後ろに回し、椅子を揺らしている。
レンちゃんの計らいで話し合いの場が設けられたのはいいが、中立の場として自宅を指定されたのは、はっきり言って迷惑以外の何物でもない。
ママもパパも働きに出かけているからよかったものの、そうでなければまた別のところでひと悶着起きるところだ。
そもそも、隆君が壊していったところだって、まだ直っていない。
ママ達が帰って来て真っ先に怒られるのは、当然わたしだろう。
「と、とりあえずさ。話し合いの場なんだから、威嚇するのはやめようよ。ね? レンちゃん。隆君」
「レンちゃんって、わたしのことです?」
「うん。セイレーンだからレンちゃん。気に入らなかった?」
「い、いえ……別にいいですけど」
まんざらでもなさそうな顔で、レンちゃんはうつむいた。
「こんなほだされやすい奴が諜報員とは、異世界も底が知れるね」
レンちゃんが言い返そうとするのを、隣にいた長髪の美人さんが手で制止した。
「改めて自己紹介させてください。わたくしは女神。異世界の長を務める者です。どうぞよろしくお願いいたします」
女神というだけあって、物腰もやわらかで、慈愛に満ちた笑顔はとっても素敵だ。
わたしも大人になったらこういう色気のある大人の女性になりたい。無理だろうけど。
「自己紹介というからには、名を名乗ったらどうです?」
「失礼なこと言うなです! 女神様はその大義を任された時から個人であることをお捨てになられた存在。故に女神様は女神様です!」
「異世界というのは、ずいぶんと古臭い慣習に縛られているようだね」
隆君はため息混じりに言った。
「うちの戦闘用ロボットも悪霊呼ばわりしていたようだけど、自分達に害なす者は全て悪霊と決めつけてきたんじゃないのか? そういう本質を見極めない短絡的な思考が、今の事態を引き起こしてるんだ」
レンちゃんはバンと机を叩いた。
怒るのは当然だけど、ウチの私物はこれ以上壊さないで欲しい。
「ふざけるなです! こっちはお前達の意向を組んで、わざわざ話し合いの場を設けてやってるですよ!」
「それはどうかな。末端の諜報員が進言しただけで、こうも簡単に事が運ぶとは到底思えないけど」
隆君はにこりと笑った。
「どうせ、組織の連中に攻め込まれてるんだろ?」
わたしの頭にクミちゃんの顔が思い浮かんだ。
「……参りましたね。全て筒抜けですか」
「え? 女神様、どういうことですか?」
「申し訳ありません、セイレーン。お前に事情を話して任務に支障をきたすのは問題かと判断して、伏せさせていただきました」
小さく息をつく女神様の顔は、疲労の色が見て取れた。
「あなた方の言う通りです。わたくし達は今、現実世界の方々から攻撃を受けています。『生命の泉』を持たないわたくし達は、じりじりと追い上げられている状態です」
「そ、そんな! 大変‼ はやく助けてあげないと‼」
わたしが見ると、隆君もおじさんも、ため息をついて椅子にもたれかかっていた。
見るからにやる気がない
わたしが唖然としていると、女神様はにこりとわたしに微笑んでくれた。
「お気遣いありがとうございます。あなたは聞いていた通りの方ですね」
「えへへ」
わたしは思わず照れ笑いを浮かべた。
どんなことでも、褒められると悪い気はしない。
「姉さん。ここに来る前も言ったけど、簡単に篭絡されないでね」
「だ、だいじょうぶだよ! わたしは中立なんでしょ。中立、中立……」
自分の立場を忘れないように、何度も言葉を唱える。
「……そういえば、斎藤君って異世界ではどういう存在だったの?」
おお。自分で言うのもなんだけど、これはなかなか中立っぽい質問だ。
「斎藤さんは神です」
「か、神⁉」
英雄だとかバグだとか、銀河世界の話はまだなんとかついてこれたが、さすがに神様は言い過ぎだ。
「少し誤解させたようですね。正確に言うと、代々伝わる伝承に出てくる伝説の勇者です。あなた方の世界にも神話くらいはあるですよね。その神話に出てくる存在、と言ったらニュアンスが伝わりますですか」
ほほう。
そう言われれば少しは納得できる……のか?
「言い伝えによると、私達の世界とは別の場所で生まれる者が、『生命の泉』に最も愛される存在なんだそうです。そしてその者が、いずれ私達の世界を救う勇者となる。……まあ、眉唾ものの預言書みたいなものです」
「しかし、その預言は現実のものとなった。それがわたくしたちの、斎藤陽一さんに対する認識です。今となっては、ただの犯罪者ですけれど」
犯罪者。
女神様はぼかした言い方をしたけれど、たぶん異世界の人からすれば、斎藤君の罪は極刑ものだよね。
いや、異世界だけじゃない。銀河世界も、おそらく現実世界も。もはや斎藤君は、見つけ次第殺されてもおかしくないのだ。
わたしは思わず、自分の胸の服をぎゅうと握った。
斎藤君が悪い人だというのは分かる。それでもやっぱり、斎藤君が殺されるのはいやだ。絶対いやだ。
わたしが中立の立場なんだとしたら、斎藤君を守れるのもきっと、わたしだけだ。
斎藤君を守るためにも、一刻も早く斎藤君を見つけ、その悪事を正さなければならない。
「さて、そろそろ本題に入らせてもらおうか」
隆君がおもむろにそう言った。
「いくらか牽制させてもらったが、僕らとしても今お互いに削り合うのは得策じゃないと考えている。僕らの敵はただ一人。斎藤陽一だ」
わたしはドキリとした。
「今、あの男は三つの世界を作り上げた力を全て手にしている。個人が持つにはあまりに強大過ぎる力だ。何をしでかすか分かったものじゃない」
「わたくしも同意見です。一刻も早く、彼を見つけ出さなければなりません」
隆君は鼻で笑った。
「同意見、ね。僕達を襲撃しにきたくせによく言うよ」
「捕虜を取らなければ話すら聞いてくれないと思ったものですから。そこは謝罪いたします」
「……まあいい。とにかく今は、組織の連中に耳を傾けてもらう必要がある」
「そうですね。それで聡明な銀河の皆さまは、何か策はおありですか?」
隆君は黙り込んだ。
やっぱり隆君でも、組織とコンタクトを取るのは難しいと思ってるんだ。
組織。
同じ現実世界の存在でありながら、わたしは今敵対視されている。
ずっと隠してきた力もあるみたいだし、正直わたしにとっては、異世界や銀河世界と何ら変わらない。
でも……
クミちゃんは別だ。
「わたしがやる」
わたしは意を決した。
逃げてばかりいても何も始まらない。
レンちゃんとだって仲直りできたのだ。ならきっと、クミちゃんとだって仲直りできるはず。
「わたしが、クミちゃんと話をつける」
その意見に反対する人はいなかった。
元々中立の立場としてここにいさせてもらっている人間だ。組織の人にコンタクトを取る人間として一番相応しいのはわたしだと、誰もが認めてくれていた。
「最初からそれが狙い?」
わたしがいそいそとクミちゃんのスマホにラインを送る準備をしていると、ふいに隆君が女神様に言った。
女神様は微笑んだ。
「さて。何のことでしょう」
「食えない女神様だ」
そのよくわからないやり取りに首を傾げ、わたしは自分のスマホを見下ろした。
「ああ!」
思わずわたしは叫んだ。
全員が、わたしの方へ注目する。
「ブロックされてる……」
今まで見れていたクミちゃんのタイムラインが、ごっそりと全部消えている。
わたしは泣きそうだった。
誰かからブロックされるなんていう生まれて初めての経験を、よりによって親友にされるなんて……。
「……別の方法を考えようか。とにかくまず連絡できる相手を見つけないことには……」
「けどよ。他にどんな方法があるってんだ? 俺達銀河世界の人間が何を言っても聞かねえだろうし、現在進行形で攻め込んでいる異世界なんてもっての他だ」
「あの……一応、います」
わたしはスマホを掲げた。
「優しい黒服さんは、ブロックしないでくれてました」
既読という二文字が、こんなにも心温かいものだということを、わたしは初めて知った。
◇◇◇
わたしは心臓が口から飛び出そうなほど緊張しながら、クミちゃんを待っていた。
戦闘になっても大丈夫なようにと待ち合わせ場所に指定した廃工場は、普段なら絶対に来ない場所だった。
黒服さんには、クミちゃんと二人で話したいと言ってある。しかしもしもそうならなかった場合を考えて、逃げ回れるようなフィールドを用意する必要があった。
みんなは所定の位置についてくれているが、相手が複数で襲って来ることがなければ、手出しはしないようにと言ってある。
わたしは交渉人として来ているんじゃない。クミちゃんの親友として来ているのだ。
仮に喧嘩することになっても、誰かに助けてもらっていたんじゃ、思いは伝わらない。
だから、もしもそうなった時は、全力でぶつかってやる。
ふと、前方の入り口からリムジンが現れた。
ゆっくりと敷地の中へ入ってきて、止まる。
ドアが開くと、そこからクミちゃんが降りて来た。
黒いジャケットに身を包み、長い髪をなびかせながら煙草を吸っている。
その細い目が、じっとわたしを睨んでいた。
こ、こわ~……。
思わずそう叫びそうになるくらい怖い。
控えめに見ても、カタギの人間じゃない。
しかしわたしはその恐怖をぐっと堪えた。
砂利を踏みつける音をさせながら、車が廃工場から出ていく。
「言っとくが」
タバコの煙を吐き出しながら、クミちゃんは言った。
「この前は、わざと逃がしてやったんだ」
血走った目が、わたしを捕らえて離すことなく睨み続ける。
ごくりと、思わず息を飲んだ。
怖い。怖すぎる。
こんな人がわたしの親友だったのか? というか、本当にこの前まで女子高生だったのか?
「あの……」
「なに?」
「え、えっとね……仲直りというか、誤解を解こうと思いまして……」
「誤解も何もない。私たちはお前を敵とみなした。ただそれだけだ」
「だから、それが誤解だって言ってるの。クミちゃん、ちょっとは人の話を聞いてよ。いつも自分の言ってることが一番正しいと思ってさ」
「あ?」
「この際だから言わせてもらうけど、クミちゃんは独りよがり過ぎるよ。斎藤君に告白する時だって、頭ごなしにやめろやめろって。ちょっとはわたしの話聞いてくれてもよかったじゃん」
「アンタがもう少しマトモな思考回路してるなら、そうしてやってもよかったけどな」
わたしはカチンときた。
「わたしはまともだもん!」
「どこが? どうせ今だって、周りに流されてなあなあでここにいるんでしょ? そんなだから他の奴らに利用されるんだよ」
「わたしはわたしなりにちゃんと考えてる!」
「はっ。どうだか。どうせ斎藤に惚れたのも、わかりやすい憧れの対象だったってだけでしょ。テレビに出てる有名俳優を見て思う感情と何ら変わらない。そんな浅い人間がちゃんと考えてるなんて言ってもね」
わたしは顔を真っ赤にして頬を膨らませていた。
図星だからこそ、それをのうのうとわたしに言ってくるクミちゃんが許せない。
「もう怒った!」
「おおこわ。一体何をするつもり?」
「喧嘩する‼」
クミちゃんは鼻で笑った。
「アンタさ。私と出会ってから今まで、どんなことでもいいから私に勝ったことある?」
「ない! でも今回はわたしが勝つ!」
「その自信はどこから来るのやら」
「勝って、謝ってもらって、話を聞いてもらう。それから、ちゃんと仲直りしてもらうから!」
クミちゃんは大きくため息をつき、ぴんとタバコを弾いて捨てた。
「……アンタさぁ。マジでうざい」
クミちゃんは、さっきまでとは違う目をわたしに向けた。
脅しの目じゃない。何かを追い払おうとするような、もっと切実な目だ。
「友達とか仲直りとか、そういう下らない小さな世界で生きてるお前に、私の何が分かるって言うんだ?」
クミちゃんが、ごきごきと指を鳴らす。
その手から、黒いスーツが身体に纏(まと)っていく。
「そんなに喧嘩したいならしてやるよ。ただし命の保証はしない。お前のそのお花畑みたいな脳みそ。ここで叩き潰してやる」
その殺気に満ちた眼光。佇まい。
それらすべてが、わたしの住んでいる世界とあまりに違い過ぎて、怖くて仕方がなかった。
それでも、わたしは前へと身を乗り出した。
「猫姫ちゃんが言ってた! 本気で好きな友達なら、本気でぶつからないといけない時があるって!」
「猫姫猫姫うるさいんだよ! あんな奴ただのニートだろ!」
「猫姫ちゃんをニートって言うなああ‼」
わたしは変身のポーズを取った。
一世一代の大勝負。
今わたし、生まれて初めて、友達と喧嘩します!
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